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その夜
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気が付いたときには真っ暗な闇の中だった。
また夜まで寝過ごしてしまったと思い、あわてて起き上がる。
いつもと布団の手触りが違うこと、自分の服がほんのり銀色に光っていることで、自宅ではないなとなんとなく思う。しばらくぼんやりしていたが、だんだん起こったことを思い出し、居ても立っても居られなくなり天幕の外に飛び出した。
外はすっかり夜で、天幕のそばで男が火を焚いていた。あたりには肉の焼けるいい匂いがただよっている。
「起きたのか」
男は言いながら、はじめに会ったときにのように、布で顔の下半分を覆った。
布で覆い隠される前に見えた長く尖った耳と整った口元はまるでファンタジー世界の住人のようだ。いったここはどこなのだろう。
比呂人が口を開く前に、男の布で隠された美しいとしか言いようのない端正な口元から出た言葉は、「肉が焼けたら持っていってやるから天幕の中へ入っていろ」だった。
外で食べると危険なのかとも思ったが、天幕の中にいても襲われるときは襲われるだろうし、なにより狭く薄暗い天幕の中より火の温かみを感じながら食事をするほうがいい。
そう思ったもののうまく言葉にできず、「ここでもいいだろ」とだけ言って、焚き火をはさんで男の反対側に座り込んだ。
男はなにか言いたげな素振りだったが、何も言わず焚き火の様子を見ている。木の爆ぜる音、虫の鳴く声だけが聞こえる。
「全然わかんないんだけど、何なの、コレ」
男は俺をじっと見て、しばらく何かを考えてあと言った。
「ここは葦津中原。おまえがいた世界とは異なる世界だ」
「は?ラノベじゃあるまいし冗談じゃない」
口ではそう言ったものの、見たこともないような獣、外国人というよりゲームキャラクターに近い男、いろいろと腑に落ちることもある。
夢かもしれないとも思うが、あまりにも生々しくディテールが細かい。
それにしても、自分が異世界から来たとして、この男はなぜ異世界から来たとわかったのだろうか。心に浮かんだ疑問はそのまま口に出ていた。
「まさか、おまえが俺をこの世界の呼んだのか」
「それは違う。おまえのように違う世界から落ちてくる者は稀にいる。天からの恵みだ」
「天からの恵み?天からの恵みをあんな目にあわせるのかよ」
「天からの恵みだからだ。天津国人は体から獣が好む香りが出る。それで通常なら捕まえられない獣も捕まえることができる」
「それって囮ってことじゃねえかよ」
「そうだ」
男は悪びれた様子もない。
「こっちは死ぬかと思ったんだぞ」
「死ななかっただろう。天からの恵だ。死なせるようなことはしない」
「死にはしなかったけど、いきなりあんな目にあわされた俺の身にもなってみろよ」
「同意をとらなかったことについては悪いと思っている。今回は時間がなかったからな。次からは気を付けるとしよう」
「二度とやるかよ」
「それについてはじっくりと話し合おう。とりあえず食え」
男から棒に刺した肉を渡される。
ひょっとして俺を襲った獣の肉かと躊躇したが、香ばしい匂いやうまそうな焼色のついた表面から滴り落ちる油に食欲を刺激され、思い切ってかぶりついた。
パリパリに焼かれた皮を歯で破ると、口中に肉汁が溢れ出てくる。塩味しかついていないが、くせがほとんどなくうま味が強い。
「うまい」
思わず口から出ていた。
「猪狼は毛皮も美しいし肉もうまい。骨も細工物に使えるし、捨てるところがない」
「猪狼ってさっきの獣か」
「そうだ」
やっぱりと思ったが嫌悪感はわかなかった。むしろ自分をあんな目にあわせた獣を食べて自分の血肉にしてやる、と思いむさぼり食った。
満足するだけ食うと、疲れもあってか現状もこれから先のこともすべてがどうでもよくなった。こんなところで先のことに気をもんでも仕方がない。なるようにしかならない。
肉を食べ終わった比呂人に、男が木の椀を渡してきた。のぞきこむと、先程のスープと違いとろりとした琥珀色の液体が入っている。かすかにアルコールの匂いする。「酒か」と聞くと、男は無言でうなずいた。
おそるおそる口をつけてみる。見た目に反して、さっぱりといていて口の中の脂が洗い流されるようだ。アルコールも強すぎず飲みやすい。
「これもうまいな」
「蜂蜜酒だ。貴重だから一杯だけだ」
「蜂蜜酒?全然甘くないんだな」
「蜂蜜のほうがよかったか」
「いや、こっちでいい」
蜂蜜酒を飲み干すと、気分が良くなってごろりと横になった。そこではじめて自分の上に満天の星空が広がっていることに気付いた。天幕が張られているのは森の中のちょっとした空き地で、空気も澄んでいて心地よい。
「そこで寝るなよ」
男が釘をさす。
「寝ねえよ。星がきれいだなと思って」
「星、ああ」
男は見慣れているのか反応は薄い。
蜂蜜酒のおかげか指先までほかほかと温かい。大きく息を吸い込む。大地と一体化しそうな、星空に吸い込まれそうな気分だ。
しばらくはここで生きていくしかないのだな、と直感的に思った。
「そういえば、名前。あんた名前は」
「……グリノルフだ」
グリノルフ、グリノルフと口の中で繰り返してみる。全然言い慣れないが、そのうちなじんでくるのだろうか。
「お前、名は何という」
グリノルフも名前を聞き返してくる。
「俺は比呂人。中村比呂人だ」
「ナカムラヒロト」
「ヒロトでいいよ」
「ヒロト、これからお互いによい道を探していこう」
「……そうだな。とりあえずよろしく頼む」
満点の星空の下、比呂人は大きく息を吐いた。
また夜まで寝過ごしてしまったと思い、あわてて起き上がる。
いつもと布団の手触りが違うこと、自分の服がほんのり銀色に光っていることで、自宅ではないなとなんとなく思う。しばらくぼんやりしていたが、だんだん起こったことを思い出し、居ても立っても居られなくなり天幕の外に飛び出した。
外はすっかり夜で、天幕のそばで男が火を焚いていた。あたりには肉の焼けるいい匂いがただよっている。
「起きたのか」
男は言いながら、はじめに会ったときにのように、布で顔の下半分を覆った。
布で覆い隠される前に見えた長く尖った耳と整った口元はまるでファンタジー世界の住人のようだ。いったここはどこなのだろう。
比呂人が口を開く前に、男の布で隠された美しいとしか言いようのない端正な口元から出た言葉は、「肉が焼けたら持っていってやるから天幕の中へ入っていろ」だった。
外で食べると危険なのかとも思ったが、天幕の中にいても襲われるときは襲われるだろうし、なにより狭く薄暗い天幕の中より火の温かみを感じながら食事をするほうがいい。
そう思ったもののうまく言葉にできず、「ここでもいいだろ」とだけ言って、焚き火をはさんで男の反対側に座り込んだ。
男はなにか言いたげな素振りだったが、何も言わず焚き火の様子を見ている。木の爆ぜる音、虫の鳴く声だけが聞こえる。
「全然わかんないんだけど、何なの、コレ」
男は俺をじっと見て、しばらく何かを考えてあと言った。
「ここは葦津中原。おまえがいた世界とは異なる世界だ」
「は?ラノベじゃあるまいし冗談じゃない」
口ではそう言ったものの、見たこともないような獣、外国人というよりゲームキャラクターに近い男、いろいろと腑に落ちることもある。
夢かもしれないとも思うが、あまりにも生々しくディテールが細かい。
それにしても、自分が異世界から来たとして、この男はなぜ異世界から来たとわかったのだろうか。心に浮かんだ疑問はそのまま口に出ていた。
「まさか、おまえが俺をこの世界の呼んだのか」
「それは違う。おまえのように違う世界から落ちてくる者は稀にいる。天からの恵みだ」
「天からの恵み?天からの恵みをあんな目にあわせるのかよ」
「天からの恵みだからだ。天津国人は体から獣が好む香りが出る。それで通常なら捕まえられない獣も捕まえることができる」
「それって囮ってことじゃねえかよ」
「そうだ」
男は悪びれた様子もない。
「こっちは死ぬかと思ったんだぞ」
「死ななかっただろう。天からの恵だ。死なせるようなことはしない」
「死にはしなかったけど、いきなりあんな目にあわされた俺の身にもなってみろよ」
「同意をとらなかったことについては悪いと思っている。今回は時間がなかったからな。次からは気を付けるとしよう」
「二度とやるかよ」
「それについてはじっくりと話し合おう。とりあえず食え」
男から棒に刺した肉を渡される。
ひょっとして俺を襲った獣の肉かと躊躇したが、香ばしい匂いやうまそうな焼色のついた表面から滴り落ちる油に食欲を刺激され、思い切ってかぶりついた。
パリパリに焼かれた皮を歯で破ると、口中に肉汁が溢れ出てくる。塩味しかついていないが、くせがほとんどなくうま味が強い。
「うまい」
思わず口から出ていた。
「猪狼は毛皮も美しいし肉もうまい。骨も細工物に使えるし、捨てるところがない」
「猪狼ってさっきの獣か」
「そうだ」
やっぱりと思ったが嫌悪感はわかなかった。むしろ自分をあんな目にあわせた獣を食べて自分の血肉にしてやる、と思いむさぼり食った。
満足するだけ食うと、疲れもあってか現状もこれから先のこともすべてがどうでもよくなった。こんなところで先のことに気をもんでも仕方がない。なるようにしかならない。
肉を食べ終わった比呂人に、男が木の椀を渡してきた。のぞきこむと、先程のスープと違いとろりとした琥珀色の液体が入っている。かすかにアルコールの匂いする。「酒か」と聞くと、男は無言でうなずいた。
おそるおそる口をつけてみる。見た目に反して、さっぱりといていて口の中の脂が洗い流されるようだ。アルコールも強すぎず飲みやすい。
「これもうまいな」
「蜂蜜酒だ。貴重だから一杯だけだ」
「蜂蜜酒?全然甘くないんだな」
「蜂蜜のほうがよかったか」
「いや、こっちでいい」
蜂蜜酒を飲み干すと、気分が良くなってごろりと横になった。そこではじめて自分の上に満天の星空が広がっていることに気付いた。天幕が張られているのは森の中のちょっとした空き地で、空気も澄んでいて心地よい。
「そこで寝るなよ」
男が釘をさす。
「寝ねえよ。星がきれいだなと思って」
「星、ああ」
男は見慣れているのか反応は薄い。
蜂蜜酒のおかげか指先までほかほかと温かい。大きく息を吸い込む。大地と一体化しそうな、星空に吸い込まれそうな気分だ。
しばらくはここで生きていくしかないのだな、と直感的に思った。
「そういえば、名前。あんた名前は」
「……グリノルフだ」
グリノルフ、グリノルフと口の中で繰り返してみる。全然言い慣れないが、そのうちなじんでくるのだろうか。
「お前、名は何という」
グリノルフも名前を聞き返してくる。
「俺は比呂人。中村比呂人だ」
「ナカムラヒロト」
「ヒロトでいいよ」
「ヒロト、これからお互いによい道を探していこう」
「……そうだな。とりあえずよろしく頼む」
満点の星空の下、比呂人は大きく息を吐いた。
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