そのまさか

ハートリオ

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12.主人と執事の攻防その2

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『・・うん・・何!?』


珍しい事もあるものだ。
我がギネオア伯爵家の執事、キヤギネ・・
恐らくこの世界で一番有名な執事・・・というのも、その見目麗しさと優秀さ、掴み処の無さと、(ご婦人方が言うには)どこか危険な香り・・・が、ご婦人方に圧倒的に人気で、5年連続B(バトラー)-1グランプリで優勝→殿堂入り、バトラー・オブ・ユニバース→殿堂入り、貴族が選ぶ本当に使える執事大賞→殿堂入り・・・等々、執事の頂点を極めている男だ。 が、本人は至って冷めている・・そこが更にご婦人方を熱くさせるらしい・・・ちょいムカ。

この、俺より5才年上の、いつもはどこかヒラヒラと掴み処の無い、だが優秀で忠実な執事の様子がおかしい。

結婚前は女性関係が派手だった俺・・複数の女性がこの屋敷でかち合ってしまい泥沼修羅場になりかけた時も顔色一つ変えずに冷静沈着にほぼ全裸の女性達を屋敷外に放り出し、何とか血を見ずに済んだという事もあった・・・

ほぼ全裸の貴婦人たちに顔色一つ変えなかったイケメンが、顔は蒼ざめ、額に苦悩を滲ませ・・・そしてひどく言いづらそうに、我が妻ベナの愚行について、フォローを入れながら説明している。


「・・奥様は3階から落下された際、頭部を強打されていると思われまして、とても普通の状態とは言えないので・・・」


『・・それで、ベナは俺に睡眠薬を盛ってどうしようというのだ? 屋敷を逃げ出すか? それとも手っ取り早く俺を殺すつもりか?』


「旦那様? ちゃんとお聞きでしたか? “睡眠薬”ではなく、“ほんの少しの間だけ転寝うたたねするぐらいの微量の睡眠薬”でございます!」


・・・この男に注意されるのは初めてかもしれない・・・


「奥様は、旦那様にほんの少しの間だけ転寝してほしいのです。 その間に、旦那様を夫婦の寝室のベッドに縛り付けたいと仰っていて、」


『だから何の為だと訊いている。 その後逃げるつもりか、俺を殺・・』


「ちゃんと最後までお聞きくださいまし!」


オイ! 随分とピシリと注意してくれるな? いつもの恭しい態度はどう・・


「奥様は、旦那様が逃げられない様にベッドに拘束したうえで、旦那様に色仕掛けを仕掛けたいそうでございます・・・」


『・・・・・・』


「・・ええ、奥様は、頭専門の医術師にお診せになった方が・・」


『色々分からないな・・』


「はい、でも一切悪気はないようで・・」


『“悪気無く悪い事をするのが真の悪人”と、お前は良く言っていたな・・』


「はい・・あ、いえ!でもベナ様は本当に悪気無く・・! ただただ旦那様と夫婦らしくなりたいと必死のご様子で・・・」


『俺と夫婦らしくだと!? この3年間、俺の顔を見るのさえ苦痛だと部屋に閉じこもっていた娘がか!? 一体、何を企んでいるんだ・・!?』


俺はベナの前世を知っている・・麗華という女――男達を手玉に取っているつもりで、実際は利用されていただけの、哀しい女・・・
俺は麗華と恋愛関係にあったわけではない。 幼馴染・・それだけだ。 幼馴染として、麗華に幾度となく注意した――ちゃんとした男と付き合え、学校が嫌ならちゃんとした仕事を見つけろ、ちゃんとした人生を送れ、ちゃんとした・・・ちゃんと、幸せを求めろ!――と。 だが麗華は聞く耳を持たず、俺は諦め、麗華の側を去った・・・そう、俺達には前世の恋人が劇的に今世で再会した!などというドラマチックな要素は無い。 麗華も俺を口うるさい幼馴染としか思っていなかっただろうし・・・
結局、麗華が何を考えていたのか最後まで分からなかった・・・


『・・面白い、乗ってみようか・・』


「・・は!? 旦那様!?」


『それでベナが何を考えているのか分かるだろう。 で? いつ俺に薬を盛るつもりだ?』


「はい、今夜の夕食時に・・」


『よし、だが実際には盛るなよ? 俺は転寝する、振りをする。 分かったな?』


ベナはベナだ。 麗華ではない・・・だが、3年前のベナの表情は麗華そのものだった・・男達を侍らせ、貢がせていた悪女・・だが実際は弄ばれていたのは麗華の方・・俺はそれが許せなく、彼女に怒り続けていた・・ちゃんと幸せなら、何も文句は言わない。 そうじゃないから、我慢が出来なかった・・・幸せなら、幸せでいてくれるなら、相手が俺じゃなくても我慢できたのに・・・


「・・はい、かしこまりました。 では、食堂の方へ・・本日から、奥様もご一緒に食事をされたいとの事ですが、よろしいでしょうか?」


『ほぉ、安全地帯の自室から出て俺と食事を共にするか? 本気だな。 何に本気なのかは分からんが・・・な。』

ザワザワする・・ベナ、お前の真意は何だ?

3年前、ベナを見た瞬間から、前世俺を苛み続けた怒りの炎が再び胸に宿って、俺を焦がし続けている・・静かに俺を焼き続ける冷たい炎を、ベナ、お前はどうするつもりだ?


「あの・・・旦那様・・」


ん? 何だ、まだ言いたい事があるのか? 『何だ?』


「はい、奥様は初めてですし、性教育などの類も一切受けておられないようですので、くれぐれもお手柔らかに・・」


・・何の心配をしているんだ!? 全く・・・

『・・そういう事にはならんだろう・・俺はアレに対して、そういう興味は一切ない。 なぜ“妻”にしたのか今となっては覚えてもいない。 バカみたいに3階から逃げようとしなくとも、堂々と玄関から出て行ってくれていいのだ。』


「えっ・・では旦那様は、奥様の色仕掛けに乗るつもりは無いと・・?」


『乗るわけないだろう。 その気になるとは思えない。 だが、話をするぐらいなら別にいい。 俺はアレが、何を考えているのかにだけ興味がある・・・』


「・・旦那様、それって・・・」


『何だ?』


「恋の始まりでは・・・」


・・・フゥ~~~ッ・・・キヤギネ、頭を強打したのはお前の方じゃないのか???
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