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キール

04 呪い

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正妃は半狂乱で叫ぶ。


『王太子には、真実の愛により生まれた第一王子がなるべきよ!』


――愛する弟との子供を次期国王にする!――


それは弟を失った正妃の絶対に叶えなければならない悲願。


王家の血が入っていない、それが何?

真に王となるべき者がなって何が悪いの?

何が何でも第一王子を次期国王にするわ!

その為には邪魔な存在――キールを殺さなければならないわね!


とは言え、正妃はキールに近付く事を禁止されていたし、キールは国王によりガッチリ守られ、刺客を送っても、侍女を取り込んで毒殺しようとしてもことごとく失敗した。

――ところで、王は愚か者で間違いない。

正妃は実弟と交わり孕んで産んだ子供をシレっと王の子として第一王子とし、次に産んだキールの事は愛する実弟を自殺に追いやったと勝手な言い掛かりを付けて虐待を続けて来た。

それが発覚したにも拘らず、王は正妃と第一王子を処分する事無く離宮で贅沢な暮らしを続けさせていた。

王は元々正妃にベタ惚れで、正妃はそんな王にキールを虐待する時の様な醜い姿を一切見せなかった。

それは計算ではなく、たとえ相手が敵であっても、男の前では自分を最高に魅力的に見せるのが彼女の生まれた時からの性質なのだ。

裏切りが明らかになり王が正妃を責め立てた時、正妃は体を震わせ涙を零しながら

『何かの間違いですわ
私を信じて下さいませ
私の変わらぬ愛を確かめて下さいませッ』

と乱れた着衣で王にしがみ付き熱い吐息を吹きかけ、巧みに閨へと誘い、まんまと子種を頂いた。

妊娠の可能性が無い事が確実になるまで正妃の身は安泰、定期的にこれを繰り返せばいいだけ。

離宮に軟禁状態とは言え、呼べば王は尻尾を振って飛んで来るのだから何の問題も無い。

王が『キールを王太子に』と意思表示した途端たて続けに起こったキールの暗殺未遂に関しても明らかに第一王子を王太子にしたい正妃が犯人なのに、王は視線を彷徨わせ『確実な証拠が無い』などと言って正妃を尋問する事さえしない始末。

なので正妃は余裕で次の手を打てた。

距離が離れていても掛ける事が出来る『呪い』でキールを排除する事を決め。

正妃自身は魔力が少なく呪術を掛けようとも失敗した為、強力な呪いを掛けられる魔力の強い優秀な呪術師を雇う。

呪い殺すには呪う側(正妃)の命も差し出さなければならないというので諦めざるを得なく、代わりに『殺すも同然の呪い』を呪術師に相談し、実行する事とした。

呪術師は正妃の要望に沿うべく、キールの美しい姿を獣(白クマ)に変え、魔力と言葉を奪い、ミッドシップ王国から遠く離れたどこかへ飛ばした。

獣に姿を変えられた人は殆んどの場合、精神を侵略され獣の特性に染まり、人である事を忘れて獣そのものになってしまうという。

さらに。

呪いには期間があり、その期間が過ぎれば人間の姿に戻るが、一度壊された精神は元に戻らず、人として生きるのは困難になるという。

人としては死んだも同然――まさに正妃の望み通り。


呪いの期間は6年。

正妃的には本当は一生にしたいところだが、その為の財力が無い。

王の寵愛は密かに続いているとは言え、呪術師への対価はあまりにも高額。

政務から遠ざかっている今、6年分の対価を用意するのでも厳しいが、ドレスや宝飾品を全て呪術師に渡してでも、やらねばならない。

大丈夫、6年後には第一王子は18才、成人する。

そうすれば正式にミッドシップを獲る事が出来るはず――

キールはその後殺せばいい。

待って、ただ殺すなんて、そんな慈悲を与えてはいけないわ!

そうね、新王の奴隷として死ぬまでこき使ってやるのはどう?

また牢獄に閉じ込めて完全に孤独な状態で王の執務を全てやらせればいい。

マトモな食事も与えず睡眠もとらせず、働きが悪かったら罰として鞭打ちに‥‥それとも屈強な男達に可愛がってもらうというのもいいわね?

『死んだ方がマシ』な地獄で一生苦しんでもらわなければ気が済まない。

いえ、それでも気が済まない!

私から最愛の弟を奪った罪の重さを思い知らせてやらなければ!


たとえ気が触れていたとしても許されない思考に興奮する正妃。

そんな母を無表情で見つめる第一王子。

その目は、異父弟である第二王子キールに向けるのと同様のゾッとする冷たさ――






ミッドシップ王国の本宮殿から突如姿を消したキール。

その部屋には呪いの残滓があり、当然正妃が疑われたが、正妃は余裕だった。

(だって今回も何の証拠も残していないもの)

唯一の証拠である呪術師は、『対価の不足分を体で払う』と正妃が誘えば鼻の下を長くして応じ、正妃はコトの最中に呪術師の尻から猛毒を注入し簡単に命を奪った。

死体は毒喰らいの魔獣に喰わせてもう跡形も無い。

顔面蒼白で正妃を問い詰める王に正妃はいつもの泣き真似をかまし、王の胸に縋りつき、鈴の音の様な声を震わす。

『酷いのね‥‥
この私を疑うだなんて
陛下のそのお心が哀しいわ。
哀しくて辛くて、私、儚くなってしまうことよ‥‥』

正妃の否定の言葉にホッと安堵の息を吐いて震える肩を抱き締め、そのまま正妃を抱きかかえ寝室へ消えた王は、王としても親としてもオワリだろう――






呪いにより ”ミッドシップ王国から遠く離れたどこか ”へ飛ばされたキール。


飛ばされた先はティスリー王国のスタード公爵邸内の森だった――
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