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91 文化祭ライブ3

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「富クンに聞いたよ。
生徒達が欲情しちゃって大変だったんだって?
毬はトイレ行ってて見てなかったけど…
まぁさ、前半最後の曲はそれまでの曲の手を使った振り付けと違って足を振り回す振り付けだからね。
けどさ、みんな大袈裟じゃない?
男子が男子の足を見たからって何なの?
普段から欲求不満だったのがライブの興奮とかでそうなっただけでしょ?
別に八桐君の足とか関係ないよね。
八桐君、ちょっと自信過剰なんじゃないかな‥」


≪ジ…ジ…ジ…≫


喋りながらゆっくりとワンピースのフロントジッパーを下ろして行く小出毬。


誘うように、

焦らすように。


17才の体からむせ返る様な色気が溢れ出す。


毬のカラダに屈しない男なんていない――

人生で培った本物の自信が口角を上げさせる…



「――ねぇ、まだ毬の事好きなんでしょ?
毬としたいんでしょ?
いいよ、させてあげる
その代わり、富ク‥」

「僕が、何で君を好きになったか言ってなかったね」

「‥は?
そんなの分かってる!
毬はあの中学で一番可愛かったもん!」


(――女子の中では)


小出毬の眉が吊り上がる。


(そうよ、毬はそれまでどこに行っても一番可愛いお姫様だった!
なのにまさか、その座を男子に奪われるなんてっ!)


小出毬は毎朝の憂鬱を思い出す。

朝、教室で友達と話している。

男子が自分に注目してるのが分かってる。

どこでもそう。

いつもの事だもの。

だけど――

『‥はよー』

八桐ユウトが教室に入って来ると、今まで自分に集中していた注目が一斉にソッチへ行ってしまう。

毬が声量を大きくしても、大仰に笑ってみせても、大袈裟に驚いた声を上げても、もう視線が戻って来る事は無い。

女子なら分かる。

八桐ユウトはそりゃ女子にモテる。

全然勉強が出来ない事なんて、中学生は大人ほどリアルには気にしない。

別格のルックスで居るだけでキラキラしてるんだからそれで良し。


(女子がほっとかないのは分かる。
だけど、何で男子まで!?
子供を産めない生物に毬が負けるなんてあり得ないッ!)


毬はプライドをズタズタに引き裂いた八桐ユウトを憎んだ。

それが、卒業式の日にアホ面下げて告白して来たから。

ここぞとばかりにメチャメチャに傷つけてやったのだ。

変態、異常者、ゴミ、汚物、死ね死ね死ね‥‥

思いつく限りの悪態をついた。

勝利に興奮する心のどこかで失望もしていた。


(‥何だ、皆が憧れてる八桐ユウトだって、ただの男じゃん!
他の男子と同じ、毬としたいだけ)


黙って佇む姿は何か深い事を考えている様に見える。

だけど、頭ん中はただのドスケベだった――

ムカツク、許せない!


そう憤った小出毬は、自分がユウトに何かを期待していた事に気付かず。

歪みながら発酵した何かのせいで、小出毬はユウトを見ただけでイライラする。



「‥毬は可愛くて…
セクシーだもん。
毬のこのカラダ、八桐君だって欲しいんでしょ?」



臍の上辺りまでジッパーを下ろせば、零れだす巨乳。

小出毬は自分の手で巨乳を弄り、触りたいでしょうと視線を投げる。

――が、ユウトは小出毬を見ていない!?


(な、何よッやせ我慢しちゃって…ッ!
もっと近付いて、よく見せきゃ――ホラ、見なさいよ!)



「――ダンスしてる姿が素敵だったんだ」

「‥‥えッ!?
――ああ、アレね?
中学の文化祭でダンス部が演ったダンスメドレー。
振り付けも衣装も大胆で、ふふっ、教師達まで赤面してた。
アレで毬のこと‥」

「じゃなくて。
いつも校舎裏で一人で練習してたでしょ」

「――え‥」

「難しいステップやターンを何度も何度も繰り返し練習してた。
大汗かいて、時々泣いたりして‥‥
それでも諦めないで頑張って出来るようになって――
笑った顔が眩しくて好きになってた。
もちろん、可愛い容姿にも大いに惹かれたけど、それだけじゃ好きにはならない」

「―――ッッ!!」



大変な事になった。

小出毬は小さな頃から母に言われて来た。

『女の幸せは男次第よ。
金持ちで優しいイイ男を捕まえるのが女の幸せなの。
その為には、出来る限りの努力をして自分を磨いて、でもその努力する姿は絶対に見せちゃダメだからね!
男は女に理想を求めるの。
ダイエットしても、エステ行っても、美容整形しても、スッピンも、ムダ毛処理してるところも、オナラも、ぜ~~~んぶ隠さなきゃダメ!
カッコ悪い所は一切見せないで、自分を高く見せるのよ!
そんで金持ちのいい男つかまえて、ママに贅沢させてよ!』

母大好きの小出毬は何の疑問も無く母の言う事を信じた。

でも心の深い所で、母の言葉を、価値観を壊してくれる人を求めていた。


そして今。

大変な事になった。


中学の校舎裏でのダンスの練習――


(アレを見てた?
毬はダンスが好きだけど、ハッキリ言って才能が無くて。
他の部員と同じ速さでステップとか覚えられなくて。
だから時間があれば校舎裏で練習した。
中々出来なくて、鼻水垂らして泣いた事も何度もある。
あんな、一番みっともない毬を見て好きになってくれたの!?
やっぱり――)


『やっぱり』?


小出毬はここで気付く。

自分の心の奥底を。

何で告白されて――

『他の男と同じ』と思ってあんなにカッとなったのか。

自分はユウトに期待していたのだ。

母の考え――価値観を打ち砕いてくれるのを。

他の男子とは明らかに目つきも空気も違うユウトなら――と。

告白された事で勝手に『他の男と同じ』と思い込んで勝手に失望して――

あぁもしあの時――



「…ソレ、あの時――
告白の時聞けてたら」

「言わせてもらえなかった」



そうだ――告白だと分かるやいなや小出毬は狂った様に罵り始め、一切取り付く島を与えなかった。

そのせいで―――

失くすの?
もう失くしちゃった?


みっともない自分を好きになってくれる人

本当は『残念だ』と思っている母の教えを否定してくれる人


居たのに!


(居たのに――毬は、その人に何をしてしまった!?――あぁッ‥‥ハッ!)


いつの間にか、すぐ目の前にユウトがいる。


(き‥‥綺麗!
こんなにちゃんと見た事無かった…こんなに綺麗な‥)


ちゃんと見たユウトは凄まじく美しく、小出毬は固まる。



「人を傷つけて喜ぶ人間は最低だよ。
――君には僕を誘惑出来ない」

「‥ッッ!!」



顔を歪ませる小出毬の横を通ってユウトがドアの鍵を開け、ドアを開ける。



「自分を大切にして」



そう言い残して控室を出て行ったユウト。


小出毬はジッパーを上げると、そのままそこから動けず立ち尽くすのだった――
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