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74 足音が聞こえなくて

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ユウトは困惑中である

自分を嫌っていると思っていた男、錦木が自分をキレイだのカワイイだのセクシーだの何だのと褒めまくって来るのだ。

いや、褒めてない。

男は皆お前に欲情してるのに無自覚で危ない、さっきだって俺が連れ出してなければどうなってたと思ってるんだ、『奢り』だと運ばれた飲食物にはクスリが入っていたんだぞ、ちょっと食おうとしてただろ、自覚しろ!、やっぱバカだろ!!云々‥‥

責められてる‥‥



「――イヤでもね?
僕は今まで一度も男から交際を申し込まれた事も無いし、告白された事も無いんだよ?…なのに世の中の男が全員僕を狙ってる的な事言われてもね?」

「過保護が過ぎたな、
守護魔王…」

「え…『守護魔王』…
ソレ、本当の話!?
実在するの!?
誰?」

「それも気付いてねーのか…
…言わないんだな、魔王も…
中1からずっと――
今なんか一緒に行動してるだろ?
俺、何回か駅付近で一緒に居るの見掛けたぞ?」

「―――え」
(それって‥‥)

「南都樫ナイトだよ。
てか、何で気付いてねーんだ?
あんだけ守られて」

「――ッッ!
中学…の時も?
僕、気付いてなかったけど…」

「学校内だけでも先輩何人かと教師3人が病院送りになってる。
後遺症が残る様な怪我じゃなかったけど、精神面をやられたらしい。
その先輩たちは転校して行ったし、教師達も辞めて行った。
後、お前は有名なんだよ、『絶世の美少年』として。
で、狙って来る奴らが学校外にもいたらしい。
その排除もしてた――学校外の話は、俺もコッチの世界に入ってから聞いて知ったんだけどな」



俄かには信じ――――
られる。

ナイトなら――あれ?

もしかして、入学前に橘高校を訪れた時…ナイトが偶然通りかかったお陰で助かった…アレも偶然ではなかった!?

い、いや、さすがにアレは偶然だよね…肉持ってたし…

いずれにしても僕はナイトにずっと守られて来たんだ…



「…で、学校外では八桐は『絶対天使』、南都樫は『守護魔王』って呼ばれてる。
中学では『姫とストボ…ストーキングボディーガード』って呼ばれてた」



――耳を塞ぎたい。

小出毬ちゃんにフラれた時『姫とか呼ばれて何様の積もり!?気持ち悪いんだよッ』とかも言われたっけ…

何の事かと思ったけど実際呼ばれてたんだ――影で――な、泣くな、僕!


ユウトは何とか涙を堪える。



「――で、何で今日は魔王が居ねーワケ?
ケンカでもしたか?
‥え‥ちょ‥」

「ケンカした。
『もう守ってくれなくていい』って言った。
ナイ‥南都樫君は何かの『恩返し』の為に僕を守ってくれてたんだ。
そんなのもう充分だからいいって言ったんだ。
そして出て来た。
だからもう――
聞こえないんだ。
足音が。
どんなに歩き回っても
立ち止まっても
方向転換しても
走っても
足音が聞こえない――
だから僕は余計に悲しくて、無性に腹が立って、気付いたら道に迷ってて、雨‥」

「わ、分かったから!
泣くな、ホラ、拭け」



ユウトの瞳からポロポロと涙が落ちる。

錦木が焦った様子でハンカチを出しユウトの涙を拭いてやる。

天使の涙には狼狽えるしかない。



「泣いてない!
涙腺までバカになっただけで」

「そうかそうか。
で、『足音』って?」

「――え?」

「聞こえないのが悲しいんだろ?
…南都樫の足音?」

「‥‥ッッ!」



そう…だ

とユウトは気付く。


それは無意識の領域。


≪ザッザッザッ‥‥≫


いつでもその足音を耳が拾っていた。

その足音が聞こえると安心した。



最初にあの足音を聞いたのはいつだった?



――ああ、

あの時だ――


記憶の、『思い出したくない領域』を覗き込み、ユウトは思い出す。


(あの時――
僕が父さんに――)


見開いた目。

涙は止まっている。
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