上 下
67 / 217
アル

21 大切な想い出

しおりを挟む
「‥‥最後に一つ‥‥いいですか?」


「‥‥え? なあに? 私にできる事なら何でも‥‥はわッ!?」


僕はスピカ嬢のふわふわした髪にくちづけする。


「‥‥キャッ!! ‥‥あ、アル君ッ!?」


「ごめんなさい。
スピカ嬢のふわふわした髪があまりにも素敵だから‥‥
我が儘聞いてくれて、ありがとう。
大切な想い出にします。」




「‥‥行かないで‥‥」


「え? よく聞こえな‥‥」


「い、いいえ‥‥いいえ!
気を付けて! と言ったのよ!
じゃ、私は部屋に戻るわね!
旅の無事を祈ってるわ!」


「ああ、はい!
ありがとうございます!」



この屋敷で、一つだけ良い想い出が出来た。

ゆるフワ‥‥コホン!

い‥‥急ごうっと。


逃げるからには、逃げ切らなくちゃね!

痛タタタタ‥‥








―――どうやって部屋に戻ったのか分からないまま自室のドアを閉めるスピカ。

そしてそのまま立ち尽くす。


髪染めが入っていた瓶を絶対見つからない場所に隠したり。

一晩中眠っていて何も知らないていを装うためにベッドに入って寝たふりしたり。


やるべき事はシンプルなのに。

何故か一歩も動けない。




アル君‥‥無自覚‥‥なの?

無自覚タラシ?
天然コマシ?


口づけされた髪が熱い‥‥

髪から熱が全身に伝わって何かフワフワする‥‥


「素敵?
私の髪が?
いつも必死にどうにかまとめているクセッ毛が?」


小さく声に出しソロリソロリと姿見に向かう。

か、髪を確かめてみなくっちゃッ


「‥‥ハッ!?」


姿見に映る自分の顔に目を瞠る。

今まで見た事のない表情の自分。


自分の容姿は‥‥決して称賛される様なものではないと自覚している。

ようく自覚しているのに‥‥

鏡の中には、自分でも魅力的だと思わずにはいられない女の顔があった。



「これが、私‥‥?」

「私、こんな表情、出来たの?」



ううん、出来ない。
きっと作ろうと思っても出来るものじゃない。


「‥‥私ったら‥‥
何てバカなの‥‥」


スピカは自分の愚かさを自覚し、

人生で愚かさは宝だと気付く。



「いつか、また会えるかしら‥‥
ふふっ、いずれにしろ‥‥」


髪染めの空き瓶を隠し、ベッドで寝返りを打ちながら、呟く。


「私の一生の推しが決まったわ‥‥!」



瞳に強い光を湛えた彼女は、美しく笑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

薬師は語る、その・・・

香野ジャスミン
BL
微かに香る薬草の匂い、息が乱れ、体の奥が熱くなる。人は死が近づくとこのようになるのだと、頭のどこかで理解しそのまま、身体の力は抜け、もう、なにもできなくなっていました。 目を閉じ、かすかに聞こえる兄の声、母の声、 そして多くの民の怒号。 最後に映るものが美しいものであったなら、最後に聞こえるものが、心を動かす音ならば・・・ 私の人生は幸せだったのかもしれません。※「ムーンライトノベルズ」で公開中

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

ブレスレットが運んできたもの

mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。 そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。 血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。 これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。 俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。 そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?

みどりとあおとあお

うりぼう
BL
明るく元気な双子の弟とは真逆の性格の兄、碧。 ある日、とある男に付き合ってくれないかと言われる。 モテる弟の身代わりだと思っていたけれど、いつからか惹かれてしまっていた。 そんな碧の物語です。 短編。

帝国皇子のお婿さんになりました

クリム
BL
 帝国の皇太子エリファス・ロータスとの婚姻を神殿で誓った瞬間、ハルシオン・アスターは自分の前世を思い出す。普通の日本人主婦だったことを。  そして『白い結婚』だったはずの婚姻後、皇太子の寝室に呼ばれることになり、ハルシオンはひた隠しにして来た事実に直面する。王族の姫が19歳まで独身を貫いたこと、その真実が暴かれると、出自の小王国は滅ぼされかねない。 「それなら皇太子殿下に一服盛りますかね、主様」 「そうだね、クーちゃん。ついでに血袋で寝台を汚してなんちゃって既成事実を」 「では、盛って服を乱して、血を……主様、これ……いや、まさかやる気ですか?」 「うん、クーちゃん」 「クーちゃんではありません、クー・チャンです。あ、主様、やめてください!」  これは隣国の帝国皇太子に嫁いだ小王国の『姫君』のお話。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

処理中です...