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62.急げ!

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森口高校は、6時限目が始まり20分ほど過ぎようとしている。

事務室では、昼休みから今まで、パニック状態が続いている。
1-Aの生徒2名と、2-Aの生徒3名が、2-Aの生徒、泉あれんを心配して事務の人を問い詰めている。 それぞれの担任教師達の注意は完全無視。 


「・・だっ、だから、泉君は祖母の優子さんと一緒に出掛けて・・」
事務の人が(コレ、何度目!?)と思いながらも同じ説明を繰り返す。


「何故①どこへ行くか、②何の為に行くか、③いつ戻るかを未確認で許可した?」
鬼の形相を崩すことなく陸城が詰問を繰り返す。


「いや、だから、祖母(?)の優子さんが興奮してしまって、泉君がなだめる形でバタバタと行ってしまって・・」
(もう、恐いよぅ・・誰か助けて)と思いながら事務の人は説明を続ける。


「ばーちゃんは不安定だからな・・あれんもばーちゃんには弱いから・・」
困った様に眉根を寄せながら真空が溜息をつく。


「・・彼女本当に祖母なのかい? あんなに若くて美人で・・」
思わず気になっている事を口にしてしまう事務の人(28才、独身)。


「今、ソレじゃないだろう。 生徒が一人行方不明だというのに。」
状況も把握せずお気楽な質問をする事務の人を睨みつける深海。


「ヒィッ・・だ、だって、保護者の方が一緒なんだから・・」
(恐いよ、とにかく恐いよぅ)震えあがる事務の人。


「『でも』『だって』は子供が使う言葉! いいから、さっさと警察に連絡しろって言ってんの!!」
ワンはどこかに消えてしまい、ガルルが通常営業になった小池ノリシオが要求する。


「で、でも・・あ、いや、あの・・保護者が一緒なのに、何て言えば・・」
もう学校事務辞めたいと思い始めている事務の人。


「生徒と連絡が取れない事、様子が変だった祖母とともに拉致された可能性がある事を伝えるしかないだろう。 取りあってもらえないだろうが、先ず一報入れておけば、次に何かあった時対応がスムーズになる。 無駄ではない。」


顔面蒼白な吉田悠人が抑えたバリトンイケボで言う。
彼は後悔に震えている。
やはり一瞬でも離れるのではなかった・・
命を狙われ攻撃されるのは自分の方だと思っていた為、心に隙が生じてしまった。
あれんは、別な意味で狙われている事を、何故もっと重く見なかったのか・・・


そこへ、タクシーがキキィッと大きな音を立てて森口高校正門前に停まった。
中から泉 優子が転がる様に降りて来て、正面玄関に駆け付ける。
事務室にいた面々が飛び出して来る。


「ばーちゃん!? あれんはっ!? あれんは一緒じゃないの!?」
「何で一人なの!? あれんはどこ!? 別行動だったの!?」
「ばーちゃん、答えて!! あれんは大丈夫なんだろ!?」

息の整わない優子を気遣う余裕もなく、興奮したゴリラズが質問を浴びせる。


「ちょっと・・大丈夫ですか? あーちゃんのお祖母ちゃんですね? あーちゃ・・あれん先輩はどうしたんです? 無事なんですか?」

ゴリラズよりは優しく、でも緊張した空気で小池ガルルが問う。


優子は質問者達には答えず、ユラユラと目を泳がせ、吉田悠人を見つけると、駆け寄り、その手を握り、懇願する。

「た、助けてっ!! あれんが、郷里に連れて行かれた! 私のせいで・・


空気が凍り付く。 一番、恐れていた事が確定した。
泉あれんは、拉致された。 何をするか分からない、狂人・郷里トモヤに!!
時も心臓も止まった様に誰も動けない。


「場所は?」 吉田悠人が動き出す。


「あ・・あの・・あの人達が分かるはず! 郷里トモヤに雇われた悪人達!」

優子はタクシーを指さす。
タクシーの中には優子が言う通り、郷里トモヤに雇われた男2人が大人しく優子の指示通り待機している。 なぜ、さっさと逃げないのか? 逃げられないのだ。
理由は分からないが、優子に命令されると、従ってしまうのだ。

裏の仕事をこなすだけあって、2人ともガッチリとした体格の見るからに強そうな男達であるが、身長約2メートルの3人組の前では貧弱にさえ見えてしまう。
ゴリラズに簡単にタクシーから引きずり出される2人の悪人。
さすがにゴリラズの迫力にはビビりはしたが、何、こっちは長い間裏社会とも渡り合ってきたんだ、体がデカいだけのお子様など、敵ではない。 力で敵わなくとも、心理作戦でいくらでも・・そんな余裕の表情は一瞬で消される。


デカい3人組の後ろからユラリと現れたやたら威圧感のあるどこかの武闘派の王様のような男がスッスッと手を動かした途端、2人の悪い大人達の体は、苦痛に悲鳴を上げる。 耐えきれずに気絶する半歩手前の苦痛が延々と続く。 


「ひゃっ、きぇぁー・・ーっ・・~~~ッ・・」


悲鳴にすらならない音を出し、のたうち回る2人の男・・


自身の体から漏れ出た涙、鼻血、ヨダレ、吐しゃ物、尿、便・・それらにまみれながら、いっそ殺してくれと心から願う男達。


ゴリラズと小池は自分たちが受けた“風奏破”がいかに手加減されていたかに気付く。 そして、普通の尋問――口を割らない場合に、次の手段を試みる――をすっ飛ばす吉田悠人という男の恐ろしさにも。
彼がこんな事態にも静かで、落ち着いてる様に見えたのは、実は非常に怒っているからだったのか・・


やがて吉田悠人がやっと口を開く。
「知っていることを全部話せ。」

男達は知っていることを全部話した。
――と言っても男達は自分の仕事以外何も知らされておらず、分かっているのは郷里が向かった山の場所だけ。


無言のままタクシーの運転席に乗り込もうとする吉田悠人を、さすがに教師達が数人がかりで涙目で阻止を試みる。

吉田悠人は急いでいる。
有無を言わさず、“風奏破”で排除しようとしたところ、ゴリラズからあれんの行方不明を知らされていた瑛子が丁度車で駆けつけ、瑛子の車で郷里の山へ向かう事になり、教師達は九死に一生を得る。

その全員がしばらく有給休暇を長めに取って、心身を癒したいと校長室に駆け込む。


運転手の瑛子、吉田悠人の二人だけで山へ向かう事になる。


「郷里の目的は俺の命だ。 行く必要があるのは俺だけだ。 他はむしろ邪魔だ。」と、吉田悠人が主張し、誰も逆らえなかったのだ。
とにかく、彼が放つ“気”が凄まじく、その場にいる誰もが彼を“王”だと認識し、従う事を受け入れている。 ゴリラズと小池でさえも・・!


運転手の瑛子も緊張のあまり手が震えるが、「では、頼む。」と王に命令されると、「はいっ!」と返事し、車を発進させる。


急げ、山へ・・!



急げ! 愛する人の為に!!
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