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6 そういえ話

111 お義父様におねだり 3

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テネブラエ公とボヌスが振り返った先、開かれた両開きドアの所に立っているのはやはりソル――赤ん坊を産んだばかりの皇后である。

しかも?!

ほわ~~っと光るおくるみを抱いている…

おくるみ…え、赤ちゃん!?


男2人はパニックに!


「な、な、なに、なにして‥」
「そ、そ、それ、それはまさか‥」


まともに言葉が出ない2人にソルはにこやかに告げる。


「驚かせてしまった様でごめんなさい。
無事、生まれましたのでご報告に…
それと、もう名前が決まっていたら教えてほしくて…
この子を早く名前で呼んであげたいの」

「「ホゥ…」」


男2人は思わず溜息を漏らす。

赤ちゃんを抱いたソルの柔らかな微笑みは尊く、美しく…

何と表現すれば…そう、聖母!

この世界には無かった『聖母』という言葉が爆誕する。


「おめでとう!
大丈夫なんだな?
君も、皇子も」


そうだ、ソル姫なのだから多少普通と違っても大丈夫なのだろう…

テネブラエ公はそう納得して笑顔になる。


「ええ、魔力のせいか、わたくしはあっという間に完全回復出来ました。
この子は小さく生まれましたが、わたくしの魔力を纏って生まれましたので、何の心配もありませんわ…ただ、暫くはずっと眠っていると思いますが」

「どうぞ、父上もこの子の顔を見てあげてください♪…ボヌスも♪」

「ア、ルーメン居たのか、気付かなかった」

「しっ!‥クラールス様、思った事を全て口に出してはいけません‥」


ずっとソルの隣に居た皇帝にまるで気付かなかったテネブラエ公にボヌスが小声で注意する…とは言え実はボヌスも気付いていなかったのだが…


「ハハハ、仕方のない事です♪
この美しく尊い母子しか目に入らないのは当然の事ですから♪」


皇帝は超超超ゴキゲン♪である。

30年間の完全禁欲生活を経て結婚した妻とあっという間に生まれて来てくれた息子。

愛しくて愛しくてどうしようもないオーラは眩しいほど。

皇帝とソルの想いが通じ合ってからのカード宮殿、カード帝国は明るくウキウキとした華やかな空気に包まれていたが、今日は更に喜びに溢れている。


「それで父上♪皇子の名前の方は‥」

「あぁ、書いておいた♪ボヌス‥」

「ははっ!こちらでございます」


すっかり皇帝のゴキゲン♪口調がうつっている主に微笑みながら恭しく色紙を差し出すボヌス。


「おお、ありがとうございます、父上♪」
「ありがとうございます、お義父様!‥はッ‥」


皇帝が受け取った色紙を覗き込んだソルが息を呑む。

その瞳はたちまち涙で潤む。


「‥!?どうした?ソル…いい名前だ…と、思う…が?‥あ、いや、体調か?」
「ソル姫、その名前に何か問題があるのなら使ってくれなくともよいのだ…」


口々にソルを心配する皇帝とテネブラエ公。

ソルはユルユルと静かに首を横に振り、震える声で答える。

「いいえ、大変嬉しく思っております。
不思議な縁…と言うのでしょうか…
だってわたくし、誰にも言ってなかったはず…イグニスも知らなかったお母様とお兄様とわたくし3人だけの秘密の名前…お兄様のセカンドネーム…」


ハッと空気が揺れる。


「ソル…お兄様って――」
「も、もしや…」


動揺する父子に答える代わりにソルは腕に抱く小さな息子にやさしく語りかける。


「ヴェントゥス…あなたはヴェントゥスよ…
お祖父様に最高の名前を付けて頂いたわね…
わたくしとお父様のお兄様――あなたにとっては伯父様と同じ名前よ…
伯父様は強くて優しくてそれは素晴らしい人…同じ名前を戴くのはとても嬉しいわね」


小さなヴェントゥスは母の柔らかな声を聞きながらスヤスヤと眠っている。

テネブラエ公が震える声を絞り出す。


「ソ、ソル姫…彼は…私の息子はヴェントゥスというのか…!?」

「はい…お母様が付けたそうです。
この名前は生涯この子を守り導いてくれる事でしょう…
素晴らしい名前をありがとうございます、お義父様」


テネブラエ公は滂沱の涙を流す。


「‥そうか‥あの子はヴェントゥス‥アクワ姫が‥そうか‥」


後悔してもしきれない…操られていたとはいえ邪険にしてしまった息子。

自分そっくりだった茶色い瞳が悲し気に陰った…あの姿が忘れられない…


「お義父様、この小さなヴェントゥスを愛してあげてください。
この子を通してお兄様はお義父様の愛を受け取りますわ。
お母様もどんなに喜ぶことでしょう」

「ああ!もちろんだ!
愛しい思いが溢れて止まらない…!
ルーメン!この子は私が育てる!」

「なッ‥却下です!
俺の大切な子です!
父上は祖父として見守ってください!」

「クスクス…お義父様、まずは腕を治してください。
この子が赤ちゃんのうちに抱いてあげてくださいな」

「!!‥そうだな、なるほど!
全力で腕を治すぞ!」

「‥クラールス様、そんな無茶な‥」


そんな風に従者ボヌスに呆れた声を出させたテネブラエ公だが、一週間後、見事に再生させた両腕で小さなヴェントゥスを抱いて蕩ける様な顔をしている。

そんな姿を見ながら皇帝が関心する。


「本当にソルが言った通りだったな…『病は気から』的な事か?」

「ええ。お義父様はご自分を罰したい気持ちが強くて不便な状況を変えたくなかった――無意識にでしょうが、それが回復を遅らせていたのだと思います」

「だからと言って一週間で…驚いたな…
あ、父上、ヴェントゥスをどこへ連れて行こうとしているんです!?
駄目ですよ!返して…父上!!」


こっそり孫を拉致しようとするテネブラエ公――を焦った顔で追いかける皇帝。

ずっと疎遠だった皇帝と父も大切な時間を取り戻しているのだ。

小さなヴェントゥスを巡ってキャッキャとはしゃぐ様な父子の攻防を柔らかな金の瞳がやさしくみつめる――



月日が流れて――

小さかったヴェントゥスは12才。

おじいちゃん子に育ったヴェントゥスは今日も『モフモフの森の城』で祖父・テネブラエ公とお茶を楽しんでいる。

信じられない程幸せな時間に感謝しつつテネブラエ公は複雑な気持ちで孫を見る。

孫は整った美しい面立ちにスラリと秀でた体躯…だが茶髪茶目――テネブラエ公とまるで同じ色なのだ。

下の弟妹は金髪に銀眼とか銀髪に金眼などキラキラしい色なのに――


「‥お祖父様、私の顔が何か変ですか?
何故そのような悲し気な顔を?」

「‥あ!‥いや、違うのだ!‥その、ヴェントゥス、もし自分の色で悩む事があったら‥」

「私は自分の色に誇りを持っていますよ!」

「……へ?」


曇りの無い笑顔で言い切る孫にアホ面を返してしまう祖父。


「何故…いや、何故ってこと無いが、そ、その…」

「母上が‥」

「‥あ、ソル姫?」


ヴェントゥスは頬を上気させて大切な秘密を打ち明ける様に少し声を潜めて。


「母上が私の色を大好きだと…『あたたかな、優しい色』だと褒めてくれるのです。
私は母上が大好きだと言ってくれる自分の色が誇らしいのです!」


そう言ってソルに似た太陽の様な笑顔で笑った孫をテネブラエ公は抱きしめた。

茶色を貶められ傷ついた幼い頃の自分も一緒に。

『そうか』『よかった』『嬉しい』と繰り返して――


(私もソル姫の子供に生まれたかったな…)

などと思ってしまう自分に苦笑しフゥと息をつき。

今度は晴れやかな笑顔を浮かべる。


テネブラエ公はやっと『茶色の負い目』から解放されたのだ――
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