上 下
103 / 117
5 皇帝は求婚を無かったことにされる

102 緊急事態発生!?

しおりを挟む
優しい空気に包まれた『春の庭園』だが――


「‥ハッ!?」
「な、何だアレはッ」
「雲…か?‥黒い雲が…!?」


宮廷騎士達が異変に気付く。

彼等の視線が彷徨う庭園の上方には黒い雲の様なものが発生し、徐々に広がって行き――


ゴォォォォォッ


「‥ッ!?」
「‥風がッ!?」


突如突風が吹き荒れて咲き誇っていた庭園の花々を無惨に散らしていく。


「きゃぁぁッ」
「い‥風‥何‥きゃ」
「姫様ッ‥ひ‥ぜ‥」


ソルたちと少し離れた場所にいる侍女や護衛騎士、宮廷騎士達は突然の風雨に晒され、発する声は風に引きちぎられ『ゴォォォ』という爆音に飲み込まれる。

目も開けていられず、なす術の無い彼らの耳に――いや、まるで頭に直接語りかけるような涼やかな声が聞こえる。


≪落ち着いてわたくしの側にいらっしゃい≫


迷いなくソル王女殿下の声だと分かるも――


(‥でも目も開けられないッ動きようが‥)

そう思う彼らにまたも涼やかな声が届く。


≪保護するから大丈夫‥わたくしだけ見て≫


ハッと顔を上げ目を見開く彼等にはもう金色の光が届いており、ソルとソルを囲むようにしている主達が金色の光の中、風雨から守られているのが見える。


「カリー様ッ」
「ダリア様ッ」
「姫様ッ」
「ペルシクム様ッ」


其々が光の方へ、大切な主のもとへと駆け出すが。

宮廷騎士達は戸惑う。

自分達はこの高貴なる客人達をお守りする立場…身を挺してこの突発的局地的災害級異常気象から皆様をお守りしなければ‥
≪急ぎなさい≫


ハゥッ‥!?


男性上位の世界で特に騎士職は男性だけの職場(女性騎士は別組織扱い)。

子供の頃はともかく騎士として働く今、母ですら自分に敬意を示し命令することはもう無い。

『女子に命令される』ことはもう一生無いのだろうと思っていた彼らに静かではあるが圧倒的強さでの命令――

優秀なる帝国宮廷騎士達は胸を押さえ、耳までも朱に染めながら光の方へと急ぐ。


(‥ああ‥ソル女王様‥ハイヒールで踏んで欲しい‥)


どうやら突発的非常時にいけない扉を開けてしまった彼等…

合掌…


「お母様ッこれは一体‥何が起こっているのですか!?」


ソルにしがみつき、震えながら質問するペルシクム。

上方を見つめるソルが答える。


「皇后陛下よ…
亡くなられて久しいけど…
(こちらの世界へ来るのが癖になってしまわれたのかしら…)
わたくし達を攻撃する意志は無いけど‥かなり取り乱されているご様子…」

「こ、皇后陛下の幽霊という事ですか!?」

「なぜ…この世に心残りがお有りなのでしょうか?」

「分からないわ…何しろパニック状態で…何とか聞き出すほかないわね」


ソルに視えているのはソル達の上方で何か叫びながら暴れている皇后の姿。

それが黒い雲となり暴風となり大雨となって『春の庭園』を荒らしている。

空間で暴れる皇后は雲になったり雷になったり皇后の姿になったかと思えば膨張し左右にちぎれて――

もはやまともな人の形を保っていない。

ソルは両手を差し出し、語りかける。


≪落ち着いてください、皇后陛下≫

≪‥ハッ‥
‥ア、ア?≫


ソルの両手から放たれる金の光の中に皇后の姿が生前の頃のまま浮かび上がる。


「‥まぁ!‥皇后陛下だわ!‥肖像画のままの高貴なお姿だわ!」

「本当に!」

「あの肖像画を描いた絵師、スゴ腕ね!」


前皇后の肖像画を見た事がある公女達は思わず感心する。

本来、彼女達には空間に浮かび上がる思念である皇后の姿は視えないのだが。

ソルの側に居ることで、この場に居る全員が皇后の姿、声を聞き取れるのだ。


≪皇后陛下、わたくしソルですわ≫

≪!‥ソルちゃん‥≫

≪一体何があっ‥≫

≪ソルちゃんッ助けてッあの子が‥ルーナエがッ‥≫

≪!‥陛下に何が‥≫

≪助けてッお願いッあの子がッああ、お願いよッお願いッお願いッ≫

≪皇后陛下ッルーナエ陛下に何が‥≫

≪‥ああ‥ルーナエッ‥どうしてッ‥≫

≪皇后陛下‥≫

「皇帝陛下の御身に何かあったのだわ!」

「‥そんなッ‥」

「あの最強な御方がピンチに!?」


――ヴンッ――


「「「「ハッ」」」」
≪‥ヒッ!!≫

(い、今、皇后陛下の幽体がビビった!?)
(‥あッ‥ソル王女殿下の体がッ!?)


発光している――


今までの様な淡い光ではなく。


強い強い金の光――


ソルから放たれる波動で金の髪は輝きながら空間に舞い上がり、踊る。


カッ‥
‥コイイ――!!

美しい――!!

尊過ぎる――!!!


その場にいる者達が震えながらソルを見つめている間も、ソルから発された金の光――思念がウェーブとなって広大なカード宮殿敷地内を駆け抜けて行く。


≪‥どこ!?‥皇帝陛下‥一体何が‥ルーナエ陛下ッ!≫


ソルは思念を放ち皇帝をサーチしているのだ。


≪ハッ!‥ここは‥≫

「ソル様、見つけられたのですかッ!?」
「皇帝陛下はどこにッ!?」
「陛下は御無事なのですかッ!?」

≪‥彼はカード宮殿内『光の神殿』に‥≫


答えながらもソルの思念は『光の神殿』へ集中する――

見える者(神殿騎士)と見えないもの(封印)に厳重に守られ何者をも拒む『光の神殿』――


(ここは30年前にも入れなかった不思議な場所…なるほど、建物自体に何重にも封印が張り巡らされている――というより、封印そのものによって建物が作られている…間違いなく古代人絡みね…
強固な封印で神殿の中がまるで見えないわ…
でも…いらっしゃるのは間違いない…)

≪どこ?…ルー様≫

ソルの思念が完全に『光の神殿』を囲み――


〈カッッッッッ‥〉



ガッ…シャー‥ン!!



砕け散る硝子――


没入集中の半ば朦朧とした意識の中、ソルは心の中で独り言つ。


(わたくしを誰だとお思い?
この金の瞳は飾りではないのよ――)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役公爵令嬢のご事情

あいえい
恋愛
執事であるアヒムへの虐待を疑われ、平民出身の聖女ミアとヴォルフガング殿下、騎士のグレゴールに詰め寄られたヴァルトハウゼン公爵令嬢であるエレオノーラは、釈明の機会を得ようと、彼らを邸宅に呼び寄せる。そこで明された驚愕の事実に、令嬢の運命の歯車が回りだす。そして、明らかになる真実の愛とは。 他のサイトにも投稿しております。 名前の国籍が違う人物は、移民の家系だとお考え下さい。 本編4話+外伝数話の予定です。

嫌われ王妃の一生 ~ 将来の王を導こうとしたが、王太子優秀すぎません? 〜

悠月 星花
恋愛
嫌われ王妃の一生 ~ 後妻として王妃になりましたが、王太子を亡き者にして処刑になるのはごめんです。将来の王を導こうと決心しましたが、王太子優秀すぎませんか? 〜 嫁いだ先の小国の王妃となった私リリアーナ。 陛下と夫を呼ぶが、私には見向きもせず、「処刑せよ」と無慈悲な王の声。 無視をされ続けた心は、逆らう気力もなく項垂れ、首が飛んでいく。 夢を見ていたのか、自身の部屋で姉に起こされ目を覚ます。 怖い夢をみたと姉に甘えてはいたが、現実には先の小国へ嫁ぐことは決まっており……

推しのトラウマメイカーを全力で回避したら未来が変わってしまったので、責任もって彼を育てハッピーエンドを目指します!

海老飛りいと
恋愛
異世界転生したら乙女ゲームのスチルに一瞬映るモブキャラ(たぶん悪役)で、推しキャラに性的トラウマを与えたトラウマメイカー役だった。 今まさにその現場に当人としていることを思い出したので、推しを救いだしたらルートが改変? 彼の未来が変わってしまったようなので、責任をとってハッピーエンドになるようにがんばる! な、モブキャラの大人女性×ショタヒーローからはじまるちょっとえっちなギャグラブコメディです。 ライトな下品、ご都合あり。ラッキースケベ程度のエロ。恋愛表現あり。年の差と立場と前世の記憶でじれじれだけどなんだかんだで結果的にはラブラブになります。 完結しました。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

死んで巻き戻りましたが、婚約者の王太子が追いかけて来ます。

拓海のり
恋愛
侯爵令嬢のアリゼは夜会の時に血を吐いて死んだ。しかし、朝起きると時間が巻き戻っていた。二度目は自分に冷たかった婚約者の王太子フランソワや、王太子にべったりだった侯爵令嬢ジャニーヌのいない隣国に留学したが──。 一万字ちょいの短編です。他サイトにも投稿しています。 残酷表現がありますのでR15にいたしました。タイトル変更しました。

運命の再会だと言う騎士様の愛が重すぎます!!

茜カナコ
恋愛
私は子どものころ、国王のパレードを見て騎士に憧れを抱いていた。 自分も騎士になりたいと、騎士団の訓練をたびたび、こっそり見に行っていた。 その時に、私は騎士見習いのブラッドのブラッドを助けた。月日は流れ、私は、騎士となり結婚を考える年齢になったブラッドと、再会した。婚約相手として。でも、ほぼ初対面と言っていいくらいの関係のはずなのに、ブラッド様の愛が重すぎるんですけど!?

私、侯爵令嬢ですが、家族から疎まれ、皇太子妃になる予定が、国難を救うとかの理由で、野蛮な他国に嫁ぐことになりました。でも、結果オーライです

もぐすけ
恋愛
 カトリーヌは王国有数の貴族であるアードレー侯爵家の長女で、十七歳で学園を卒業したあと、皇太子妃になる予定だった。  ところが、幼少時にアードレー家の跡継ぎだった兄を自分のせいで事故死させてしまってから、運命が暗転する。両親から疎まれ、妹と使用人から虐められる日々を過ごすことになったのだ。  十二歳で全寮制の学園に入ってからは勉学に集中できる生活を過ごせるようになるが、カトリーヌは兄を事故死させた自分を許すことが出来ず、時間を惜しんで自己研磨を続ける。王妃になって世のため人のために尽くすことが、兄への一番の償いと信じていたためだった。  しかし、妹のシャルロットと王国の皇太子の策略で、カトリーヌは王国の皇太子妃ではなく、戦争好きの野蛮人の国の皇太子妃として嫁がされてしまう。  だが、野蛮だと思われていた国は、実は合理性を追求して日進月歩する文明国で、そこの皇太子のヒューイは、頭脳明晰で行動力がある超美形の男子だった。  カトリーヌはヒューイと出会い、兄の呪縛から少しずつ解き放され、遂にはヒューイを深く愛するようになる。  一方、妹のシャルロットは王国の王妃になるが、思い描いていた生活とは異なり、王国もアードレー家も力を失って行く……

処理中です...