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2 四花繚乱

43 理不尽な彼

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(恋や結婚とは無縁…わたくしはそういう運命だったのよ…
今まで、結婚話を持ち掛けられる度に自分でも引くほどの絶対拒絶感がわたくしを支配して来たわ…
心が閉じてしまい何も受け付けなくなる感覚は尋常ではなかった。
男性に愛を打ち明けられた時も相手に対して『もう二度と会いたくない』と思うほど激しい拒絶感を抱いてしまうのをどうしようもなかった…)


記憶が戻った今なら自己分析できる。

元々政情不安定な国に王女として生まれ、しかも『世界に一人』の『伝説の』金髪金眼で生まれてしまった為、特殊な育ち方をしたから――

身を守る事が優先され、普通の女の子の様に『素敵な恋』への憧れを抱く余裕はまるで無かったもの…

記憶を失くしてもその感覚は沁みついて残り結婚にも恋にも拒絶感しか感じない様になっていたのではないだろうか…

結果、自分には恋愛が何なのか分からないし、そうこうしている内に世間一般に言われる所謂恋愛適齢期は過ぎ去り、女性としては『終わった』とされる年齢に。

恋愛・結婚・出産は、自分には関係無い事だったと納得している――

なのに何故!?

今更プロポーズなの?

夢に現れた銀の少年の今に会いたい、話したいと切望したのは自分。

だけど、プロポーズとかワケ分からない!

せっかく記憶も戻ったのに、プロポーズなんかされたらもう二度と陛下に会いたくなくなってしまうではないの!

顔を見るのさえ嫌になってしまうではな…

………あれ?

そう言えば…無いわ。

いつも感じて来た『絶対拒絶感』が湧いて来ないわ?

むしろ…

エ………あれ?

ど…
どういう事かしら?

ソルは答えを探す様に皇帝を見つめる。

金の瞳に映るのはキラキラ輝く銀色の美しい男性で――

やはり自分の心のどこを探しても嫌悪感、拒絶感は微塵も無く。


「…???…」


困惑の極みであるソルに気付かない皇帝はフゥ、ハァと呼吸を整えて、言葉を続ける。


「ん、ありがとう。
それと、君は美しく何を着ても素晴らしいが、ハート公王が用意したそのドレスは着替えてもらいたい!
実は君の為にドレスを用意している」

「えぇっ!?
ですがサイズが‥」

「うん、よく分からないがどうとでもなるらしい。
あと、希望なんだが――記憶が戻ったのだから以前の様に『ルーナエ』と名前で呼んで欲しい…俺をそう呼ぶ人はもう一人もいないのだ」

「――ッ!
皇后陛下は――お母上はお亡くなりになってしまったのですものね‥
わたくしは優しくして頂いたお礼さえ言えておりませんのに‥」


ソルは30年前まるで自分の娘の様に接してくれた皇后を懐かしく愛しく思い出す。

皇帝はそんなソルをやさしく見つめ、一瞬躊躇った後ソルの知らなかった事実を口にする。


「…母の死は『病死』と発表され時期もごまかされているが――
実は君が誘拐されたあの忌まわしい事件…あの時母はこの世を去ったのだ…
俺も危なかった――母と俺は毒を飲まされていたのだ。
1ヶ月意識不明だった俺は目が覚めた時に君の誘拐と母の死を知った」

「――そんなッ!
そんな辛い目に遭われていたなんて…あの時…お二人にまで致死量の毒を!?
…何て恐ろしい事を」

「君の辛さに比べたら…」


そう言いながら穏やかに首を横に振る皇帝に、ソルは改めて30年という時間の長さを感じる。


「…ルーナエ陛下と呼ばせて頂きます。
わたくしの事もソルとお呼び下さい」

「‥そうか!‥うん、
ソル姫‥」

「あ、だから『姫』は取って頂いて…わたくしが『姫』と呼ばれていたのは30年も前の事ですし、本物の修道女ではないけれど修道女の様に暮らして来ましたし…その、『姫』は年齢的に‥」

「君が『陛下』を取ってくれたら俺も『姫』を取ろう」

「ああ…はい…(つまり『姫』を取る日は永遠に来ないということね)」

「そ、それで、返事は君の問題が解決した後、という事だな?」

「…え?
…あの、返事も何も、お世継ぎ問題は解決しようがない‥」

「とりあえず晩餐会で君にプロポーズした事を発表したいと思うのだが――いいか?」

「え…どうせ実現しないのに…
あ、でも、そうか…そうですね…4公女達はすっかりルーナエ陛下にメロメロですもの…でも今のところ陛下にその気はないのだから…
公女達の傷が浅くて済むように、一刻も早く諦める為の発表ですね?
もちろん、OKです」

「ん?‥4公女達がメロメロ?――何の話だ?」

「…えッ…無自覚?」

「早めに発表するのは4公王が僅かでも君に希望を抱かない様に牽制する為だ。
返事待ちとはいえ俺が求婚している相手に手を出そうとは思わないだろうからな」

「まぁ…呆れた心配性ですこと…若い美女を愛妾に抱える彼等がどうしてわたくしに興味を持つでしょう」

「君は自分の魅力をまるで分かっていない。
これからは俺が君に思い知らせる事となるだろう」

「…え?‥ハッ!?」


一瞬だけ。

触れるだけの口づけに目を見開けば、間近で見つめる銀眼。

キラキラと輝きを放つ銀眼に囚われ身動き出来ないソルの耳に低いバスが響く。


「そんな可愛い顔をされると君を閉じ込めてしまいたくなる。
他の誰にも見せたくない――絶対に!
そんな顔をするのは俺の前でだけにしてくれ――いいね?」


自分がどんな顔をしているのかも分からないのに何だか理不尽な事を言われている気がするわと思うソル。

そうそう、この人30年前もそういう訳の分からない事を真剣に言って来る人だったわ‥‥一生懸命、ね。

そしてその理不尽はいつだって…


…いつだってわたくしの何かをくすぐったのよ…


くすっ‥


ソルが笑うので、皇帝は天にも昇る気持ちになる。


「困った御方ね…
でも…最大限努力致しますわ」


皇帝はかつて自分があれやこれやとソルに変な要求を突き付けたのを思い出す。

気を引きたくて、でも素直になれなくて、訳の分からない要求を繰り返した。

『ワケの分からない要求に応じる気は一切ございません!』

30年前はそう突っぱねた少女が今は微笑みと共に応じてくれる。


皇帝は『幸せ過ぎて恐い』とはこういう事だったかと胸を震わせる――
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