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2 四花繚乱

41 祈りと涙

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「‥やった!」


皇帝がグッと拳を握るのでソルがもの問いたげに見つめると。


「君の笑顔が見たかったんだ…作った笑顔じゃなく本当の笑顔がね。
30年前からの望みが叶った!…思っていたよりずっと可愛くてドキドキする」

「‥えッ!?‥そ、
は、恥ずかしいですッ――さ、30年前から?
30年前、わたくしは上手く笑えていなかったのですね」

「いや、完璧な笑顔だったよ…でも俺はずっと君を見てたから。
本気の笑顔でない事は分かった――当然だよな、君はたった一人で不安定な国を出て来ていたんだから…
あの頃の俺はそんな事も知らず君の気を引きたくて意地悪ばかり言っていた。
辛かった時に申し訳なかった」


ソルはゆるゆると首を横に振り静かに言葉を紡ぐ。


「銀色の美しい男の子の小さな意地悪にわたくしも一々ムキになって言い返しておりましたね…
あれが本当の意地悪だったらわたくしは無視しておりました。
そうせずに言い返していたのは意地悪を言いながらも心配そうに見つめて来る銀の瞳が嬉しかったからですわ…それに、そうして言い合いをしている間は国や家族の事も自分の頼りない状況も忘れていられました――そう、あの頃、あの時間だけがわたくしの救いでした…
だから印象深く夢に現れ、他の夢と違って忘れる事が出来ず、手紙を書かずにいられなかったのですわ――記憶が戻った今なら分かります」

「心から感謝する。
君が手紙を書いてくれた事…
(『影』がそれを届けてくれた事)」

「あ…そう言えば、手紙を託したあの旅装束の御方にお礼を言いたいですわ。
軽薄な外見を装っていらっしゃいましたが、誠実なのは瞳を見れば‥ルーナエ皇‥カード陛下?」

「――ん?」

「何故お辛そうなのですか?」

「ッッ…ハァ、そうだった――昔から君にはポーカーフェイスは通用しないんだった」


皇帝はそう嘆息した後に実は彼はソルを捜す為に皇帝が放った『影』だった事、手紙を届けた後『不慮の死』を遂げた事を説明する。

自死である事と、その理由は伏せて。

ソルは驚き、ほんの少し言葉を交わしただけだが親しみを感じていた彼の死を悲しみ――彼が弔われた『眠りの塔』(カード宮殿敷地内にあり帝国や皇帝の為に働き命を落とした者を弔うための塔)に参ってお礼とその死を悼む気持ちを伝え祈りを捧げる。

塔に響き渡るソルの祈りは隣で祈る皇帝にも癒しを与える。

皇帝の心の一部を苛み続けている『影』の死が慰められる。


皇帝は『影』を想い

涙を零す。


ソルの祈りも、皇帝の涙も、『影』にとってどれほど嬉しい事だろう――


塔に射し込む光は穏やかであたたかく

祈りと涙に癒された魂を柔らかに包み天へと昇って行く――
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