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1 「運命を… 動かしてみようか」

13 止まらない涙

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『直ぐに用心棒達を去らせよ。でなければこちらも‥』

片目を血に染めたアステリスカスは、もう片方の目にも短刀を向け‥

『やめてぇッ分かったからやめてぇッ!
お前達!『マレフィクス』!用心棒はもういい!すぐにここを出て行け!
コレ、金庫の鍵だ!報酬は2階の娼館の金庫から持ってけ!
はやく、はやくここを去ってくれぇッ』

『はぁ?ここで俺達が去ったらお前は‥まぁいいか、報酬さえ貰えりゃ、無駄な事はしねえよ』

目玉男爵が投げた金庫の鍵をキャッチした頬に傷のある男が手下達に『聞いてたな、ずらかるぞ!』と言えば、手下達も戦いを止めてサーーッと去って行く。

彼等は犯罪のプロ集団で、余計な戦いはしない。

『自警団長、後を任せていいか?』

フードを戻し、顔を隠したアステリスカスが低い男声で熊の様に体が大きい男――自警団長に声を掛ける。

自警団長は駆け寄って来て、『ばかぁ、自分で‥、ばかぁ、‥』と震えながらアステリスカスを凝視する目玉男爵の首根っこを大きな手でガッシと掴まえ拘束した上で、答える。

『ああ!任せてくれ!心から感謝してる!激強なあんたが合流してくれなきゃ、ここまで来れなかったし俺達には相当数の死人が出てただろう…本当にありがとう!」

『こちらこそ、一人では到底無理だった。
自警団と被害者関係者の勇気ある行動のお陰で助かった。
――そうだ、早く被害者の保護を』

『ああ、ブリッジ修道院に連れて行けばいいんだな?
それと、コイツ…目玉男爵はどうする?』

『全て任せる。
あなたの事は信頼している』

『お、おう!……ッ、
なぁ、『フードの男』よ…しつこい様だが自警団に入らねえか?
あんたとこうして協力し合って犯罪者を捕らえるのはもう何度目だ?
今回の様に、あんたが居なきゃどうにもならんかった事も何度もある。
あんたはいつも戦うだけ戦って被害者の救出のめどがついたら消えちまう。
俺達は一番の功労者であるあんたの手柄を貰っちまうことになる。
金も、名誉も、何より救出した被害者の感謝までもだ。
コイツだって、騎士団に突き出せば報奨金は相当なモンだろう。
自警団に入れば、報奨金やら寄付やら結構な金が配られるし、もし怪我して動けなくなっちまってもその後の生活はみんなで面倒見る。
だからあんた‥ハッ!
その血…返り血じゃないなッ!?血だらけ…傷だらけじゃないか!
救護班がいるから手当てを受けてくれ!』

『問題ない。
それよりあの子達だ。
一刻も早くここから連れ出してやりたい』


そう言われて初めて自警団長はベッドの向こうに震えながら立ち尽くす姉弟に気付く。

レケンスはベッドに縛り付けられていたけれど、目玉男爵がアステリスカスと対峙している間にアザレアが拘束を解いた。

美しい赤紫の瞳を見開いて放心したようにこちらを見ている二人に、自警団長は眉を顰める。

『ッ、可哀想に…こんな小さな子供まで…
分かった、後の事は任せてくれ!』

『ハッ、待って待って!金眼の神よ!これを‥ぐぅぅッ‥うっぅぅぅぅ~~ッ』

『うわッ、何だコイツ、おえッ‥』

自警団長は拘束する手は離さなかったものの、目玉男爵の異常な行動に顔を歪める。

目玉男爵は手に握りしめていた器具で自分の目玉をくり抜いたのだ。

『これを我が金眼の神に捧げますッ』

自分の目玉を両手で掬う様に持ってアステリスカスに差し出す目玉男爵。

『これから先、私は記憶の中の尊い金眼だけを見続けますッ』

『欲に濁った醜い目などいらない』

目玉男爵はバッサリ断られてよろめく。

『み、醜い?私の、皆に褒められた紺碧の瞳が…だから私は瞳に魅せられ執着しコレクションする様になった‥あぁ‥欲に濁った目は‥醜い、のか‥』

そう言って気絶したらしい目玉男爵はどうでもいい。

アステリスカスは目を見開いたまま立ち尽くす姉弟に手を広げて声を掛ける。

『いらっしゃい』

怯えて動くことが出来ないだろうかと不安があったが、意外にも男の子がフラフラと歩いて来たのでアステリスカスは『もう大丈夫』と言って男の子を抱きしめた。

大人しく抱きしめられている男の子の頭を撫でながら、アステリスカスは動かない女の子を見る。

茫然とした顔から不安げな顔に表情を変化させていた女の子は視線を向けられた事にびっくりし、その視線が柔らかく優しいものである事にさらに驚いて――

はじかれたようにアステリスカスに駆け寄り、抱きつく。

『姉弟ね?二人で頑張ったのね、偉いわ。もう大丈夫だからね』

低い作った男声から地声に戻したアステリスカスの声は柔らかく慈愛に満ちており、姉弟――アザレアとレケンスは耳から、頭から、そして抱きしめられている体から解けるように癒されていく。

『私達、ずっと二人で支え合って来たの。お父様もお母様も私達が憎くて、私達は両親に売られてここへ連れられて来たの。家に戻されたらまたどこかの怖い人に売られてしまうから、私達を家に戻さないでくださいッ…』

今まで誰も自分達の話など聞いてくれなかったけど、この人ならとアザレアは必死に訴える。

『‥ッ、そう…分かった、あなた達を家に戻したりしないから安心して。
とりあえずこれから向かうブリッジ修道院で暮らすことになるわ。
でも…二人は貴族ね?
そうなると…まぁ、先の事は落ち着いてからゆっくり考えればいいわ。さ、地上よ』

『『!?』』

アザレアとレケンスは自分達が抱きかかえられたまま地下の恐ろしい空間から外、地上に運ばれていた事に気付く。

左側にアザレア、右側にレケンスを抱きかかえてあの長い階段を上ってくれたのかと気付くと、アザレアは申し訳なくなる。

レケンスは碌に食べさせてもらえてなかったから9才にしては小さく骨と皮だけで軽いのだが、自分は男に売る目的だろう、食べ物は痩せない程度に与えられていたから、普通の10才の体重があるはず…

『ご、ごめんなさい!私…重いのに…』

『え?全然、軽い軽い!二人とも軽すぎよ?ブリッジ修道院はご飯美味しいから、そこでたくさん食べて太った方がいいわ――はい、おろすから気を付けて』

そう言ってアステリスカスがゆっくり膝を折り、二人はそっとおろされる。

こんな風にやさしく扱われたことのない二人は泣きそうで――

『泣く』なんてもうすっかり忘れていたのに。

家で理不尽な扱いを受けて来た二人はもう涙など枯れ果てていたから。

親に売られたのだと分かった時も、地下室で恐ろしい光景を見た時も、次はお前の番だとベッドに縛り付けられた時も、目玉を取られそうになった瞬間でさえ――

涙は出なかった。

心は諦めていた。

耐えるしかないのだと。

彼らのこれまでの人生が彼らに刷り込んでいた。

自分は酷い事をされても仕方ないのだと。

『あの自警団の馬車がこれからブリッジ修道院へ行くからあれに乗っ‥』

馬車の側で被害者達を誘導している自警団のメンバーに合図して姉弟に視線を戻したアステリスカスは静かに泣く姉弟に気付く。

『‥うん、恐かったよね。…馬車の方がいいかと思ったけど…わたくしと一緒に馬に乗っていく?』

声は出ず、でもブンブンと頷く二人。

『分かった。でも、馬の背は高いからね?乗ってみて恐かったら『やっぱり馬車がいい』ってちゃんと言うんだよ?』

ブンブンと頷く二人。

『うん、じゃあ、危ないから涙が止まってから行こうね?』

膝をついたアステリスカスにふわりと抱きしめられた二人はアステリスカスにしがみついて泣き続ける。

涙はなかなか止まらない。

だって、自分たちは物心つく前から足蹴にされて来たのだ。

自分が自分だというだけで。

存在するだけで憎まれて来たのに。

この美しい金色の瞳の人は最初からずっと。

その眼差しで、優しい言葉で、態度で、ぬくもりでずっと。

示してくれて。

伝わって来て。

『オーイ!フードの男さんよ、馬車はもう出るぜ!その子達も早く馬車へ!』

馬車の方から声がして、姉弟はアステリスカスにさらにしがみつく。

馬車に乗りたくない、
この人から離れたくない…!

『この子たちは落ち着いてからこちらで。大丈夫、大切に連れて行く』

アステリスカスが低い男声で答え、姉弟はブルリと震える。

言葉もくれた!

自分達には一生無縁だと思っていた言葉――


『大切』って…




涙が止まるわけない!
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