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1 「運命を… 動かしてみようか」
5 修道女の微笑み
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もちろん、謎の修道女はアステリスカスである。
戸惑うエリンをよそに、修道女は涼やかに話し続ける。
「‥それは目の疲れから来るものかもしれませんね。
こちらの、目の疲れを取り栄養を与えるハーブをお薦めします。
効き目は柔らかですが、その分副反応も少なく比較的気軽に試せると思います。
【突然妙な事をお伺いしますが――
あなたは皇帝陛下に手紙を渡せる立場の人ですか?】」
「それ――コホン、
それは安心して試す事が出来そうです。
【何故そう思われるのですか?】」
予想だにしていなかった質問に動揺を漏らしてしまうエリン。
エリンはもちろん身分を隠している。
皇帝のお陰で長く平和な世の中が続いており、『自分探し族』と呼ばれる旅行者がのんびり一人旅を楽しむ姿があちこちに見られる。
エリンもそんな気楽な旅行者を装っているのだ。
何をどう見れば皇帝との関係に気付けるのか??
(私は陛下と同年齢だがチャラい若造に見られる。
ちなみに陛下も年齢を感じさせないお姿だが威厳があり過ぎて若者感は無い。
私は他人に侮られやすいこの容姿を『影』として便利に利用して来たが見破るか…)
「是非、使ってみて下さい。
効き目が無い様でしたら他の要因が考えられます。
医術師に相談してみた方が良いかと――
【内緒話は慎重に――とだけ言っておきますわ】」
「‥ッ!?」
(まさか…酒場での会話を聞かれた!?
『暗号会話』を!?――だが、あの酒場に修道女はいなかった…
仲間…彼女同様に『暗号会話』を使いこなす仲間があの場に居たという事か…)
思わず修道女を見つめるエリンだが、ベールに隠され表情を窺い知ることは出来ない。
実際、その場にいたのが変装した修道女であったなどとは考えも及ばない。
「…貴重なアドバイスをありがとうございます。
お話を伺っているだけでも不思議と頭痛が軽くなって――痛みがまるで消えてしまいました。
【みすぼらしい旅人姿の私を信用して手紙を託されると仰るなら引き受けましょう。
ただし、陛下が受け取られるかどうかは保証できません。
陛下は女性からの手紙を受け取らないのです…たとえ神に仕える御方からでも】」
くすっ‥
修道女が笑うので、エリンはビックリする。
修道女は感情を表に出したりしないものである。
ましてや皆の手本たる白服の修道女――
いや、エリンが何より驚いたのは自分に対してだ。
長年モテ続けたせいか年のせいか美女に心動かされる事が激減しているこの頃。
昨晩熱く体を繋げた酒場の女給の顔ももう思い出せない。
そんな自分が容姿も分からない年配の修道女の小さな笑いに胸弾ませるなんて――
作り笑いを保ちながらも心の中で動揺するエリン。
(この白服の修道女には男を狂わせてしまう何かがある…
いや、バカな…この神聖な場所で私は何を不埒な事を…)
エリンの崩れた事の無い営業スマイルが薄まり羞恥の表情が浮き上がって来る。
修道女はそんなエリンの心の揺れに気付く様子もなく手早くハーブのブーケを作り、そっと手渡す。
「‥ッ!」
「これで7日分になります。
刻んでお湯に入れて飲んで下さい。
ほのかに甘みがあって、お茶としても楽しめると思います。
【この様な願いを聞いて下さりありがとうございます。
ブーケの中に手紙を隠しましたので宜しくお願い致します。
道中、お気をつけて】」
穏やかなハーブ園にそよりと風が吹く。
エリンの牡丹色の髪が優しく揺れ、額を、首すじを柔らかく刺激する。
その女性の表情はベールに隠されて定かではないのだが。
だが、歩き去る前に僅かに微笑んだような気がする。
それだけでエリンの薄紅梅色の瞳は喜びに潤む。
潤んだ瞳に映る世界は輝きに満ちて――
「あぁ…世界はこんなにも美しかったのか」
雲間から現れた幾筋かの幻想的な光がハーブ園を照らす。
この世のものとも思われぬ清らかな光景のなか、白衣を風に揺らして小さくなっていくその女性に、エリンは思わず胸に手を当て跪き頭を垂れるのだった――
戸惑うエリンをよそに、修道女は涼やかに話し続ける。
「‥それは目の疲れから来るものかもしれませんね。
こちらの、目の疲れを取り栄養を与えるハーブをお薦めします。
効き目は柔らかですが、その分副反応も少なく比較的気軽に試せると思います。
【突然妙な事をお伺いしますが――
あなたは皇帝陛下に手紙を渡せる立場の人ですか?】」
「それ――コホン、
それは安心して試す事が出来そうです。
【何故そう思われるのですか?】」
予想だにしていなかった質問に動揺を漏らしてしまうエリン。
エリンはもちろん身分を隠している。
皇帝のお陰で長く平和な世の中が続いており、『自分探し族』と呼ばれる旅行者がのんびり一人旅を楽しむ姿があちこちに見られる。
エリンもそんな気楽な旅行者を装っているのだ。
何をどう見れば皇帝との関係に気付けるのか??
(私は陛下と同年齢だがチャラい若造に見られる。
ちなみに陛下も年齢を感じさせないお姿だが威厳があり過ぎて若者感は無い。
私は他人に侮られやすいこの容姿を『影』として便利に利用して来たが見破るか…)
「是非、使ってみて下さい。
効き目が無い様でしたら他の要因が考えられます。
医術師に相談してみた方が良いかと――
【内緒話は慎重に――とだけ言っておきますわ】」
「‥ッ!?」
(まさか…酒場での会話を聞かれた!?
『暗号会話』を!?――だが、あの酒場に修道女はいなかった…
仲間…彼女同様に『暗号会話』を使いこなす仲間があの場に居たという事か…)
思わず修道女を見つめるエリンだが、ベールに隠され表情を窺い知ることは出来ない。
実際、その場にいたのが変装した修道女であったなどとは考えも及ばない。
「…貴重なアドバイスをありがとうございます。
お話を伺っているだけでも不思議と頭痛が軽くなって――痛みがまるで消えてしまいました。
【みすぼらしい旅人姿の私を信用して手紙を託されると仰るなら引き受けましょう。
ただし、陛下が受け取られるかどうかは保証できません。
陛下は女性からの手紙を受け取らないのです…たとえ神に仕える御方からでも】」
くすっ‥
修道女が笑うので、エリンはビックリする。
修道女は感情を表に出したりしないものである。
ましてや皆の手本たる白服の修道女――
いや、エリンが何より驚いたのは自分に対してだ。
長年モテ続けたせいか年のせいか美女に心動かされる事が激減しているこの頃。
昨晩熱く体を繋げた酒場の女給の顔ももう思い出せない。
そんな自分が容姿も分からない年配の修道女の小さな笑いに胸弾ませるなんて――
作り笑いを保ちながらも心の中で動揺するエリン。
(この白服の修道女には男を狂わせてしまう何かがある…
いや、バカな…この神聖な場所で私は何を不埒な事を…)
エリンの崩れた事の無い営業スマイルが薄まり羞恥の表情が浮き上がって来る。
修道女はそんなエリンの心の揺れに気付く様子もなく手早くハーブのブーケを作り、そっと手渡す。
「‥ッ!」
「これで7日分になります。
刻んでお湯に入れて飲んで下さい。
ほのかに甘みがあって、お茶としても楽しめると思います。
【この様な願いを聞いて下さりありがとうございます。
ブーケの中に手紙を隠しましたので宜しくお願い致します。
道中、お気をつけて】」
穏やかなハーブ園にそよりと風が吹く。
エリンの牡丹色の髪が優しく揺れ、額を、首すじを柔らかく刺激する。
その女性の表情はベールに隠されて定かではないのだが。
だが、歩き去る前に僅かに微笑んだような気がする。
それだけでエリンの薄紅梅色の瞳は喜びに潤む。
潤んだ瞳に映る世界は輝きに満ちて――
「あぁ…世界はこんなにも美しかったのか」
雲間から現れた幾筋かの幻想的な光がハーブ園を照らす。
この世のものとも思われぬ清らかな光景のなか、白衣を風に揺らして小さくなっていくその女性に、エリンは思わず胸に手を当て跪き頭を垂れるのだった――
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