上 下
5 / 117
1 「運命を… 動かしてみようか」

4 謎の修道女

しおりを挟む
「まぁ、孤児院の子供達にお菓子を…ありがとうございます!
子供達も喜びますわ」

「ああ、俺からじゃないんだ。俺は頼まれて届けただけ。えぇと、何て言ったかな…名前は忘れたか聞いていないかだが、俺みたいな色の若い美人からだ」

「え?‥ア、はい‥
‥ハッ、あの、顔色が…頭痛がするのではありませんか?
コホン、良かったらハーブ園にお寄りください。
ここ、ブリッジ修道院のハーブ園は有名なのですよ!
治せる薬草があるかもしれません」

「頭痛に気付かれましたか?しかめ面をしていたなら申し訳ない」

「い、いえいえ。素敵なイケメン‥アッ、いえ!
ぜ、是非ハーブ園へどうぞ」

「うん…こんな可愛い修道女様に勧められては行かないわけにいかないな。
――あっちだね?」

「キャ‥はいっ!
どどうぞごゆっくり」

「ありがとう」


歩くだけでも一々カッコイイやたら色気のある旅行者風の男がハーブ園方向に立ち去るのを見ながら、若い修道女は『はぁぁ~~~』と熱い息を吐く。


(滅多に見ないレベルのイケメンに舞い上がってしまったわ!‥でもちゃんとアス様の指令は完遂出来た!‥良かった‥それにしてもアス様は遠めにチラッと見ただけで、彼が頭痛に苦しんでることを見抜くなんてやっぱり凄いわ‥
それにしても『俺みたいな色の若い美人』ってアザレアさんの事よね!?
ブリッジ・シティいちの美女の名前を忘れる(もしくは聞いてない)って…)


若い修道女の今夜の夢に出て来てしまいそうなほど強烈な魅力と印象を与えた旅行者風の男はカード皇帝の『影』――名をエリン・ジュームという。

カード帝国の侯爵位を持つ彼は、皇帝が皇太子時代に宮殿に呼び出され、2、3質問された後いきなり側近に取り立てられ、その後『影』となった。

いまだ側近扱いではあるが、皇帝の捜し人の情報を求めてほとんどの時を世界中を旅して回っている。

カード帝国に戻るのは月に一度皇帝に捜査状況を報告する時だけ。

そんな生活だからモテ男にもかかわらず38才の今でも結婚はしておらず、ジューム侯爵家の後継の事はまるで考えていない。

それよりも皇帝の為に何かしらの情報が欲しい…そう切望する忠誠心の塊の様な男はハーブ園で気持ちよく深呼吸する。


(見事なハーブ園だ…帝国の薬学研究室のハーブ園とも遜色がない程だ…)


ブリッジ修道院の広大なハーブ園を歩きながら、エリンは暫し癒される。

数日後には帝都に戻り皇帝に『今回も収穫無しでした』と報告せねばならない。

その憂鬱な気持ちをハーブ園の清浄な空気が癒してくれる――

ふとエリンは近付く気配に気付く。

一般人とは異なる――

静謐で崇高で尊き気配

不自然にならない様に視線を向けると、白い修道服を着た修道女がハーブを手に歩いて来る。

(白い修道服…という事は年配のベテラン修道女だな。
道理で崇高な気配のワケだ)


修道女が着る修道服は1~15年目は黒、16~28年目は濃グレー、29年目以降は薄グレー、薄グレーの中で特に徳の高い修道女のみが白服を着れるのだ。

白服の修道女は世界でも3人しかいない――その内の一人を拝顔出来るとは!


(…いや、頭から薄い布…ベールを被っているから『拝顔』ではないか…
髪もほとんど見えないが…曇り空の薄暗い中で僅かに垣間見える髪は金色!?
金髪の人が実在するとは信じられないことだが…
ベールの奥の目と思しき辺りも金色に光っている。
さすが修道女は白服にまでなると『人』を超越して神々しくなるのだな…
陛下の銀髪銀眼と同様に世にも珍しい金髪金眼――陛下が捜されている女性と同じだが白服という事はかなり年配なはず…
若くても50代半ばぐらいだろう――
陛下が捜されている女性は38才――いやまだ37才だから年齢が合わない…)


エリンは胸に手を当て頭を垂れて修道女が通りやすい様に通路の端に寄る。

修道女は尊敬の対象で、貴族平民関係なく敬われる。

他の修道女と同じ様に黙って通り過ぎて行くだろうと思っていたが、驚いた事にその修道女はエリンの前で足を止め、静かに涼やかな声で話し掛けて来る。


「道を開けて頂きありがとうございます。
失礼ですが顔色が優れない様にお見受け致します。
【お聞きしたい事がございます】」

「‥!!
あ、はい…
ちょっと頭痛が…
【何でしょうか?】」


エリンは白服の修道女が『暗号会話』で話しかけて来た事に度肝を抜かれるが、至って冷静に返事を返す。

もちろん、実際は心臓バクバクである。

大変な技術と能力を要する、脳をフル回転させないと成立しない『暗号会話』。

諜報活動をする者でも一部の者――よっぽどの貴人に仕える者にしか使えない会話術。

それを何故きな臭い世界とは真逆の修道女が使いこなしているのか?

しかもベールで隠れているため『視線』『口角』などが使えない代わりに手振りでカバーし違和感なく会話を成立させている…こんな使い方は初めて見る…


この修道女は一体――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください。 そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。 政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。 しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。 それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。 よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。 泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。 もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。 全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。 そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

【完結】記憶を失くした貴方には、わたし達家族は要らないようです

たろ
恋愛
騎士であった夫が突然川に落ちて死んだと聞かされたラフェ。 お腹には赤ちゃんがいることが分かったばかりなのに。 これからどうやって暮らしていけばいいのか…… 子供と二人で何とか頑張って暮らし始めたのに…… そして………

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

どうして待ってると思った?

しゃーりん
恋愛
1人の男爵令嬢に4人の令息が公開プロポーズ。 しかし、その直後に令嬢は刺殺された。   まるで魅了魔法にかかったかのように令嬢に侍る4人。 しかし、魔法の痕跡は見当たらなかった。   原因がわかったのは、令嬢を刺殺した男爵令息の口から語られたから。 男爵令嬢、男爵令息、4人の令息の誰にも救いのないお話です。

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

処理中です...