【完結】仕事を放棄した結果、私は幸せになれました。

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 卒業式までの間、アーリアとジルベルトは穏やかな日々を過ごすことにした。恋人のようにアーリアの望む様に、ジルベルトは寄り添った。

 アーリアの家族はアーリアの好きにさせた。卒業式まで想いを寄せるジルベルトと一緒に居る事を許可した。ただ、一線を越えることだけは認めなかったが。それを理解してるのか、ジルベルトは対外的な執事としての姿勢は決して崩さなかった。

「リア、危ないですよ」

「ふふふ……こっちはまだ熱くは無いわ」

 温泉の源泉と混じり合う川で、白いワンピースを着たアーリアは、足を川に浸けて散歩していた。ジルベルトは、アーリアの靴を持って川のほとりをついていく。

「まったくもう。こちらの気候は暖かいですが、王都では雪が降っているんですよ」

「でも、とっても気持ちいいわよ? ジルも一緒に歩きましょうよ?」

 手を差し出したアーリアに、ジルベルトが答えるよりも早く、答えた人物がいた。

「そりゃいいね!」

「えっ? えっ?」「なっ!?」

 アーリアの腰に手を回し、差し出された手を取られてくるりとワルツを踊るようにエスコートされたアーリアは、その人物の姿を見て混乱した。さらにジルベルトも、居るはずの無い人物の登場に驚いた声をあげた。

「貴方がどうしてここに!?」
「デルタロス様がどうしてここにいるんですか!?」

「何故って? 面白そうな事やってるな~って思って来た☆ 俺の22番目の嫁さんも一緒だぞ」

 魔王降臨に驚くアーリアが、魔王デルタロスの指す方へ向けた視線の先には、手をふる天女がいた。羽衣に乗せた体には体重が無いかのごとく、ふよふよしていた。

「おじゃましてまーす☆」

「俺の22番目の嫁で名は天ノ川だ。彼女は今までの嫁より長生きだけど、ちょっぴり寂しがりやでな。着いてきちゃった☆」

「いやいや、デルタロス様。国は大丈夫なんですか!?」

「宰相が居るし、大丈夫だろ? それにんだよなぁ。これが」

「「はぁ!?」」

「この国に入ってからさ、転移魔法が使えないし、国を出ようとしたら変な結界に阻まれてさ」

「そ、それって……」

「リアお嬢様が言っていたですね」

 青い顔で頷くアーリアと考え込むジルベルトに、魔王デルタロスはペロリと舌なめずりをした。

「ジルベルト。包み隠さず教えろ。あの結界には心当たりがある」

「はいっ! 魔王陛下。実はーー」

 ジルベルトは魔王デルタロスの命令に、背筋を伸ばして返事をした。アーリアと共に現在起こっている摩訶不思議現象の説明をする。

 乙女ゲームの内容はアーリアが。ジルベルトは学園に送った密偵の報告を。これらは、ほとんどは男爵家のミュトを中心に起こっている事だと。

「なるほど、なるほど……そりゃあアーリアちゃんは大変だねぇ。国境を囲む結界も学園で起こる不思議現象も、全部、老婆神……神モドキのせいだな」

「「老婆神??(ですか?)」」

「そうそう。この世界を管理する神が休暇中に、あのババアは管理者に変わって世界を見守ってる。元は女神だったが、今は力の弱った神モドキのババアだ」

「デルタロス様、それじゃあ解りません。もっと詳しくお願いします」

「ん~。俺よりも天ノ川の方が詳しいからな。頼む」

「はーい☆ こちらへいらっしゃーい」

 天ノ川は、川のほとりに引いたレジャーシートにて、紅茶やお茶菓子を用意していた。どこから取り出したのか不明だったが、とりあえずアーリアとジルベルトは魔王デルタロスに続いてレジャーシートへと座った。

「まずは、何から説明しようかしら?ーーえーっとーー」

 天ノ川の説明は、何故か天世界の話から始まった。世界を創造できる神は3人いて、管理する神も3人いた。6人が最初に造った世界は、様々な娯楽や創造性に溢れていたという話だった。

「3人の創造神は、他に3つの世界を造ったの。その管理を3人の管理神に渡して、創造神達3人は、最初の世界へと降った。

 管理神3人は、創造性の乏しい新しい世界に半分飽いていたわ。だからこそ、その世界を自分達に変わって管理する者を用意した。

 それが3人の管理神から少しずつ力を分け与えられた見守神みもりしん。人間の女性をベースにした半女神である彼女は、最初は忠実に管理神の言うことを聞いていたの。

 ……だけどね。元が欲深い人間である彼女は、管理神が休憩と称して向かう世界を覗いてしまった。娯楽溢れる平和な世界。彼女は、管理者に与えられた力を使って、その娯楽の一端に触れてしまった。そして虜になったの」

「アーリアちゃんの前世の記憶の世界がまさにババアが触れて欲した娯楽の世界であり、現在起こっている事象の原因だね」

「……そう。見守神である彼女は、管理神から預かった世界でを繰り返したわ」

 紅茶を啜っていた魔王デルタロスは、おかわりを天ノ川へと注ぐように要求し言った。

「俺はこの世界ではずっと魔王だろう? 嫁が22人居ることから理解できるだろうが、そのほとんど、20人は人間の小娘だった。そのどれも俺を惹き付ける美しい容姿と、難題を抱えていた。ある娘は隠れた聖女だったり、ある少女は勇者パーティーの1人だったり、婚約破棄されて島流しされた少女だったり、異世界から召喚された少女もいたな」

 魔王デルタロスが語る人間の嫁の話を聞いたアーリアはラノベあるあるの主人公に当てはまる少女の話ばかりだった。

「では、この国は乙女ゲームの世界……なのでしょうか?」

「そうとも言えるし、そうじゃないとも言える。なんにしても、アーリアちゃんが何故前世の記憶を取り戻したかは解らないけどこっちとしては好都合だった。なぁ天ノ川?」

「ええ。いい加減、あの見守神の、この無意味な娯楽を辞めさせる機会が巡って来てくれて助かったわ」

「どういう事でしょうか?」

「私は天ノ川。管理神の1人よ」

「「えっ……!?」」

「彼女のお気に入りは魔王デルタロスなの。次の嫁を送られる前に、私が彼の隣に居ると、彼女はどう思うかしらね?」

 管理神の天ノ川は、見守神のお気に入りが魔王デルタロスであると気づいたからこそ、魔王デルタロスの嫁として隣にいて、魔王が新しい娯楽に巻き込まれる事を阻止したのだと言った。魔王も、嫁の寿命が尽きる度にが都合良く自分と運命的な出会いをする事を不思議に思って居たようだった。

「勘違いされそうなんだが、俺は今までの嫁を確かに愛していたし、大切にしていた。だがな? そのほとんどが清い体のままに10年もしないうちに死んで逝くんだぜ? アーリアちゃんが知っている言葉で言うと、物語のエンディングまではハッピーエンドってやつだな。だけど、物語が終わった後にもハッピーエンドが続く訳がないんだ。嫁のほとんどが突然の不治の病で死んでいった。いくら俺が魔族で人間達と比べると感情の起伏はあんまし無いとは言え、ババアの次の娯楽の為に嫁が次々と死なされていたと解ったら普通は怒って復讐の1回くらい許されるよな?」

 魔王デルタロスの怒気を含んだ言葉に、アーリアはぶるりと鳥肌がたった。

「デル。アーリアちゃんが怖がっているわ」

「あ……すまねぇ……」

「だ、大丈夫ですわ」

 気丈に振る舞うのも、王子妃教育の賜物だろう。そんなアーリアに、魔王デルタロスは目を丸くした。

「なるほど。ジルベルトが気に入るはずだ」

 ボソリと呟いたデルタロスは、誰もが見惚れる程の人外の美貌で、アーリアに微笑みかけて問いかけた。

「アーリアちゃん。ババアの茶番が片付いたら、俺のに来ない?」

 アーリアは魔王デルタロスの問いの意味を深く理解しないままに、軽く答えた。アーリアの後ろで焦りを滲ませるジルベルトに気づかぬままに。

「えっ……嬉しい申し出です……が、デルタロス王のに行くのは、ジルと共に世界旅行をした後になりますが、それでも良ろしければ……」

「ぷっ……アーリアちゃんって面白いな!」

「ほっ……」

「うふふ」

 その答えに、三者三様の反応にアーリアは首をかしげた。この問いにより、アーリアの味方が増えたとも言う。

 魔王デルタロスの美貌に靡く事もなく、ジルベルトとの未来を明るく望むアーリアの表情は、まさに恋する乙女であったからだった。


 この後、アーリアはテンバーン公爵邸にて、魔王デルタロスと天ノ川を迎え入れた。デルタロスは天ノ川との新婚旅行としてこの国へと来た事にしていた。もちろん正式な書簡を作成してピタリンド国の王宮に送ってあるらしい。

「俺達の滞在はテンバーン領の温泉都に滞在中になっている」

「私の話し相手としてアーリアちゃんを指名しておいたから、アリバイ作りは完璧よ。そのうちピタリンド王都の王宮で王妃様とのお茶会にも参加するわ。その時は、アーリアちゃんも一緒にね?」

「わたくしなどが御一緒して宜しいのでしょうか?」

「もちろんよ!」

「わかりました」

 魔王デルタロス夫妻が滞在の間は、アーリアが話し相手として。もちろん王都のタウンハウスにいる間もずっとだった。

 王妃とのお茶会では色違いのお揃いのドレスで参加し、魔国との外交的な会話も、アーリアのおかげで弾んでいた。

「お気に入りのアーリアちゃんのいる国だもの。良い話として夫にも話しておきますわ!」

「まぁ! それはこちらとしても喜ばしい限りですわ! アーリアさんはわたくしの息子の婚約者ですもの。将来は共に国を盛り上げる立場ですの! ねぇ、アーリアさん」

「……ええ、王妃様。わたくしは、精一杯お勤めとして努めます」

 王妃様のお茶会では、天ノ川がアーリアの事をどれほど気に入っているのかの話になり、王妃は対抗する様に王太子の婚約者であるアーリアを鼻高々に自慢していた。

 1週間のうち、5日も王妃とのお茶会へと繰り出し、王妃にお願いされた分の王子の政務だけは、務めて帰る日々を送っていった。


 そして卒業式の前日まで日は進むーー



    
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