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しおりを挟む目の前に広がる花の花弁が舞う断崖絶壁の風景に、私は思わず息を飲みました。
横目には、立ち入り禁止のロープ手前から、私を心配そうに見つめる護衛騎士の3人がいらっしゃいます。1人居ないのは叔父様への報告でしょうか。
観光名所である渓谷をグリード様の名の元に完全貸切の状態で、私はグリード王子とその側近のお二人、マリアさんという偽の妹とともに来ております。
縄で縛られた私は、腕の治療もされずに連れてこられ、絶壁の鉄橋の上に立たされております。一歩でも後ろに下がれば、私は谷底に落ちてしまいますね。縄の先は鉄橋の上部分に縛られておりますが、間違っても落ちた場合、1本の細いロープで、私の体重をキチンと支えられるでしょうか? ガリガリでも40キロあるかないかくらいですよ。
私の腕を痛め付けて下さった側近Aが腰の剣を抜いて私に向けます。
「おい、ゲイン!」
「大丈夫です殿下。少し脅すだけですよ。ここに連れて来たのだって、本当に落とすつもりは無いのでしょう?」
「……だが……」「わかったわ! ゲインにまかせましょう!」
自称私の妹のマリアさんが、グリード王子の言葉を遮ってしまいました。なんて不敬なのでしょうか。早くこの茶番劇を終わらせて欲しいですね。腕の治療を切実に望みます。
「罪人テュティリア。罪を認める気になったか?」
剣先を突き付けて、まるで脅しのように言われても困ります。
「いいえ。私はやっても居ないことを認めるわけにはいきませんし、私には妹は居りませんわ」
側近Aのゲインさんに、真っ直ぐ見つめて言いましたが、彼の瞳は私への憎しみで染まっておりますので、進撃に訴えても無駄でした。
「どうしてそこまで頑固なのよ! お姉さまの馬鹿! 私は、一言、一言謝ってくれればそれで良いのよ!?」
グリード王子の手にしがみついていた自称妹が何か言って居ますが、顔と言葉があっておりませんよ。ニヤつく口許を引き締めて言って下さい。それに、貴族的なルールとして、挨拶も交わしてない人と会話をしてはいけませんので。無視しております。
「もういい。お前にはガッカリした……」
グリード王子が一歩前に出て顔を歪めますが、何をそこまでガッカリさせたのか、私には心当たりがありません。
「改良について、力及ばず、申し訳ありませんでした。ですが、そんな事でここまでされる謂れはございません。何をそんなに不満だったのかは存じませんが、同じ王族の血を継ぐ者として、グリード殿下が『シード改良』を行えばよろしかったのではございませんか?」
私は理不尽な自分の現状を苛立ち、こんな仕打ちの見当としては、王族の課題である回復薬の事だろうと思い当たって、正直な意見を口にしました。全部任せると言ったのはグリード王子なのです。それに不満があるのなら、自分も参加して、改良したら良かったのです。それを口に出したとたんに、苛立ちの表情を隠そうともせずにーーー
ーーパチン!!
「え……」
「…………ふっ……」
「お嬢様!!?」
頬に感じた痛みに、歪んだ笑顔の自称妹。
私は自称妹に頬を殴られ、その衝撃で渓谷に投げ出されました。一瞬ギシリと縄のおかげで止まったかのように思えた浮遊感が、ギチリと縄の切れた音の後に再び押し寄せ、私は谷底へと落ちていきました。
「テュティリア様ーーー!!」
上を見つめると、護衛騎士さんが手を伸ばして、私の名前を叫んでいます。今にも一緒に飛び込みそうな勢いを、後ろの護衛騎士さんに止められていました。
グリード王子も、側近も全員が驚いた表情のまま、ただただ、落ちていく私を見ています。
なるほど。ゲームでの主人公が記憶喪失になった大半の原因はこれか。と、ストンと私の中でゲーム内での意味深な描写の数々の謎が解けました。
地上での酷い仕打ちに、地下では溺れていた所を、チュートリアルのお兄さんに助けられたんでしたっけ。
チュートリアルのお兄さんが、次の日の朝に「うなされていたぞ。怖い夢でも見たのか?」的なことを頻繁に言っていたので、原因はこれだけじゃ無いとは思いますが、さすがに前世の記憶がなかったら、記憶喪失になりたくもなる要因はたくさんありますね。
婚約者に裏切られ、公爵家を乗っ取られ……ゲームの主人公が、もしグリード王子に好意を抱いていたのなら……。
ゲームでの恋愛要素がなかった理由も頷けますね。
しばらく落ち続け、周囲が暗くなってきました。肉眼で地上を見れなくなったころ、私はコルセットに隠していた緊急用の種を発動させました。
綿毛草の蔓が私の体に巻き付き、上部の綿毛がパラシュートの役割を果たして緩やかに暗い中を落ちていきます。ついでにコルセットに仕込んだ光茸も成長させました。
途中、左右の絶壁から湧き水が噴き出すポイントになり、綿毛が濡れて落ちる速度が若干速くなってきました。私はもう2つの綿毛草を造り出しましたが、噴き出す湧き水の数が増え、下からは、ゴウゴウと言う波の音が聴こえます。光茸をさらに造り出して、周囲と真下を確認するとーー
「え……これ、私、死ぬんじゃない?」
素で心の声が出ました。真下には、巨大な渦を巻く、さながら巨大洗濯機のような風景に、不安と絶望感が大きくなってきました。
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