傀儡といしの蜃気楼 ~消えた王女を捜す旅から始まる、夢の世界のものがたり~

遠野月

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思惑

思惑からはじまる

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「では、早速だが」

 セウラザが腕を組みながら、静かに言った。

「今後の方針を決めよう」
「さくっと言うな。結構、八方塞がりなんだが」
「そうか。もちろん、諦めてもかまわないのだが」
「いや。かまうだろう。何が何でも、この世界から抜け出すぞ」

 あわててラトスが言い返す。
 セウラザは分かっていたかのようにすぐうなずいた。

 しかし、状況は絶望的である。現の世界にもどるためのテラズの宝石は、もう無い。他の手段があるのなら、すでにペルゥが提案しているだろう。
 なぜ夢魔が奪ったのか。その理由を考える意味もない。考えたところで、答えは出ないだろう。なにより、取りもどす確率を上げることにつながるとは思えなかった。

 とにかく宝石を奪い返すためには、悪夢の回廊に行くしかない。
 問題になるのは、無数にいる夢魔から、宝石を持つ夢魔を見つけることができるかどうかだ。

「悪夢の回廊に行くことに、変わりはない」
「そうだな」
「念のために聞くが、夢魔とは……会話できるのか?」

 腕を組み、片眉をあげてラトスは言う。
 隣に立っていたメリーが、かすかに肩をゆらした。横からにらむようにして、ラトスの顔をのぞきんでくる。正気ですかと言わんばかりだ。

「試したことはない」
「……そうか」
「そのことは、ペルゥが詳しいかもしれないな」
「……あいつか」

 お道化た表情をするペルゥの顔が浮かぶ。あれでも、夢の世界については詳しいのだろう。おそらく、草原でのんびり生きているただの猫ではないはずだ。

「メリーさん。ペルゥの出番だぞ」
「……本当に聞くのですか?」
「聞くが?」
「……はい」

 即答するラトスに、メリーは肩を落としてみせた。
 メリーの中では、夢魔と幽霊は同じものなのだ。幽霊と会話するなど、良い気分になるはずがない。だが夢魔と会話ができれば、宝石の追跡ができるかもしれないのだ。

『話は聞かせてもらったよ!』

 突然、ペルゥの声がひびいた。
 ラトスはメリーのほうを見る。彼女は頭を大きく横にふって、まだ声をかけていませんと言った。あわててメリーは、手首にはめてある腕輪に声をかける。すると腕輪から、能天気なペルゥの声が伝わってきた。

「ペルゥ。お前、ずっと聞いてたのか」
『うん』
「……お前、暇なのか」
『そう!』
「そうか……。まあ、いい。それで、夢魔とは会話できるのか?」

 ラトスは腕を組んだまま、メリーの腕輪に向かって声をかけた。
 なにはともあれ、説明の手間が省けたというものだ。今だけは、聞き耳を立てていたペルゥに文句を言うまい。

『出来るのもいるよ』
「ほう」

 セウラザが、驚いた声をあげた。
 めずらしく興味深そうに、メリーの腕輪に顔を近付けている。

『ただ、喋れる夢魔っていうのは、知能もあって、強いよ』
「≪悪徳≫の夢魔のような奴か?」
「そうだねー。それと同等か、それ以上かなー」
「それ以上、だと」

 悲嘆の夢魔を倒すだけでも、変だった。それ以上の夢魔だとすると、向こうに敵意があった場合、対処できるだろうか。宝石の追跡どころか、命を失うかもしれない。

『知能もあって、強い夢魔だとね。やっぱり、悪夢の回廊の奥底まで行かないと、ダメかもしれないね』
「それは無理だろう」

 ペルゥの声に、セウラザが口をはさんだ。目を閉じ、大きく頭をふっている。
 どうしてだと、ラトスが尋ねる。セウラザは黙って、答えなかった。

『まあ、無理なんだよね』

 黙っているセウラザの代わりに、ペルゥが言った。

「どうしてだ?」
『封印されているんだよ。悪夢の回廊の底はね。≪最奥≫って、呼ばれているのだけど』
「前に聞いたな。それは。封印というのを、お前は解けないのか」
『解けない』
「絶対に、か?」
『絶対に』

 ペルゥは素早く、断言する。
 セウラザが答えを渋った理由はこれだろう。無理ではない方法を考えようとして、思い付けずにいたのだ。

 封印が解けないなら、別の方法を考えるしかない。どこかに抜け道があればいいのだがと、天井を見上げながらラトスは考える。風もないのにゆれつづけるカンテラが、目に入った。音もなく、静かに、ゆっくりとゆれている。

「……あの」

 静かにしていたメリーが、小さく声をあげた。
 ラトスとセウラザが、同時に彼女へ顔を向ける。威圧感があったのか、メリーはわずかに上体を後ろへそらした。

「悪徳の夢魔は、……本当なら、底のほうにいるって言ってましたよね」
「そうだな」
「それなら、どこかに……出入り口があるのでは……?」

 消え入りそうな、小さな声でメリーは言った。
 ラトスは目を見開いて、セウラザを見た。
 セウラザは、うなずいている。ペルゥの声は、聞こえてこない。考えているのだろうか。だが、すぐに否定してこないのは、可能性があるということだ。

「封印に、隙間がある可能性はないのか」

 メリーの腕輪に向かってラトスが言う。
 ペルゥの声は、聞こえない。うなり声も、聞こえてこない。腕輪が壊れたのだろうかと、ラトスは首をかしげた。

「聞こえないのか、ペルゥ」
『聞こえてるよ』

 即答してきた。しかし、いつものお道化た声ではない。静かで、冷たい声だった。

『それは、答えられない』

 冷たい声のまま、ペルゥが言った。
 ラトスは目をほそめる。隣を見ると、メリーが驚いたような表情のまま固まっていた。ペルゥの声色に驚いているようだ。

「分かった。ペルゥ。もう、いいぞ」

 ラトスは小さく息を吐いて言う。
 腕輪からは、返事が来なかった。メリーは、まだ固まっている。ラトスは彼女の肩を軽くたたいた。きっと何か事情があるのだろうと、小声で言う。メリーは複雑そうな表情をしたが、うなだれるようにしてうなずいた。

 とにかく、方針は決まった。
 悪夢の回廊の≪最奥≫を目指すことだ。
 封印の隙間があるかどうかは、分からない。だが、探す価値はあるだろう。

『出来るだけ、距離が長い悪夢の回廊に行くのはどう?』

 気を取り直したのか、ペルゥはいつもどおりの声色で提案してきた。その声に、メリーは安堵したようだった。肩から力をぬいて、長く息を吐いている。メリーの傍にいたフィノアからも、小さく息を吐く音が聞こえた。

「距離が長い悪夢の回廊? 何故だ?」
『長いほど、悪夢の回廊の夢魔は強くなるんだ。それは、つまり……』
「≪最奥≫に近い、ということか」
『そう! その通りー!』

 腕輪から、拍手の音が聞こえてくる。
 本当に、いつもどおりのペルゥだ。少し前の声が、幻聴だったのではと思うほどだった。

「どうすれば、長い、悪夢の回廊に行けるんだ?」

 腕輪をのぞきこむようにして、ラトスが言う。
 闇雲に相手を選んで悪夢の回廊をつないでいては、埒が明かない。苦労して短ければ、まったく意味がないのだ。

「回廊の長さは、人間関係の溝の深さだ」

 腕輪をのぞきこむラトスに、セウラザが言った。
 ラトスは顔をあげる。セウラザはラトスの顔を見ると、傍にいたミッドたちを指差した。

「例えば、彼らとの間にある悪夢の回廊は、短い」

 多少の信頼関係があるからだと、セウラザは言い加える。
 指差されたミッドたちは、にやりと笑ってラトスを見てきた。何か言いたげな目だ。からかわれる気がしたので、ラトスは彼らから視線を外した。

「なるほど。確かに以前、接点がない者に繋ぐ回廊は長くなると言っていたな。じゃあ、俺とは関わりがない相手を選べばいいのだな?」
「そうだ。あと、相手の名前も必要だ」
「回廊を、繋げないからか」
「そういうことだ」

 セウラザはうなずく。
 関わりがない人間で、名前を知っているというのは難しいことだ。興味を持たない相手の名前など、憶えているはずがない。

 どうするか。
 四人はしばらく、静かになった。
 ペルゥの声も、腕輪から聞こえてこない。

 ミッドたちが楽しくしゃべる声だけが、部屋の中にひびく。
 同じ部屋にいるのに、まるで別の世界のようだった。

「一つ、良いですか?」

 沈黙を破ったのは、フィノアだった。
 ラトスたち三人は、同時にフィノアへ顔を向ける。メリーの腕輪から、なになに? と、のんきなペルゥの声もひびいてきた。

「顔を知っている必要などは、ありますか?」

 なにか考えが浮かんだのだろう。フィノアはセウラザの顔を見ながらたずねた。

「いいや。存在さえ知っていれば、繋げるだろう」
「……そうですか。それなら、当てがあります」

 フィノアはうなずきながら、言った。
 目に、光がゆれている。考えがあるというより、企みがあるような表情だった。

「エイスの国王の夢の世界では、どうですか?」
「……国王だと?」

 まだ父親の夢の世界に行くことを諦めていなかったのか。そう言おうとしたが、それだけではないことに気付いて、ラトスは口をつぐんだ。
 フィノアは、一石二鳥を得ようと考えたのだろう。
 国王の夢の世界に行きたいが、ラトスたちの協力なしでは行くことはできない。だが今回の目的を利用すれば、行くことができるのだ。

 フィノアからすれば、国王は父親である。
 悪夢の回廊は、おそらく短いだろう。

 だがラトスにしてみれば、国王は他人も同然だ。顔も見たことがない。一国の王なので、名前を知っているのみである。
 しかも、ラトスは、国王に不信感があった。妹を殺した「黒騎士」が「黒の騎士団」ならば、王の意思が働いている可能性がある。意思が働いてなかったとしても、直下の騎士団なのだ。最低でも、なにかは知っているだろう。
 不信感や憎しみも影響してくれたなら、悪夢の回廊は長くなるに違いない。フィノアはそこまで考えていないだろうが、選択は悪くないと思えた。

「小賢しいことだ」

 ラトスは、苦笑いをしながら言った。

「賢しい、と言うべきではありませんか?」
「そうだな。これは、失礼した」

 にらむフィノアに、ラトスは両手をあげてみせる。
 間に入るようにして、メリーがラトスを叱りつけた。人差し指を立てて、ラトスの胸をつつく。仕方なくラトスは、両手を左右にふって、短く謝った。

「だが、行先は決まったな」

 にらむフィノアとメリーから視線を外して、ラトスはセウラザに声をかける。

「そうだな。それでいいだろう」
「……夢魔が強いというのは、気になるが」
「その辺りは、何とかなるだろう」

 そう言って、セウラザはメリーを見た。
 突然の視線に、メリーはあわてた。左右を見たり、後ろにふり返ったりしている。何の話か、全く分かっていないのだろう。

「メリーは、だいぶ強くなった。いや、元々強かったのかもしれないが」
「……はい?」
「少なくとも、一撃の強さだけなら、私やラトスより強いだろう」
「え? ……な、え? ……私が? ですか?」
 
 思ってもいなかったのか、メリーは混乱しだした。
 だが実際、メリーは強くなった。一撃の破壊力はもちろんだが、魔法まで使えるようになったのだ。現を覗く間で夢魔と戦った時は、風の力を利用し、空まで飛べるようになっている。

 急成長した、というわけではないのだろう。フィノアの話を聞く限り、元々強かったのだ。
 最初の内は、慣れないことが多かったというところか。気後れさえしなければ、元の強さを発揮できるのかもしれない。しかも見ているかぎり、まだまだ伸びしろがあるように思えた。

「そうだな。メリーさんがいれば、何とかなるだろう」
「ちょっと! ラトスさんまで!」

 ラトスが冗談ぽく言うと、メリーは、全部冗談の話だと思ったようだ。赤面しながら、怒るように騒ぎだす。
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