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悪夢の回廊

兆しからはじまる

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「大丈夫か」

 先に声をかけたのはセウラザだった。

 メリーは、放心していた。駆け寄ってきたセウラザの手が彼女の肩の上に乗ると、ハッと我に返る。彼女は身体が重いことに気付き、自分の上にのしかかっている狼のような獣を見た。

「わああ!?」
「大丈夫だよ、メリー。もう≪祓われてる≫」
「≪祓われ≫……? え、ちょっと、重っ……いっ……!」

 ペルゥは安心するように声をかけたが、獣の下敷きになったメリーにはとどかない。必死に何度も身体をよじって、ぬけだそうとした。だが獣の身体は大きく、何度身体をよじろうとしてもぬけだせそうにはなかった。

「安心して。メリー。もうすぐ消えるから」

 あわてているメリーの顔の近くに、ペルゥはふわりと降りる。そして、彼女の耳元に小さな頭を寄せた。するとメリーの顔にかかったはずの赤黒い唾液と血が、ふわりと浮きあがって黒い塵になった。メリーは驚いて、自分の頭だけをなんとか持ちあげた。自分の身体の上に乗っている狼のような獣の身体が、黒い塵におおわれていく。

 よく見ると獣の表面が、空気に溶けていくように消えはじめていた。消えたところはすべて、黒い塵になっているようだった。太い後ろ足も、短い前足も、ラトスの短剣が突き刺さってゆがんだ頭も、少しずつ黒い塵になって、やがてその全身が消えて無くなった。

 獣の下敷きになっていたメリーの上には、何も残っていなかった。
 じわりと衣服や髪に浸みこみはじめていた赤黒い唾液と血の感触もなにひとつ残っていない。驚いているメリーに向けて、傍にいたセウラザが手を差しだした。彼女はその手をつかんで起きあがる。自らの衣服をパタパタとはたき、獣の唾液と血が浸みこんでいたはずのところを細かく確認した。ところが、血や唾液が付いた跡はどこにも残っていなかった。

「間に合ったな」

 短剣の長さを元に戻したラトスが、メリーの傍まで歩いてきて声をかけた。彼女はあわててラトスに向き直り、深くお辞儀をした。

「ごめんなさい。ぼーっとしてしまって……」
「いや。別に良い。怪我はないか?」
「そう、ですね。大丈夫です」
「そうか。……ところでペルゥ。お前が先にメリーを助けるべきだろう」
「え! だって、ボク、戦えないし。ただの案内人だよ!」

 ペルゥはお道化たように前足を左右にふって抗議した。
 ラトスは手を伸ばしてペルゥの首の後ろをつかみ、持ちあげる。そして、左右にふりながら、空いた手の指で小さな頭を軽くはじいた。

「いたーい」

 悲しい声をあげたが、ペルゥの目はキラリと輝いていた。
 ペルゥは小さな声で、ラトスが助けるって信じてたよと言う。同時に、小さな前足をすっとラトスに向けて伸ばし、キラリと光っている目を片方閉じてみせた。
 なるほどこれは反省しなさそうだ。
 ラトスは、ペルゥの首根っこをつかみながらメリーに突き返す。彼女はあわててペルゥを優しく抱きあげた。抱きかかえられたペルゥは、猫のような声をあげてメリーに身体を擦り付けると、頭だけふり返って、にやりとした顔をラトスに向けるのだった。

「しかし、今の≪祓う≫というのはどういう意味だ」

 ラトスは、お道化たペルゥをにらむようにして言った。
 ラトスの声を受けて、ペルゥは小さな耳を立てた。小さな前足を組み、ふーんと可愛らしく鼻息を鳴らす。

「それはね。夢の世界の住人は、殺せないってことなんだ」
「殺せない? 今の獣は死んだのだろう?」
「ううん。死んでないよ」

 ペルゥはそう言うと、狼のような獣が倒れていた場所を前足で指してみせた。
 指した先にはもう、獣の身体はなかった。黒い石畳の上に、わずかに残った黒い塵のようなものが宙をただっていた。

「あれは、さっきの夢魔の残り。あんなだけど、まだ生きてるんだ」

 よく見ててと言って、ペルゥは黒い塵を小さな前足で指し示した。
 ラトスは、その前足の先をじっと見た。宙をただっている黒い塵は、そのまま石畳に落ちるようでもなく、風に流されていくわけでもなく、そのまま宙にとどまっている。
 ラトスは、その塵に近付いてみた。すると、漂っていた塵は意思があるかのようにラトスからはなれた。

「その塵一つ一つが、負の感情だ」
「感情? これが……?」
「そうだ。悪夢の回廊にあるすべてが、黒い塵に見える負の感情で出来ている」

 ペルゥの説明に、セウラザが横から補足した。
 ペルゥは小さな頭を縦にゆらして、そういうことだよと言い加えた。そしてメリーの腰に下がっている銀色の細剣を、前足で指してみせた。

「この世界の武器は、殺す代わりに、≪祓い≫の力で、形を崩壊させられるんだ」

 そう言ってペルゥは、剣をぬいてみてとメリーにお願いした。
 メリーはうなずいて、銀色の細剣を鞘からぬきはなった。透きとおった細い剣身が、姿を現わす。わずかに風が舞い、メリーの身体をゆるやかな風がつつみはじめた。

「その剣の先を少しだけ、石畳に突き立ててみて。ホントにちょっとだけね。ちょっとだけだよ」

 ペルゥが、黒い石畳を指す。
 メリーは小さくうなずいて、剣の柄を強くにぎった。
 その瞬間、細剣の柄頭にはめられた赤い宝石の光が、わずかにゆれた。ペルゥは宝石の光を見て取ると、メリーちょっと待って! と叫んだ。

 次の瞬間、セウラザがメリーの胴を抱きかかえた。
 抱きかかえられたメリーの身体からは、風のようなものが吹きだしていた。風は、彼女がにぎっている細剣に集まっている。透きとおった剣身に吸い込まれながら、光がはなたれはじめていた。

 輝く剣先は、石畳に強く突き立てられていた。
 それを見たペルゥは、これはまずいとだけ言って飛びあがった。少しはなれたところで立っていたラトスのところへ、いきおいよく飛んでいく。

「ラトス。まずいよ。少し走るよー!」
「何がまずいんだ」
「いいから! 床が抜けちゃうー!」

 あわてながらペルゥは、ラトスの長い黒髪を引っ張った。
 ラトスはよく分からないまま、ペルゥに付いて走りだす。黒い石畳の道の先に、誘導されているようだった。
 走りだす間際、メリーを乱暴に抱きかかえたセウラザが見えた。同じ方向に走ってきている。本当にまずいことが起きたのだと、やっとラトスは理解した。

 走りながら、後ろをふり返る。
 黒い石畳から、黒い噴煙があがっていた。石畳が大きく崩れはじめているようだ。崩壊の中心になっていた場所は、メリーが剣を突き立てた辺りだった。

「結構崩れちゃうかも」

 ペルゥは、後ろを見ながらぼそりと言った。
 飛ぶのをやめて、ラトスの肩に飛び乗ってくる。

「なにが起こったんだ」
「あ。うん。えっと、ちょっと……メリーが力入れすぎちゃったみたい」
「あれが、ちょっとか!?」

 ラトスは声を荒げた。
 全力で黒い石畳を走る。後ろから、カチャカチャと金属の音が聞こえる。セウラザの甲冑が、鳴っているのだろう。ちゃんと付いてきているのだと、ふり返らなくても分かった。
 メリーの声は、聞こえてこない。いつも通り、呆けた顔をしているのだろうか。セウラザに抱えられながらも、きっと、状況が呑みこめていないに違いない。

 そろそろ大丈夫かもと、ラトスの肩の上に乗っているペルゥが、後ろを見ながら言った。
 ラトスは徐々に走る速度を落として、頭だけふり返ってみた。後ろには、メリーを脇に抱きかかえたセウラザがいる。同じように、少し速度を落として走っていた。さらに後ろのほうでは、黒い噴煙がまだ立ちあがっていた。しかし、石畳が崩壊するいきおいは弱まっているように見えた。

 ペルゥが言う通り、この辺りまでは崩れないだろう。
 ラトスは足を止めた。後ろから走ってきていたセウラザも、ラトスの隣まで来ると足を止めた。脇に抱えていたメリーを、ゆっくりと下ろす。

「なにが……? 起こったのです?」

 呆けた顔で、メリーはセウラザを見あげた。
 セウラザは無表情のまま彼女を見下ろして、特に問題はないと応えた。

「いや。問題あるだろう。あそこは回廊の出入口じゃないのか?」
「そうだが。いつかそのうち再生する。問題ない」
「……今は?」
「戻れない」

 セウラザが即答し、ラトスは大きくため息をついた。

 メリーは、状況が呑み込めていなかった。ラトスとセウラザの顔を交互に見て、どうすればいいか分からないといった顔をしている。気を回したペルゥが、彼女の肩の上に飛び乗った。まあ大丈夫だよと、短く、明るい声で言う。

「と、まあ。こんな感じで。≪祓い≫の力で、形を崩壊させられるんだ。すごいよね?」

 そう言ったペルゥの目は、キラリと輝いていた。
 それは、この状況を楽しんでいる目だった。しかし、全員無事で済んだのは、ペルゥとセウラザの判断が早かったおかげだ。文句は言いづらい。

「だが、ペルゥ。お前は説明が雑すぎる。メリーさんが慎重さに欠けることぐらい考えておけよ」
「だよねー。ちょっと失敗! ごめんね、メリー!」
「え……あれ。いえ、たぶん、私が悪いのですけど、その言い方は、ちょっと釈然としません……」

 メリーはそう言って、後ろをふり返った。
 崩壊した黒い石畳から立ち上がった黒い噴煙が、目に映る。手ににぎったままの銀色の細剣を、目線の高さに掲げた。剣身の周りには、ゆるやかな風が流れていた。しかし、石畳に突き立てた時のような輝きは、消えていた。今までどおりの、透きとおった剣身だ。

「大丈夫? メリー」
「あ。ごめんなさい。ご迷惑をおかけして……」
「全然平気だよー。まあ、メリーは少し魔法の力が強いのかもしれないね」
「魔法……?」
「そう。ほら、あれ」

 ペルゥは、崩壊した黒い石畳を前足で指してみせた。
 立ち上がった黒い噴煙は、狼のような獣が消えたときと同じ、黒い塵のようだった。崩壊した道全体は、黒い塵でおおわれはじめていた。

「あれって、魔法? ですか?」
「そうだよ?」
「私の……?」
「うん。そう」

 小さな頭を縦にふった後、ペルゥは首をかしげてメリーの顔を見た。

 メリーは、崩壊して消えていく石畳の道をじっと見ていた。
 銀色の細剣をにぎった腕が、だらりと下がる。振り下ろされた彼女の腕と剣を見て、ラトスはぞくりとした。その剣先が、また石畳に突き立ってしまうのではないかと思ったのだ。しかし、剣先が石畳に当たる直前、ぴたりと剣をにぎる腕が止まった。

 透き通った剣身の先は、わずかにふるえていた。
 それは恐怖からなのか。好奇心からなのか。
 メリーの後ろ姿しか見えないラトスには、読み取れなかった。やがて彼女は、剣を鞘にもどして、静かにふり返った。

 メリーは困った表情をして、苦笑いをしていた。
 失敗して申し訳ない。というだけの表情ではないようだった。何か思うところがあるような、複雑な表情で、苦笑いをしていた。メリーの肩の上に乗っていたペルゥは、彼女の微妙な雰囲気を察したらしい。めずらしく、困った顔をしているように見えた。
 
「ごめんなさい。ご迷惑をおかけしました」

 メリーはそう言って、深く頭を下げた。

「ほとんどペルゥのせいだけどな」
「だよねー」

 小さな舌を出して、ペルゥも頭を下げる仕草をする。

 ラトスは、弱まりはじめた黒い噴煙を見あげた。
 小さく、息を吐く。
 崩壊した場所は、まだ少し黒い塵が舞っていた。だが、石畳だけは完全に消えて無くなっていた。入口にあったはずの泉は、黒い塵に隠れて見えない。見えたとしても、そこまでの道は途切れているだろう。

「まあ。引き返す予定はないからな。このまま行こう」

 取りもどせないことを考えても仕方がない。ラトスは、メリーとセウラザの顔を交互に見て、わざと明るい口調で言った。セウラザは、すぐにうなずいた。しかし、メリーはぎこちなくしていて、ラトスの顔色をうかがうようにチラチラと見てきた。

「これで、絶対に、王女の夢の世界に辿り着かなくてはいけなくなっただろう?」

 ラトスは両手をあげながら、メリーの傍に寄った。
 手を伸ばし、彼女の肩の上に乗っているペルゥをつまみあげる。ペルゥは、ヒーとほそい声を絞りだした。しかし抵抗はせず、大人しくラトスに持ちあげられた。そのままメリーの頭の上まで運ばれると、ポトンと落とされた。

「こいつも手伝うだろうさ。何とか行ってみよう」
「ひー。首痛い。もっと優しく……、あ……。うん。もちろん任せて!」

 ペルゥは、首の後ろを前足でおさえながら顔をゆがませた。本当に痛かったようだ。小さな身体をねじり、メリーの頭の上でうごめく。その動きは、メリーでも鬱陶しいと感じたようだ。頭の上のペルゥを両手でつかむと、胸元にふわりと抱き寄せた。

「頑張ります……!」

 メリーは、ペルゥを抱えたまま力強く言った。
 強く唇をむすんで、ラトスの目をしっかりと見る。その目は、時々彼女が見せる、失敗を塗り替えて取りもどそうと必死になっている目だった。

 こういう人間は、利用しやすい。
 ラトスは、取りもどそうと必死になる彼女を見て、静かに息を吐いた。

 今までは、彼女の感情をそのまま利用していこうと思っていた。どのような感情であれ、強い感情は強い力を発揮する。それを利用するのは、ひどく簡単だ。上手く導けば、たやすく大きな結果をだせる。

 彼女の必死さは、今までどおり誘導していけば、必ずこの後もラトスの役に立つ。

 だが、それで良いのだろうか。

 メリーの、この表情は何度見たか分からない。
 困ったような。気を引き締めたような。複雑な表情だ。
 本当に、今までどおりでいいのか。メリーの顔を見て、ラトスは考えた。

 メリーの目の奥を、じっと見る。
 その中に、後悔が見えた。
 メリーの後悔だけではない。ラトスの後悔も、見えた気がした。それは、自分の夢の世界にあった、巨大な穴の光景だった。

 風鳴のような音がひびきあがってくる、穴の底。
 あそこには、戦場で戦っていたころのラトスの記憶がある。
 ラングシーブになる前の、まだ、傭兵だったころのことだ。

 穴の底にあるということは、閉じ込めておきたいことがあるということに違いない。
 だが、穴の底からひびきあがっていた風鳴のような音は、そうではなかった。
 思い出せ。
 忘れるな。
 そう言って、おそいかかってきているようだった。

 ラトスの個の夢の世界で、武具を探しに行こうとした、あの時。
 巨大な穴からひびきあがってくる風鳴のような音から、ラトスは逃げようとした。
 嫌な気分になって顔をゆがめ、穴から目をそむけた。
 そむけた先に、メリーの後姿が見えた。

 その時、ラトスは思い出した。

 戦場で、土と血で、繋がった仲間のことを。
 その中に、何度も失敗を繰り返して、それでも少しずつ成長していく少年がいたことを。
 目をそむけたい、そう思った。
 そのために、強く認識してしまった。

 あの日の記憶が、鮮明に思い出された。

 そうだ。
 あの少年もまた、今のメリーのようだった。
 失敗しては落ちこみ、また明るく振舞って立ち直る。
 しかし、また失敗をして落ちこむ。
 そのたびに、今度こそ頑張りますと言っていた。

 そうだ。
 他人には、助けきれないこともある。
 最後は、自分の力で頑張るしかないのだ。

 ラトスは、口癖のように「頑張ります」と言う少年を、気に入っていた。

 そうだ。だから、頑張れ。
 足を引っ張らないように。もっと前へ進め。頑張れ。
 俺たちが、都合よく仕事ができるように。頑張れ。そうだ。頑張れ。頑張れ。と。

 巨大な穴の底をのぞいて、メリーの顔を見て、ラトスは、その「毒」のような言葉を思い出した。
 「頑張る」というのは、「出来る」という意味ではない。

「……メリーさん。あんたが出来ることを、やってくれたらいいんだ」
「……出来ること?」
「そうだ。頑張るっていうのは、一人では出来ないもんだ」

 ラトスはそう言って、メリーの赤みがかった黒い髪に手を伸ばした。
 すべらせるようにして、彼女の髪をなでる。そうしながら、あの日の少年の顔を思い出した。決して、良い思い出ではない。取りもどそうと思っても取りもどせない、土と血の思い出だった。

「今は、ペルゥがいる。俺も。セウラザもいる」

 メリーが抱えているペルゥを指差して言うと、ラトスは何だか気持ち悪いことを言っているなと自覚した。
 だが、吐いた言葉はもどらない。傷のある頬を引きつらせて、ラトスは我慢した。

「つまり、なんだ。その、ここにいる全員が出来ることをして、出来たことを認め合わないと、頑張ったという結果にならないだろう……?」

 メリーが強い力を出した。
 それは強すぎる力で、制御できなかっただけだ。
 失敗は、全員でかかえて走って、逃げ切った。結果的に逃げ場は失ったが、メリーが強力な戦力になるということが分かった。偶然の結果だが、それは仲間全員で頑張っている途中結果のひとつだ。

「とりあえず、全員で出来ることをやろう」

 あの時に、そう言えれば良かったのだろうか。
 戦場の血で汚れた少年の顔を思い出し、ラトスは一瞬息苦しくなった。だが、今は言える。利用するとか、役に立つとか。そういうのは、しばらくお預けにすべきだ。

「ラトスって恥ずかしいこと言えるんだね! 見直したよ!」
「おい。白い毛皮の襟巻にしてやろうか」
「ひー!」

 ペルゥがわざとふざけだして、メリーの腕の中で身をよじらせた。

「ラトスさんって、そういうこと言える人でしたっけ」

 暴れるペルゥをしっかりと抱きかかえて、メリーは困った顔をしながらラトスを見た。

「いいや。まあ、少し気持ちを切り替えようと決めただけだ」
「……切り替え、ですか」
「こっちの話だ。気にするな」

 そうだ。ここからは、新しい戦場に足を踏み入れるも同然なのだ。
 どのような経緯であれ、お互いの気持ちがどうであれ、今は仲間なのだ。この三人と一匹で、慣れない戦場に行く。暗い気持ちを抱えた、自分も。失敗と周囲との距離に戸惑って困った顔をする、メリーも。互いに警戒しあう、セウラザとペルゥも。
 ここからはできることを認めあって、出来ないことを抱えあっていかなくてはならない。そうしなければ、きっとこの先の、悪夢の回廊で生きぬくことはできないだろう。

「まだ恥ずかしいこと考えてる?」
「うるさいぞ」

 心を読んだかのように、ペルゥが茶化す。ラトスはその小さな頭を指ではじくと、メリーに困った顔をし返すのだった。
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