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去る日からはじまる

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 様々な地域の街や村が混ざりあった不思議な街をぬけて、三人は城下街の中心にある巨大な穴のところまで来た。

 穴の底からひびきあがってくる風鳴のような音は、少しはなれたところからでも、すでに聞こえてきていた。セウラザはもちろん無表情で、穴に興味すら示していないように歩いていた。メリーは風鳴のような音にまだ慣れないらしい。ひびきあがってくる音が大きくなると、穴の底をのぞくように首を伸ばしていた。

 ラトスは二人の様子を後ろから見て、歩いていた。
 彼の耳には、穴の底からひびきあがってくる音が、もう風のようなものには聞こえなくなっていた。

 ここは、自分の夢の世界なのだ。
 穴の底にあるのは、ラトスの記憶に残っている傭兵のころの戦場に違いなかった。
 目を凝らしてみても穴の底が見えないのは、昔のことを忘れようとしているからだろうか。穴がふさがれておらず、戦場の音だけが聞こえてくるのは、忘れたくても忘れることができないからだろうか。血肉となって自分の身体に染みついていると、暗示しているのだろうか。

 思い出せ。
 忘れるな。

 風鳴のような音が、強くひびきあがってくる。
 穴の底から記憶が這いだして、おそいかかってくるようだとラトスは思った。嫌な気分になりそうな気がして、顔をゆがませる。目をほそめ、穴から目をそむけた。
 そむけた先に、前を歩いているメリーとセウラザの姿があった。二人の姿を見ても、思い出したくもない過去がいくつも鮮明になって、ラトスは顔をさらにゆがめた。

 目をそむけるということは、認識を強めることなのだろうか。
 ラトスは歩調を速めて、二人の後を追った。背中からまた、大きく風鳴のような音がひびきあがった。ラトスは、聞こえていないと念じるようにして、逃げるように穴から距離を取って歩いた。

 巨大な穴の向こう岸にある中央区画は、様々な地域の街や村が混ざった不思議な街に比べると、光は安定しているようだった。暗くなっているところは、高い城壁の影が落ちてきている区域だけだ。
 空は相変わらずよどんでいて渦巻いている。行き交う人々の様子も変わらない。だが、少し汚れたエイスの城下街だと思えば、特に大きな不自然さはなかった。
 実際は不自然に満たされているのかもしれないが、慣れてきて、感覚が麻痺しているところもあるのだろう。巨大な穴を後にしたラトスは、土がかぶった石畳を革靴の底で蹴った。息を吐き、両肩に入っていた力をぬく。

 セウラザとメリーは、すでに大通りに入っていた。行き交う人々をかき分けて、ずいぶん先を歩いている。それを見て、ラトスはまた少し歩調を速め、二人の後を追った。

 大通りを行き交う人々の数は、だいぶ増えていた。

 気を付けて先を見ていないと、人の波に飲まれて、先を行く二人の姿を見失うほどだ。しかし、人は増えていたが、やはり貴族のような者は見当たらなかった。恰幅のいい商人のような者はいるが、ほとんどが一般層以下の人々で占められているようだった。

「遅いですよ、ラトスさん」

 遅れてついてきているラトスにメリーが気付いたのは、だいぶ時間が経ってからだった。

「すまない」
「もうすぐ、武具を売っているお店に着くみたいです」
「こんなところにあるのか?」

 メリーの言葉にラトスは少し驚いて、辺りを見回した。
 そこはまだ大通りで、多くの人が行き交っていた。

 ラトスが知る、現の世界のエイスの大通りには、武具などの物騒なものを取り扱っている店はまずなかった。むしろ、宝飾、衣料、嗜好品などの店が乱立していて、それぞれが客を奪いあうように激戦を繰り広げていた。武具店などが無いこともなかったが、それらは部屋に飾っておくためのものや、宝飾品のように身に着けるものばかりで、実用的なものがならんでいることなどなかった。
 ところが、夢の世界のこの大通りには、肉や魚、穀物や野菜などの食料品をはじめ、生活雑貨や小道具、衣料品の修理屋など、庶民的な店が多く建ちならんでいるようだった。

「エイスとは、ずいぶん違いますね」
「……そうだな」
「あ! セウラザさんが、そこのお店に入っていきました!」

 メリーはあわただしく、歩く先のほうを指差した。
 ラトスは彼女の指の先を見てみると、そこにはもうセウラザの姿はなかった。私たちも行きましょうと、メリーはラトスの服を何度か引っ張ると、跳ねるようにして走りだした。ラトスは気にせず、ゆっくりと彼女の後を追った。メリーはセウラザが入っていったという店の前まで走っていって、こちらにふり返った。ふり返っても近くにラトスがいないことに驚いて、大きく手をふっている。

「ここみたいです」
「ずいぶんまともな店構えだな」
「そうなのですか? 私は武具店など入ったことがなくて」
「……それは、そうだろうな」

 ラトスはメリーの腰に下がっているこまやかな装飾がほどこされた剣を見て、小さく息を吐きながら言った。こういう華やかながらも実用的なものは、特注品なのだろう。王侯貴族なら、普通の武具店に行く必要などない。もしも普通のものが必要になっても、城の中にいくらでも武器や防具の類はあるはずだ。

 ラトスとメリーの目の前にある武具店は、店の名はどこにも掲示されていなかった。ごく普通の武具店のようだ。
 店頭には、さまざまな種類の剣や刀、槍などが飾られていた。それらはすべて、装飾などはほとんどほどこされていなかった。今すぐにでも使えるように、よく手入れされた武器ばかりならんでいる。

「なるほど。これは良い店かもしれないな」
「入りましょう! セウラザさんを待たせていますから」

 メリーは楽しそうに店の外を見回してから、礼儀正しく深々とお辞儀をして入店した。
 セウラザの今までの印象から考えれば、自分たちが何時間も来なかったとしても無表情無感情に待つだろう。そうラトスは思ったが、特に何も言わずに彼もメリーの後を追って店に入った。
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