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扉
個からはじまる
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≪扉≫
≪夢の世界≫は、いくつかの≪フィールド≫で構成されているらしい。
王女救出が最優先と決まってから、セウラザは遠出の準備を進めつつ、淡々と説明をはじめた。突然の難しい説明に、聞く必要があることなのかどうかラトスはたずねたくなった。ほとんどの言葉の意味が分からず、まったく頭に入ってこなかったからだ。
隣に立っているメリーに、代わりに聞いておいてもらおうか。そう思ったが、彼女は目と口を大きく開けて挙動不審になっていた。順応性は高いが、これまでのメリーの様子から考えると、難しい話はどうやら苦手らしい。
やむなくラトスだけが、セウラザの説明を真剣に聞くことになった。
セウラザの説明をざっくりまとめると、≪フィールド≫というのは、土台のようなものらしい。
ここに来る前にいた草原のような場所も、フィールドの一つだという。そこは、≪外殻≫と呼ばれているとセウラザは言った。ラトスが何とかうなずいたのを確認すると、セウラザは指先で宙にいくつも円をえがいてみせた。
「いま私たちがいる≪個の夢の世界≫は、外殻から生まれている」
「生まれている……?」
「そうだ。草原で見ただろう。大きな山のようなものが、空に浮いていたはずだ」
指先で宙にえがいた円を指しながら、セウラザはラトスのほうを見た。いくつもえがいたその円のことを≪個の夢の世界≫と言いたいのだろう。ラトスはセウラザの指先を見ながら少し考えて、小さくうなずいてみせた。
草原を眺めていた時、地面から小さな岩が生まれて、それが空に浮いていくのを見た。
逆に、いびつな形の岩が草原からどんどんはなれて、見えなくなるほど上に飛んでいくのも見た。
≪個の夢の世界≫は、現の世界の人間一人一人が持っていると、少し前にセウラザは言っていた。つまり人間が生まれれば、その人間の≪個の夢の世界≫が草原から生まれる。人間が死ねば、草原に浮いていた≪個の夢の世界≫は、どこかに飛んで消えていくということだろう。
「そして、外殻のどこかに、王女の個の夢の世界もある」
「……なるほど」
「もちろん、王女が生きていればだが」
あり得る一つの可能性を、セウラザは無表情に言った。
メリーは、びくりと身体をゆらした。セウラザのほうを見て、唇を強くむすぶ。目は大きく見開いていて、にらみつけるような形相だった。
「……可能性の話だ。メリーさん」
「分かってますけど!?」
「分かってるなら、いい。すまないな」
ラトスは、メリーに向かって両手をあげてみせると、彼女は唇をとがらせた。
王女のことだと過敏になってしまうのだろうか。メリーはぶつぶつと文句を言いながらにがい顔をした。
「それで? 草原に行って、王女の夢の世界を捜せばいいのか?」
ラトスはメリーをなだめるのをそこそこにして、セウラザに向きなおった。
セウラザは悪いことを言った自覚がないのだろう。メリーの態度を気にすることなく、無表情にラトスの顔を見ている。しばらく間を置くと、頭を横にふった。
「いや。それは不可能だろう」
「無理なのか?」
「数多ある個の夢の世界から、偶然に、王女の夢の世界を引き当てるなど」
「……なるほど。それはそうだな」
人間の数だけ個の夢の世界である巨大な岩山があるのだとしたら、ひとつひとつ調べていって偶然目的の世界を見つけるのに、一体どれだけの時間がかかるだろうか。見つけ出す前に、ラトスもメリーも、そして王女も寿命をむかえるに違いない。
「目的の個の夢の世界に行くためには、別のフィールドに行く必要がある」
そう言うとセウラザは、壁に掛けてあった剣を手に取った。
剣は鞘に入っていたが、剣身は長く、手のひらより剣身の幅が広いものだった。夢の世界にも重量があるのかどうかは分からないが、普通の人間なら片手ではふることもできないような大きな剣だった。
セウラザはその大きな剣を片手で軽々と持つと、背中の剣帯に鞘を差し入れた。剣を背に装備するまでは厳つい甲冑姿が少し浮いているなとラトスは感じていたが、大きな剣を背にしたセウラザの姿はなかなかに様になっていた。
「セウラザ。剣を持つということは、つまり、そういうことか?」
ラトスは、セウラザの背にある大剣を指差しながら言うと、隣にいるメリーをちらりと見た。彼女の顔は固まっていた。先ほどまでにがい顔をしていたはずだったが、また目と口を大きく開けて、セウラザの剣をじっと見ていた。メリーはラトスが自分の顔を見ていることに気付くと、数回またたきして、わずかに顔をひきつらせた。
「えっと、その、別のフィールドっていうのは……危ないところですか?」
「そうだな。安全では、ないな」
「楽は出来ないってことだな」
「そういうことだ」
「え、えー!? ちょっと簡単に言わないでください! ラトスさんも、簡単に同意しないで!」
メリーはあわてて両手を交差しながら言う。
一歩二歩下がって、ラトスとセウラザを力いっぱい指差した。
剣が必要になるうえでの危ないということは、探索の危険ではなく、何かとの戦闘による危険があるということだ。メリーは剣を佩いていたが、今までの様子を見るかぎり、戦うことに慣れているようには見えなかった。
「だが、メリーさんは剣術くらい習っているのだろう?」
ラトスは、メリーの腰に下がっている剣を指差しながら言った。
女性ではあるが、メリーは自称王女の従者で、剣を佩いているのだ。厳格な王侯貴族の社会で、女性が意味なく剣を佩くことなどあるはずがない。
「剣術は、もちろんですよ」
腰に下がっているこまやかな装飾がほどこされた剣に手を当てながら、メリーは唾を飲みこんで応えた。
「なら、平気だろう」
「……ラトスさん。分かっていませんね」
「なにがだ?」
「夢の世界ですよ。ここ」
メリーは両手を広げて、左右に頭をふりながら言った。
その顔は怒っているような、こわがっているような、何とも言えない表情だった。
「それで?」
「夢の世界で、戦うって、つまりそういうことなんですよ!」
呆れた表情で見てくるラトスに、メリーは苛立ちがおさえられない。彼女は大きな声をあげて、腕をふったりラトスを指差したりした。しかしラトスが、だから何だと言い返してきたので、彼女はいよいよ怒鳴り声に近い大声で叫びはじめた。どうしてわからないの。いつもはくるくる頭が回るのに。こういう微妙な時だけ。馬鹿ですかと、さんざん言ってから、ラトスとセウラザを交互に指差した。
「夢の世界で戦うなんて、怪物とか! 幽霊とか! そういう、その、悪夢みたいな! そういうものですよね!?」
叫ぶメリーの顔は、引きつっていた。
言い切った後、彼女は、疲れと恐怖が混ざったような表情になっていた。ラトスはメリーの顔を見ながら、しばらく考えた。つまり幽霊みたいなのが苦手なのかと問うと、メリーは間を置いて、深くうなずいた。
「……ということらしいが?」
ラトスは、セウラザに顔だけふり向けて言う。
セウラザはメリーを見ながら腕を組み、何度もうなずいた。
「メリー。君の言葉は正しい」
「……え!?」
「君は、悪夢と言った。その通りだ。これから行く場所は」
そこまで言ってセウラザは、メリーの前まで歩み寄った。
無表情のままメリーの両肩に手を置き、彼女の顔をのぞくように見る。
「これから行く場所は、≪悪夢の回廊≫だ」
近距離からのセウラザの言葉に、メリーは唇を強くむすんだ。
そして、泣いてるのか怒っているのか分からない声を絞りだして、その場でうずくまるのだった。
≪夢の世界≫は、いくつかの≪フィールド≫で構成されているらしい。
王女救出が最優先と決まってから、セウラザは遠出の準備を進めつつ、淡々と説明をはじめた。突然の難しい説明に、聞く必要があることなのかどうかラトスはたずねたくなった。ほとんどの言葉の意味が分からず、まったく頭に入ってこなかったからだ。
隣に立っているメリーに、代わりに聞いておいてもらおうか。そう思ったが、彼女は目と口を大きく開けて挙動不審になっていた。順応性は高いが、これまでのメリーの様子から考えると、難しい話はどうやら苦手らしい。
やむなくラトスだけが、セウラザの説明を真剣に聞くことになった。
セウラザの説明をざっくりまとめると、≪フィールド≫というのは、土台のようなものらしい。
ここに来る前にいた草原のような場所も、フィールドの一つだという。そこは、≪外殻≫と呼ばれているとセウラザは言った。ラトスが何とかうなずいたのを確認すると、セウラザは指先で宙にいくつも円をえがいてみせた。
「いま私たちがいる≪個の夢の世界≫は、外殻から生まれている」
「生まれている……?」
「そうだ。草原で見ただろう。大きな山のようなものが、空に浮いていたはずだ」
指先で宙にえがいた円を指しながら、セウラザはラトスのほうを見た。いくつもえがいたその円のことを≪個の夢の世界≫と言いたいのだろう。ラトスはセウラザの指先を見ながら少し考えて、小さくうなずいてみせた。
草原を眺めていた時、地面から小さな岩が生まれて、それが空に浮いていくのを見た。
逆に、いびつな形の岩が草原からどんどんはなれて、見えなくなるほど上に飛んでいくのも見た。
≪個の夢の世界≫は、現の世界の人間一人一人が持っていると、少し前にセウラザは言っていた。つまり人間が生まれれば、その人間の≪個の夢の世界≫が草原から生まれる。人間が死ねば、草原に浮いていた≪個の夢の世界≫は、どこかに飛んで消えていくということだろう。
「そして、外殻のどこかに、王女の個の夢の世界もある」
「……なるほど」
「もちろん、王女が生きていればだが」
あり得る一つの可能性を、セウラザは無表情に言った。
メリーは、びくりと身体をゆらした。セウラザのほうを見て、唇を強くむすぶ。目は大きく見開いていて、にらみつけるような形相だった。
「……可能性の話だ。メリーさん」
「分かってますけど!?」
「分かってるなら、いい。すまないな」
ラトスは、メリーに向かって両手をあげてみせると、彼女は唇をとがらせた。
王女のことだと過敏になってしまうのだろうか。メリーはぶつぶつと文句を言いながらにがい顔をした。
「それで? 草原に行って、王女の夢の世界を捜せばいいのか?」
ラトスはメリーをなだめるのをそこそこにして、セウラザに向きなおった。
セウラザは悪いことを言った自覚がないのだろう。メリーの態度を気にすることなく、無表情にラトスの顔を見ている。しばらく間を置くと、頭を横にふった。
「いや。それは不可能だろう」
「無理なのか?」
「数多ある個の夢の世界から、偶然に、王女の夢の世界を引き当てるなど」
「……なるほど。それはそうだな」
人間の数だけ個の夢の世界である巨大な岩山があるのだとしたら、ひとつひとつ調べていって偶然目的の世界を見つけるのに、一体どれだけの時間がかかるだろうか。見つけ出す前に、ラトスもメリーも、そして王女も寿命をむかえるに違いない。
「目的の個の夢の世界に行くためには、別のフィールドに行く必要がある」
そう言うとセウラザは、壁に掛けてあった剣を手に取った。
剣は鞘に入っていたが、剣身は長く、手のひらより剣身の幅が広いものだった。夢の世界にも重量があるのかどうかは分からないが、普通の人間なら片手ではふることもできないような大きな剣だった。
セウラザはその大きな剣を片手で軽々と持つと、背中の剣帯に鞘を差し入れた。剣を背に装備するまでは厳つい甲冑姿が少し浮いているなとラトスは感じていたが、大きな剣を背にしたセウラザの姿はなかなかに様になっていた。
「セウラザ。剣を持つということは、つまり、そういうことか?」
ラトスは、セウラザの背にある大剣を指差しながら言うと、隣にいるメリーをちらりと見た。彼女の顔は固まっていた。先ほどまでにがい顔をしていたはずだったが、また目と口を大きく開けて、セウラザの剣をじっと見ていた。メリーはラトスが自分の顔を見ていることに気付くと、数回またたきして、わずかに顔をひきつらせた。
「えっと、その、別のフィールドっていうのは……危ないところですか?」
「そうだな。安全では、ないな」
「楽は出来ないってことだな」
「そういうことだ」
「え、えー!? ちょっと簡単に言わないでください! ラトスさんも、簡単に同意しないで!」
メリーはあわてて両手を交差しながら言う。
一歩二歩下がって、ラトスとセウラザを力いっぱい指差した。
剣が必要になるうえでの危ないということは、探索の危険ではなく、何かとの戦闘による危険があるということだ。メリーは剣を佩いていたが、今までの様子を見るかぎり、戦うことに慣れているようには見えなかった。
「だが、メリーさんは剣術くらい習っているのだろう?」
ラトスは、メリーの腰に下がっている剣を指差しながら言った。
女性ではあるが、メリーは自称王女の従者で、剣を佩いているのだ。厳格な王侯貴族の社会で、女性が意味なく剣を佩くことなどあるはずがない。
「剣術は、もちろんですよ」
腰に下がっているこまやかな装飾がほどこされた剣に手を当てながら、メリーは唾を飲みこんで応えた。
「なら、平気だろう」
「……ラトスさん。分かっていませんね」
「なにがだ?」
「夢の世界ですよ。ここ」
メリーは両手を広げて、左右に頭をふりながら言った。
その顔は怒っているような、こわがっているような、何とも言えない表情だった。
「それで?」
「夢の世界で、戦うって、つまりそういうことなんですよ!」
呆れた表情で見てくるラトスに、メリーは苛立ちがおさえられない。彼女は大きな声をあげて、腕をふったりラトスを指差したりした。しかしラトスが、だから何だと言い返してきたので、彼女はいよいよ怒鳴り声に近い大声で叫びはじめた。どうしてわからないの。いつもはくるくる頭が回るのに。こういう微妙な時だけ。馬鹿ですかと、さんざん言ってから、ラトスとセウラザを交互に指差した。
「夢の世界で戦うなんて、怪物とか! 幽霊とか! そういう、その、悪夢みたいな! そういうものですよね!?」
叫ぶメリーの顔は、引きつっていた。
言い切った後、彼女は、疲れと恐怖が混ざったような表情になっていた。ラトスはメリーの顔を見ながら、しばらく考えた。つまり幽霊みたいなのが苦手なのかと問うと、メリーは間を置いて、深くうなずいた。
「……ということらしいが?」
ラトスは、セウラザに顔だけふり向けて言う。
セウラザはメリーを見ながら腕を組み、何度もうなずいた。
「メリー。君の言葉は正しい」
「……え!?」
「君は、悪夢と言った。その通りだ。これから行く場所は」
そこまで言ってセウラザは、メリーの前まで歩み寄った。
無表情のままメリーの両肩に手を置き、彼女の顔をのぞくように見る。
「これから行く場所は、≪悪夢の回廊≫だ」
近距離からのセウラザの言葉に、メリーは唇を強くむすんだ。
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