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第一章 内務長官編
第9話 クヌーデル城攻防戦
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「閣下、国王ティアネス率いる援軍がハルバード城郊外に到着した模様です。その数、およそ15万とのこと!」
「問題ない。貴公はソレル大将にこれを急ぎ届けよ。僕の策が書いてある」
閣下と呼ばれる人物は、部下に封筒を渡す。
「3方軍はどういたしましょう」
「予定通り出陣させよ」
「承知っ!」
ーーーーー
クヌーデル城に着いた俺たちは守将ナシュレイの案内で城を見て回った。山城ということもあり、眼下には草原が広がっている。俺は山城と聞いて木々が生い茂っている様子を思い浮かべていた。ところが、実際は程よく伐採されており、森林とは異なる様相を呈していた。それもそのはずで伐採しないと視界の確保に支障をきたすのである。視界を確保できれば、高地の利を活かして敵を容易に見つけることが可能となる。
「総大将、聞けば知略のみならず武勇にも優れておいでだとか」
ナシュレイが場を持たせるためか質問を投げかけてきた。ん?その情報は初耳だ。誰から聞いたんだ・・・って思い当たるやつは一人しかいないか。隣を歩くナルディアの腕を掴む。
「ん?なんじゃジークよ」
じーっと俺はナルディアを見つめる。
「むぅ、そ、そんなに見つめられると、は、恥ずかしいではないか」
恥ずかしくなったのかナルディアが目を逸らす。どうやら盛大に勘違いしているようだ。俺はそのタイミングを逃さずナルディアに手をのばす。
「ん、なんじゃ?・・・あだっ」
俺はナルディアにデコピンを食らわせた。
「な、なにをするのじゃ」
涙目になったナルディアを俺はにらみつける。勝手に話したことを悪いと察したのかナルディアはしょぼくれている。俺はひとまずナシュレイに買い被りですよと誤魔化しておいた。
城をざっと見て回ったあと、俺はハンゾウとテリーヌに斥候をお願いした。斥候の対象は、クヌーデル城に最も近いアインタール城である。謎に包まれていたテリーヌだったが諜報が専門らしい。これを機にテリーヌから諜報のいろはを学んでほしいものだ。斥候に行かせると聞いて、ナシュレイが助力を申し出た。
「総大将、斥候を行かれるのであれば、それがしの斥候部隊もお連れください。 きっとお役に立つと思います」
「おお、それはありがたい。喜んでお借りしよう」
俺はナシュレイの好意をありがたく受け取る。ダルニアと同じくらいの年齢と思われるナシュレイ将軍は、謹厳実直かつ勇猛果敢な男としてそれなりに有名らしい。斥候はこれで問題ないだろう。あとは敵の動き次第である。
翌日、斥候部隊のうちの一人が帰ってきた。
「申し上げます。アインタール城に兵が多く参集しているとのことです」
この報告に俺とナルディア、ナシュレイの目が合う。
――ここを攻めてくるとみて間違いない。
「わかった。急いできたのだろう。ゆっくり休むといい」
俺は斥候に労いの言葉をかける。
「さてジーク、やつらは間違いなく攻めてくるぞ」
「それがしも姫様と同意見にございます」
ナルディアとナシュレイが俺の判断を仰ぐ。気づいたら俺は不敵な笑みを浮かべていた。
「おぬし・・・なんじゃその笑みは・・・。ぞくっとしたわ」
おっと、どうやら俺の無意識な感情が顔に出ていたようだ。俺の力を見せつけたい。そんな気持ちがどっかにあったのだろう。ナシュレイに敵将のことを聞いてみる。
「ナシュレイ、敵将に心当たりはあるか?」
「はっ、アインタール城主ガルヴィンが出てくると見て間違いないかと」
「ほう、その者の特徴は?」
「それがしの知る限り、武勇に秀でた男です」
「ということは力で攻めてくるタイプか」
「左様に」
どうやら敵将は猪武者のようだ。頭を使わない敵ほど怖いものはない。
採るべき策は決まった。ナルディアとナシュレイにはあらかじめ俺の策を話しておくことにした。
「まずはナルディア、お前に出撃してもらおうと思う」
「城に来る前に叩いてしまおうというわけか?」
俺は首を振って否定する。
「敵の兵数が少なければそれもいいが、俺たちより多いとみて間違いないだろう」
「ふむ・・・ではどうするのじゃ?」
「ここから離れたところに待機してもらいたい。それまでは高みの見物とでも思ってくれ」
「おぬしのことだ。何か考えがあってのことだろう。余はどのくらい連れていけば良いのじゃ?」
「8千だ。キキョウも連れてってもらえるか」
「なっ、8千じゃと・・・承知した。ふむ、キキョウに戦いを教えろということじゃな?」
8千という数字に少し驚きの声をあげていたが、無理もない。この城にある兵力の実に半分近くを外に出すのだから。俺はナルディアの目を見て頷く。そういうことだ。
「総大将、それがしはどうすれば」
ナシュレイが俺の指示を仰ぐ。
「ああ、ナシュレイにはちゃんと後で見せ場がある。安心してほしい」
ナシュレイは安堵したように引き下がる。ひとまず大まかな戦術は決定した。
ーーーーー
その日の夜、クヌーデル城にハンゾウが戻ってきた。
「ジーク様、敵がアインタール城を出ました。その数、およそ5万」
5万と聞いてもナルディアとナシュレイは全く動揺する様子がない。まったく・・・頼もしいやつらだ。
「わかった。ハンゾウも初めての偵察で疲れただろう。休むといい」
ハンゾウは頭を下げると部屋を出ていった。さて、次にやることといえば・・・軍議だな。
――この城にいる全将軍は参上せよ。
まもなく全員が揃った。
「集まってもらってすまない。敵に動きがあったから今後の方針を話しておきたいと思う」
諸将は固唾を呑んで俺の言葉を待つ。俺はナシュレイに目を向ける。ナシュレイは心得たとばかりに説明を始めた。
「先ほどアインタール城を5万の兵が出立したと報告があった。明後日にはここへ到達すると思われる」
一部の将が動揺した様子であった。
「皆の者、聞いての通りだ。それでは作戦を述べる。まずはナルディア!」
「うむっ」
「明日兵8千を引き連れ、約30キロ離れたところで待機」
「承知」
ナルディア率いる一軍には2つの選択肢がある。どっちを採るかは後で決めるとしよう。
「ナシュレイ!」
「はっ」
「兵2千でいつでも出撃できるようにしておけ。 それと、このことをへルブラントにいるデルフィエに報告しておいてくれ。増援は必要ないと付け足しておいて」
「かしこまりました」
「残りの諸将は各自守りについてくれ。必要があれば追って指示する。皆の者、よろしく頼む」
「「「おー!」」」
俺は矢継ぎ早に指示を出す。各将が早々に持ち場に戻っていった。いよいよ俺が異世界に来て初めての戦いが始まろうとしていた。もちろん転生前も戦いに行ったことはないけど。
ーーーーー
翌日、俺はナルディアたちを見送りに来ている。装備に身を包んだナルディアとキキョウはすっかり大将の気風を兼ね備えている。
「今回の戦いは、ナルディア、お前にかかってる。頼んだぞ」
「うむっ余に任せよ」
ナルディアが頼もしい返事を返してくれる。
「見てみてジークさまー!」
戦いの前だというのにキキョウはいつもの様子だ。
「えへへ、師匠から槍をもらったんだ~いいでしょ」
へえ、ナルディアが槍をねえ・・・。と思って見てみると、キキョウの手にはナルディアが愛用していた槍があった。それを見てナルディアに目を向けると・・・その手には朱槍があった。武器庫から持ってきたのはそのためだったのか。少しは見直した。
「悪いなナルディア」
「なんの、この程度かまわぬ。余ほどの使い手であれば愛用の槍でなくとも問題ないのじゃ」
そういうとくふっと笑顔を浮かべる。
「そういえばジークよ、待機した後はどうすればいいんじゃ?」
「ああ、それはだな・・・」
ナルディアに近づいてコソコソと耳打ちをする。
「うむっうむっ、さすがは余が見込んだだけ男じゃ。万事余に任せよ。では、行くとしようかの」
「ジークさまっ!行ってくるね」
「ああ、二人とも気をつけてな」
「では参るっ!皆の者、出陣じゃ!」
「「「おーーーーーー!」」」
キキョウが振り返って手を振っている。俺は遠足かなんかと思ってそうだなと苦笑しながら手を振り返した。これで策の下準備は終わった。
夜になると偵察に出ていたテリーヌが帰ってきた。敵軍は順調にクヌーデルを目指しているそうだ。明日の午前にはここへ到達するらしい。テリーヌを労い明日の指示を出す。俺はテリーヌが帰るのを見届けると、ゆっくり休むことにした。
ーーーーー
辺りが薄っすらと明るくなり始めたような時間に目が覚めた。あまりにも強大な敵意を察知したからだ。どうやら強い敵意が集まっていると察知することができるらしい。外に出てみたが、辺りが暗くてよく見えない。さらに少し明るくなると、ゆっくりと眼下の草原へ向かって近づいてくる兵士たちがいた。
敵意察知能力はどうやら勇者の特性のようだ。この時は冷静に頭が回っていなかったが、よくよく考えると俺に奇襲を仕掛けようとしてもバレるのである。そういう意味ではチート以外の何物でもない能力だ。
目覚めてしまったものは仕方ない。ゆっくりと準備することにした。しばらくすると、兵士が駆け込んでくる。
「総大将」
「ああ、起きている」
「はっ、ただいまサミュエル軍が到着しました」
「わかった。すぐ行く」
もう俺は知ってるんだけどね・・・。準備をすでに終えていた俺はすぐにナシュレイたちのところへ向かった。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
ナシュレイが俺の姿を認めると声をかける。
「報告通り5万といったところか?」
「左様に」
「よし、2千の兵は?」
「抜かりありません」
2千の兵はすでに出撃できる体制にあるようだ。それを確認できた俺はナシュレイに耳打ちをする。俺が話すにつれ、ナシュレイは驚きの顔に変わっていた。
「恐れ入りました。総大将が味方であることを喜ばしく思います。 城の守りはお任せください」
ちゃんと俺の考えたことが伝わったようで何よりだ。
「敵もまだまだ攻めてくる気配がないし、朝ごはんにしようか」
こうして俺たちは朝ごはんを食べることにした。食べ終わって外を見てみると、ゆっくりと陣が作られていた。さて、攻めるならこのタイミングである。俺はナシュレイに命じて準備させた2千の兵を引き連れて出撃することにした。城の守りはナシュレイに任せてある。
「いざ出陣!」
「「「おーーーっ!」」」
城門をくぐり、山を下っていく。敵は陣営の準備中だったが、草原を走る俺たちの姿を見て部隊が出てきた。
敵と味方が相対するとお互いに鬨の声をあげる。
「「「うおーーーーーーー!」」」
敵軍から馬に乗った武人が前に出てきた。たぶん俺も出るのが作法というものだろう・・・。そう考えて俺も前に出る。
「我こそはサミュエル帝国中将ガルヴィンである!敵将、名を名乗れ!」
中将・・・?なぜこの時代に将官がいるんだ?あまりにも時代錯誤な状況に思わず目が点になる。そして・・・サミュエル連邦が現代の人間によって作られたと確信した。
「俺の名はジーク!ここの指揮官だ!」
ガルヴィンが侮った目線を送ってくる。
「おいおい、聞いたか。シャルナークはこんな若造を指揮官にしないといけないんだとよ」
ガルヴィンの言葉にサミュエル軍がどっと笑いに包まれる。人が多いだけあって凄いボリュームだ。もし俺がプライドの塊だったら、間違いなくキレている自信がある。それくらい屈辱的な光景だ。こういう敵はおちょくっておくに限る。
「ふははははは、若輩と侮るような凡愚に率いられた軍は哀れだな。その首を置いて早くアインタールへ戻るといい」
演技じみた高笑いをして挑発する。案の定、敵はこのやろうとばかりに強い敵意を向けてくる。
「大佐!こんな若造は俺にお任せよ」
「おう、見事打ち倒してこい」
挑発に乗ってきたのはガルヴィンではなくその配下だ。まあいい、ここは一つ実力を示しておくとしよう。
「我らを舐めるなよ若造がぁぁー」
馬に跨った敵が槍を構えて突撃してくる。敵が面白いようにフラグを立ててくる。俺の間近に迫ると敵は槍を繰り出してくる。
「遅いっ」
ナルディアの槍と比べたら、比べるのが申し訳ないくらい遅い。俺は槍の穂先を弾き、一刀のもとに斬り捨てる。目の前で血しぶきが勢いよくあがる。うわ、人を斬るってこういう感触なのか・・・。生ぬるい血にこの感触はなかなか忘れられそうにない。
「「「おーーーーーー!」」」
俺の勝利に自軍の士気が否応なく上がった。
「おのれーっ!」
さらにまた一人突っ込んでくる。俺は敵の繰り出す槍をすっと避けて柄を掴む。敵が驚いた顔をしている。ぐっと力を込めてこちらに引き寄せる。敵はうわっと声をあげこっちに飛んでくる。その瞬間、敵の首は胴と離れ、勢いよく血が吹き上がる。
「「「おおおおおおおー!」」」
味方の士気はあがり、敵はまじかよとばかりに萎えている。さっきまでの威勢はどこかへ消えてしまったようだ。
「ええい、もうよい!ワシが出る!」
「「「おーーーー!」」」
敵の萎えかけていた士気が若干回復する。いよいよガルヴィンの登場だ。さて、盛大に負けてやるとしよう。
「ようやくのお出ましか。雑魚相手で退屈だったわ」
さらに挑発する俺(演技)。
「おのれ、猪口才な。格が違うことを見せてやろう」
そういいながら槍を突き出してくる。確かにさっきより強い・・・が、俺の敵ではない。
「くっ・・・な、なんて速さだ(棒読み)。つ、強い・・・(棒読み)」
俺は5合ほど打ち合った。
「さっきまでの威勢はどうした若造よ!それっそれっ」
ガルヴィンが激しく槍を突き出してくる。
「こ、これは敵わん(棒読み)。退却だっ!」
俺は反転すると真っ先に城へ向かって駆け出す。自軍の兵たちも我先にと逃げ始める。中には武器を投げ出すものまで出てきた。
「見たか!やはり敵は臆病者だ!追撃じゃ!」
ガルヴィンの号令で敵軍が一気に襲い掛かってくる。
「うわっ、ぐわっ、ぎゃー」
味方の兵士がバタバタと倒れていく。先頭を逃げる俺はその様子に目もくれない。
(お前らの命は無駄にしない。これも勝利のためだ。すまない)
心を鬼にして俺は駆ける。こうして俺がクヌーデル城に戻った時には2千いた兵のうち、傷を負っていないのはわずか5百であった。損耗率75%。完敗である。
総大将の敗北で味方の士気もすっかり萎えてしまっている。城壁にのぼって眼下を見下ろすと、草原の一部が味方の血で染まっていた。その光景に、気づけば俺は手を強く握りしめていた。これが戦争なのだと。
敵軍はそれ以上攻めてくることなく、陣営の準備をおこなっていた。午後は双方ともに膠着状態であった。
すっかり陽が落ちた。敵は夕食の準備をしている一方で、クヌーデル城は慌ただしくなる。
「総大将」
ナシュレイがやってくる。
「ああ、ナシュレイか。準備はどうだ」
「はっ、もう間もなく完了いたします」
「よし、予定通り敵が寝静まった頃を見計らって仕掛ける。 ナシュレイ任せたぞ」
「はっ、お任せください」
午前中の敗北は、この時のための下準備だ。敵は俺のことを臆病者と大いに見下していることだろう。
(戦場に侮りは必要ない。その侮り、倍にして返してやる)
俺はそう強く想いながら眼下の敵陣を見つめていた。
ーーーーー
敵はすっかり寝静まったようだ。かがり火が目に見えて少なくなる。
「ナシュレイに今だと伝えろ」
「はっ」
近くにいた伝令に伝言を託す。まもなくクヌーデル城の城門が開かれ、ナシュレイ率いる5百の兵が消えていった。
俺は城壁から敵陣の様子を伺っている。ナシュレイはかがり火を消して動いていることから、どこにいるかは目視できない。ひたすらに明かりの見える敵陣を目指していることだろう。
しばらくすると敵陣の一角に火がついた。時間が経過するにつれ、至るところから火の手があがる。これにはハンゾウとテリーヌの働きも大きい。ナシュレイ率いる一軍は陣の外から火矢を射かけ、陣の奥ではハンゾウたちが食料やテントに火をつける。
「裏切りだーー裏切りだぞーー」
ハンゾウの声が敵陣に響く。敵襲で混乱し始めた陣内に火と裏切り者、すっかり敵陣は大混乱である。
敵陣が乱れている様子を確認した俺は、最後の総仕上げをおこなう。剣を空に向かってかかげる。それから間もなくどこからともな程よく強い風が敵陣に吹き始めた。そう、俺が魔法の力で風を起こしたのである。
「どうやらうまくいったようだ」
俺は胸をなでおろす。火を煽る程度の風を敵陣付近に吹かせることができた。我ながら自画自賛したくなる精度だ。俺の吹かせた風はしばらくすると消えてしまうが、短い時間でいいのである。風の発生を見送ると身体が異様に重くなった。デルフィエの言う通り、魔法の発動は身体に相当な負担がかかるようだ。
「すまないが、俺は先に寝所へ戻る。あとは戻ってきたナシュレイに聞いてくれ」
そう言い残して、布団にくるまった。そして、疲労のせいですぐに眠りへ落ちてしまった。
俺が寝所に戻っている頃、敵陣に火をかけて回っていたナシュレイは驚きを隠せずにいた。
「総大将は神かなにかか・・・」
思わず心の声が漏れた。
(策を聞いた時も驚いたが、いざ実際に目の前で起こると・・・末恐ろしい)
「よし、あらかた火をつけ終わったな。すぐに離脱せよ」
ジーク様は言われた通りに行動する。だが、内心は腑に落ちない。本来なら攻めるべきなのである。敵は大混乱でこちらを迎撃する余裕なんかないのだから。
「いいか、火をつけ終わったら、すぐに戻ってこい。 これは厳命だ」
ジークが厳しい目でそう言っていた。この総大将のことだ・・・きっと何かあるのだろう。そう思って無理やり納得することにした。
ジークの深謀に気づくのはそれからまもなくであった。
その一方、敵陣に潜入していたハンゾウとテリーヌは、混乱に乗じて敵の馬を奪って逃げる。
「上手くいきましたね」
ハンゾウがテリーヌに話しかける。
「まったくです。あのサミュエル軍がここまでひ弱だとは思いませんでした」
昨日、テリーヌがジークのもとへ報告に訪れると新たな指示を受けたのである。ハンゾウと共に敵陣に潜入し、火をつけてかく乱してほしいと。
ナシュレイたちがクヌーデル城を出る直前の敵が寝静まった頃、テリーヌとハンゾウは潜入を試みた。敵の警戒はそれほど強くなく容易に潜入することができた。それからのことは今までに起きた通りである。
ハンゾウたちがクヌーデル城の中腹に差し掛かる頃、敵陣で大きな異変が起こった。燃え広がっていた火が風に煽られて竜巻のように渦巻いていた。敵陣の中心に火をまとった巨大な竜巻が出現する。そう、災害において最も犠牲者を生み出すであろう火炎旋風を人為的に起こしたのである。
城に戻ったナシュレイは、その様子を茫然と見ていた。城兵たちも同様である。あまりの光景に天を仰ぐものまで出てきた。敵軍の兵士たちは火に巻かれる者、風に喉を焼かれて絶命する者、実に多くの犠牲者が出た。
俺は城兵たちの声で目が覚めた。この様子を見る限り上手くいったのだろう。あとはナルディアが無事に成し遂げてくれることを祈るのみだ。
ーーーーーー
「師匠!来てきてっ!あそこ見てっ!」
1日を過ごすために設置したテントにキキョウが入ってくる。
「なんじゃ、騒々しい」
そういいながらキキョウに連れられてナルディアがテントの外に出る。
「なんと・・・」
あまりの光景にそれ以上の言葉が出てこなかった。
「師匠、これってジーク様がしたんだよね?」
「う、うむ。まさか本当にやってのけるとは」
「さっすがジーク様!」
キキョウは相変わらずの調子である。我に返ったナルディアは慌ただしくテントへ戻っていった。
「キキョウ、急ぎ出るぞ」
「え、え、いまっ!?」
「そうじゃ!」
こうしてジタバタと慌てて準備を整えると、ナルディアはすぐさま出立した。
翌日の昼、ナルディア率いる8千はアインタール城にいた。というのも城兵が抵抗することもなくあっけなく降伏したからだ。昨日の夜に見た火炎旋風があまりにも強烈だったのだろう。すっかり戦意を喪失していた兵は、ナルディアの言うガルヴィン以下全滅という報を鵜吞みにしていた。また、城兵が極めて少数だったことも要因の一つである。
ーーーーー
次の日、俺は心地いい目覚めの朝を迎えていた。騒ぎに目を覚ましたと思ったらすぐ眠ってしまったようだ。
寝所を出て城壁に向かうとナシュレイがいた。どうやら寝ずに見ていたようである。ナシュレイは俺に気づくと頭を下げる。目に畏怖の色が宿っているのは一目瞭然だった。
「総大将、おはようございます」
「おはよう。敵の様子はどうだ」
「はっ、敵陣の左方から発生した業火が敵陣を燃やし尽くしたようです。 逃れることのできた兵は・・・おそらく1万もいないかと」
確かに敵陣の多くが黒くなっていた。4万の兵が業火に巻き込まれたのだろう。火炎旋風の恐ろしいところは、火がなくても空気を吸うだけで死に至るとこにある。周囲の空気は高温となり、喉がその温度に耐えられないのである。
「生き残った兵はどうした?」
「夜が明ける前に撤退した模様です」
アインタール城にナルディアがいると知ったら、敵の心は相当折られることだろう。戦いに来ている以上、殺すか殺されるかの世界だ。そう思っていても敵への同情を感じずにはいられなかった。
勝利を分かち合っていた俺らにデルフィエからの使者が来た。デルフィエからの手紙に、俺の戦勝気分は冷水をかけられたように一気に冷めるのであった。その内容は以下の通りである。
「ジーク様、火急の事態が発生いたしましたのでご報告申し上げます。サミュエル軍がクヌーデル城のほかにアンドラス城、シアーズ城へ攻め寄せてきているとのことです。小生はいずれかの城を諦めるべきと判断しております。我が軍はどのように動くべきかご決断ください」
青天の霹靂とはまさにこのことである。まさか、ティアネスのいるハルバード城を含め4方向同時に攻めてくるとは思わなかったのである。この局面、どう打開するべきか。考えろ、考えるんだ・・・。考えること数分、俺の中で結論が出た。
「ナシュレイ」
「はっ、ここに」
「兵3千を連れてアインタールへ向かってくれ」
「は・・・?え、あの、ガルヴィンのいるアインタールですか?」
ナシュレイが言っている意味がわからないとばかりに反応する。
「俺の予想通りなら、今頃ナルディアがアインタールを手に入れていることだろう。ナシュレイはその兵を引き連れてナルディアと守備を交代してほしい」
「なるほど、そういうことでしたか。かしこまりました」
「それと、ナルディアにあったら、ここへ向かうように伝えておいてほしい」
「はっ、必ずやお伝えいたします」
よろしく頼むとばかりに俺はナシュレイの肩を叩く。
「あ、そうそう、もし敵が攻めてきたら遠慮なくここに逃げろ。無理は絶対にするな。これは約束だ」
「はっ、肝に銘じます」
俺はクヌーデル城とアインタール城の仕置きを済ませるとデルフィエへの返事をしたためることにした。その内容はいたって簡潔である。シアーズは俺がなんとかするから、アンドラスへ向かってほしい。それだけである。次に、ハルバード城のティアネスへ援軍要請をおこなった。アンドラス城への援軍を具申するのである。ティアネスとデルフィエの援軍があれば、アンドラス城は間違いなく守り抜くことができると判断した。
問題はシアーズ城である。敵の総数がわからない以上、うかつなことはできない。ひとまず俺は、クヌーデル城に2千の兵を残すことにした。ナシュレイの3千を差し引いて、残る兵は5千5百である。俺は5千5百の兵を引き連れ、ナルディアとの合流場所へと向かった。
「問題ない。貴公はソレル大将にこれを急ぎ届けよ。僕の策が書いてある」
閣下と呼ばれる人物は、部下に封筒を渡す。
「3方軍はどういたしましょう」
「予定通り出陣させよ」
「承知っ!」
ーーーーー
クヌーデル城に着いた俺たちは守将ナシュレイの案内で城を見て回った。山城ということもあり、眼下には草原が広がっている。俺は山城と聞いて木々が生い茂っている様子を思い浮かべていた。ところが、実際は程よく伐採されており、森林とは異なる様相を呈していた。それもそのはずで伐採しないと視界の確保に支障をきたすのである。視界を確保できれば、高地の利を活かして敵を容易に見つけることが可能となる。
「総大将、聞けば知略のみならず武勇にも優れておいでだとか」
ナシュレイが場を持たせるためか質問を投げかけてきた。ん?その情報は初耳だ。誰から聞いたんだ・・・って思い当たるやつは一人しかいないか。隣を歩くナルディアの腕を掴む。
「ん?なんじゃジークよ」
じーっと俺はナルディアを見つめる。
「むぅ、そ、そんなに見つめられると、は、恥ずかしいではないか」
恥ずかしくなったのかナルディアが目を逸らす。どうやら盛大に勘違いしているようだ。俺はそのタイミングを逃さずナルディアに手をのばす。
「ん、なんじゃ?・・・あだっ」
俺はナルディアにデコピンを食らわせた。
「な、なにをするのじゃ」
涙目になったナルディアを俺はにらみつける。勝手に話したことを悪いと察したのかナルディアはしょぼくれている。俺はひとまずナシュレイに買い被りですよと誤魔化しておいた。
城をざっと見て回ったあと、俺はハンゾウとテリーヌに斥候をお願いした。斥候の対象は、クヌーデル城に最も近いアインタール城である。謎に包まれていたテリーヌだったが諜報が専門らしい。これを機にテリーヌから諜報のいろはを学んでほしいものだ。斥候に行かせると聞いて、ナシュレイが助力を申し出た。
「総大将、斥候を行かれるのであれば、それがしの斥候部隊もお連れください。 きっとお役に立つと思います」
「おお、それはありがたい。喜んでお借りしよう」
俺はナシュレイの好意をありがたく受け取る。ダルニアと同じくらいの年齢と思われるナシュレイ将軍は、謹厳実直かつ勇猛果敢な男としてそれなりに有名らしい。斥候はこれで問題ないだろう。あとは敵の動き次第である。
翌日、斥候部隊のうちの一人が帰ってきた。
「申し上げます。アインタール城に兵が多く参集しているとのことです」
この報告に俺とナルディア、ナシュレイの目が合う。
――ここを攻めてくるとみて間違いない。
「わかった。急いできたのだろう。ゆっくり休むといい」
俺は斥候に労いの言葉をかける。
「さてジーク、やつらは間違いなく攻めてくるぞ」
「それがしも姫様と同意見にございます」
ナルディアとナシュレイが俺の判断を仰ぐ。気づいたら俺は不敵な笑みを浮かべていた。
「おぬし・・・なんじゃその笑みは・・・。ぞくっとしたわ」
おっと、どうやら俺の無意識な感情が顔に出ていたようだ。俺の力を見せつけたい。そんな気持ちがどっかにあったのだろう。ナシュレイに敵将のことを聞いてみる。
「ナシュレイ、敵将に心当たりはあるか?」
「はっ、アインタール城主ガルヴィンが出てくると見て間違いないかと」
「ほう、その者の特徴は?」
「それがしの知る限り、武勇に秀でた男です」
「ということは力で攻めてくるタイプか」
「左様に」
どうやら敵将は猪武者のようだ。頭を使わない敵ほど怖いものはない。
採るべき策は決まった。ナルディアとナシュレイにはあらかじめ俺の策を話しておくことにした。
「まずはナルディア、お前に出撃してもらおうと思う」
「城に来る前に叩いてしまおうというわけか?」
俺は首を振って否定する。
「敵の兵数が少なければそれもいいが、俺たちより多いとみて間違いないだろう」
「ふむ・・・ではどうするのじゃ?」
「ここから離れたところに待機してもらいたい。それまでは高みの見物とでも思ってくれ」
「おぬしのことだ。何か考えがあってのことだろう。余はどのくらい連れていけば良いのじゃ?」
「8千だ。キキョウも連れてってもらえるか」
「なっ、8千じゃと・・・承知した。ふむ、キキョウに戦いを教えろということじゃな?」
8千という数字に少し驚きの声をあげていたが、無理もない。この城にある兵力の実に半分近くを外に出すのだから。俺はナルディアの目を見て頷く。そういうことだ。
「総大将、それがしはどうすれば」
ナシュレイが俺の指示を仰ぐ。
「ああ、ナシュレイにはちゃんと後で見せ場がある。安心してほしい」
ナシュレイは安堵したように引き下がる。ひとまず大まかな戦術は決定した。
ーーーーー
その日の夜、クヌーデル城にハンゾウが戻ってきた。
「ジーク様、敵がアインタール城を出ました。その数、およそ5万」
5万と聞いてもナルディアとナシュレイは全く動揺する様子がない。まったく・・・頼もしいやつらだ。
「わかった。ハンゾウも初めての偵察で疲れただろう。休むといい」
ハンゾウは頭を下げると部屋を出ていった。さて、次にやることといえば・・・軍議だな。
――この城にいる全将軍は参上せよ。
まもなく全員が揃った。
「集まってもらってすまない。敵に動きがあったから今後の方針を話しておきたいと思う」
諸将は固唾を呑んで俺の言葉を待つ。俺はナシュレイに目を向ける。ナシュレイは心得たとばかりに説明を始めた。
「先ほどアインタール城を5万の兵が出立したと報告があった。明後日にはここへ到達すると思われる」
一部の将が動揺した様子であった。
「皆の者、聞いての通りだ。それでは作戦を述べる。まずはナルディア!」
「うむっ」
「明日兵8千を引き連れ、約30キロ離れたところで待機」
「承知」
ナルディア率いる一軍には2つの選択肢がある。どっちを採るかは後で決めるとしよう。
「ナシュレイ!」
「はっ」
「兵2千でいつでも出撃できるようにしておけ。 それと、このことをへルブラントにいるデルフィエに報告しておいてくれ。増援は必要ないと付け足しておいて」
「かしこまりました」
「残りの諸将は各自守りについてくれ。必要があれば追って指示する。皆の者、よろしく頼む」
「「「おー!」」」
俺は矢継ぎ早に指示を出す。各将が早々に持ち場に戻っていった。いよいよ俺が異世界に来て初めての戦いが始まろうとしていた。もちろん転生前も戦いに行ったことはないけど。
ーーーーー
翌日、俺はナルディアたちを見送りに来ている。装備に身を包んだナルディアとキキョウはすっかり大将の気風を兼ね備えている。
「今回の戦いは、ナルディア、お前にかかってる。頼んだぞ」
「うむっ余に任せよ」
ナルディアが頼もしい返事を返してくれる。
「見てみてジークさまー!」
戦いの前だというのにキキョウはいつもの様子だ。
「えへへ、師匠から槍をもらったんだ~いいでしょ」
へえ、ナルディアが槍をねえ・・・。と思って見てみると、キキョウの手にはナルディアが愛用していた槍があった。それを見てナルディアに目を向けると・・・その手には朱槍があった。武器庫から持ってきたのはそのためだったのか。少しは見直した。
「悪いなナルディア」
「なんの、この程度かまわぬ。余ほどの使い手であれば愛用の槍でなくとも問題ないのじゃ」
そういうとくふっと笑顔を浮かべる。
「そういえばジークよ、待機した後はどうすればいいんじゃ?」
「ああ、それはだな・・・」
ナルディアに近づいてコソコソと耳打ちをする。
「うむっうむっ、さすがは余が見込んだだけ男じゃ。万事余に任せよ。では、行くとしようかの」
「ジークさまっ!行ってくるね」
「ああ、二人とも気をつけてな」
「では参るっ!皆の者、出陣じゃ!」
「「「おーーーーーー!」」」
キキョウが振り返って手を振っている。俺は遠足かなんかと思ってそうだなと苦笑しながら手を振り返した。これで策の下準備は終わった。
夜になると偵察に出ていたテリーヌが帰ってきた。敵軍は順調にクヌーデルを目指しているそうだ。明日の午前にはここへ到達するらしい。テリーヌを労い明日の指示を出す。俺はテリーヌが帰るのを見届けると、ゆっくり休むことにした。
ーーーーー
辺りが薄っすらと明るくなり始めたような時間に目が覚めた。あまりにも強大な敵意を察知したからだ。どうやら強い敵意が集まっていると察知することができるらしい。外に出てみたが、辺りが暗くてよく見えない。さらに少し明るくなると、ゆっくりと眼下の草原へ向かって近づいてくる兵士たちがいた。
敵意察知能力はどうやら勇者の特性のようだ。この時は冷静に頭が回っていなかったが、よくよく考えると俺に奇襲を仕掛けようとしてもバレるのである。そういう意味ではチート以外の何物でもない能力だ。
目覚めてしまったものは仕方ない。ゆっくりと準備することにした。しばらくすると、兵士が駆け込んでくる。
「総大将」
「ああ、起きている」
「はっ、ただいまサミュエル軍が到着しました」
「わかった。すぐ行く」
もう俺は知ってるんだけどね・・・。準備をすでに終えていた俺はすぐにナシュレイたちのところへ向かった。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
ナシュレイが俺の姿を認めると声をかける。
「報告通り5万といったところか?」
「左様に」
「よし、2千の兵は?」
「抜かりありません」
2千の兵はすでに出撃できる体制にあるようだ。それを確認できた俺はナシュレイに耳打ちをする。俺が話すにつれ、ナシュレイは驚きの顔に変わっていた。
「恐れ入りました。総大将が味方であることを喜ばしく思います。 城の守りはお任せください」
ちゃんと俺の考えたことが伝わったようで何よりだ。
「敵もまだまだ攻めてくる気配がないし、朝ごはんにしようか」
こうして俺たちは朝ごはんを食べることにした。食べ終わって外を見てみると、ゆっくりと陣が作られていた。さて、攻めるならこのタイミングである。俺はナシュレイに命じて準備させた2千の兵を引き連れて出撃することにした。城の守りはナシュレイに任せてある。
「いざ出陣!」
「「「おーーーっ!」」」
城門をくぐり、山を下っていく。敵は陣営の準備中だったが、草原を走る俺たちの姿を見て部隊が出てきた。
敵と味方が相対するとお互いに鬨の声をあげる。
「「「うおーーーーーーー!」」」
敵軍から馬に乗った武人が前に出てきた。たぶん俺も出るのが作法というものだろう・・・。そう考えて俺も前に出る。
「我こそはサミュエル帝国中将ガルヴィンである!敵将、名を名乗れ!」
中将・・・?なぜこの時代に将官がいるんだ?あまりにも時代錯誤な状況に思わず目が点になる。そして・・・サミュエル連邦が現代の人間によって作られたと確信した。
「俺の名はジーク!ここの指揮官だ!」
ガルヴィンが侮った目線を送ってくる。
「おいおい、聞いたか。シャルナークはこんな若造を指揮官にしないといけないんだとよ」
ガルヴィンの言葉にサミュエル軍がどっと笑いに包まれる。人が多いだけあって凄いボリュームだ。もし俺がプライドの塊だったら、間違いなくキレている自信がある。それくらい屈辱的な光景だ。こういう敵はおちょくっておくに限る。
「ふははははは、若輩と侮るような凡愚に率いられた軍は哀れだな。その首を置いて早くアインタールへ戻るといい」
演技じみた高笑いをして挑発する。案の定、敵はこのやろうとばかりに強い敵意を向けてくる。
「大佐!こんな若造は俺にお任せよ」
「おう、見事打ち倒してこい」
挑発に乗ってきたのはガルヴィンではなくその配下だ。まあいい、ここは一つ実力を示しておくとしよう。
「我らを舐めるなよ若造がぁぁー」
馬に跨った敵が槍を構えて突撃してくる。敵が面白いようにフラグを立ててくる。俺の間近に迫ると敵は槍を繰り出してくる。
「遅いっ」
ナルディアの槍と比べたら、比べるのが申し訳ないくらい遅い。俺は槍の穂先を弾き、一刀のもとに斬り捨てる。目の前で血しぶきが勢いよくあがる。うわ、人を斬るってこういう感触なのか・・・。生ぬるい血にこの感触はなかなか忘れられそうにない。
「「「おーーーーーー!」」」
俺の勝利に自軍の士気が否応なく上がった。
「おのれーっ!」
さらにまた一人突っ込んでくる。俺は敵の繰り出す槍をすっと避けて柄を掴む。敵が驚いた顔をしている。ぐっと力を込めてこちらに引き寄せる。敵はうわっと声をあげこっちに飛んでくる。その瞬間、敵の首は胴と離れ、勢いよく血が吹き上がる。
「「「おおおおおおおー!」」」
味方の士気はあがり、敵はまじかよとばかりに萎えている。さっきまでの威勢はどこかへ消えてしまったようだ。
「ええい、もうよい!ワシが出る!」
「「「おーーーー!」」」
敵の萎えかけていた士気が若干回復する。いよいよガルヴィンの登場だ。さて、盛大に負けてやるとしよう。
「ようやくのお出ましか。雑魚相手で退屈だったわ」
さらに挑発する俺(演技)。
「おのれ、猪口才な。格が違うことを見せてやろう」
そういいながら槍を突き出してくる。確かにさっきより強い・・・が、俺の敵ではない。
「くっ・・・な、なんて速さだ(棒読み)。つ、強い・・・(棒読み)」
俺は5合ほど打ち合った。
「さっきまでの威勢はどうした若造よ!それっそれっ」
ガルヴィンが激しく槍を突き出してくる。
「こ、これは敵わん(棒読み)。退却だっ!」
俺は反転すると真っ先に城へ向かって駆け出す。自軍の兵たちも我先にと逃げ始める。中には武器を投げ出すものまで出てきた。
「見たか!やはり敵は臆病者だ!追撃じゃ!」
ガルヴィンの号令で敵軍が一気に襲い掛かってくる。
「うわっ、ぐわっ、ぎゃー」
味方の兵士がバタバタと倒れていく。先頭を逃げる俺はその様子に目もくれない。
(お前らの命は無駄にしない。これも勝利のためだ。すまない)
心を鬼にして俺は駆ける。こうして俺がクヌーデル城に戻った時には2千いた兵のうち、傷を負っていないのはわずか5百であった。損耗率75%。完敗である。
総大将の敗北で味方の士気もすっかり萎えてしまっている。城壁にのぼって眼下を見下ろすと、草原の一部が味方の血で染まっていた。その光景に、気づけば俺は手を強く握りしめていた。これが戦争なのだと。
敵軍はそれ以上攻めてくることなく、陣営の準備をおこなっていた。午後は双方ともに膠着状態であった。
すっかり陽が落ちた。敵は夕食の準備をしている一方で、クヌーデル城は慌ただしくなる。
「総大将」
ナシュレイがやってくる。
「ああ、ナシュレイか。準備はどうだ」
「はっ、もう間もなく完了いたします」
「よし、予定通り敵が寝静まった頃を見計らって仕掛ける。 ナシュレイ任せたぞ」
「はっ、お任せください」
午前中の敗北は、この時のための下準備だ。敵は俺のことを臆病者と大いに見下していることだろう。
(戦場に侮りは必要ない。その侮り、倍にして返してやる)
俺はそう強く想いながら眼下の敵陣を見つめていた。
ーーーーー
敵はすっかり寝静まったようだ。かがり火が目に見えて少なくなる。
「ナシュレイに今だと伝えろ」
「はっ」
近くにいた伝令に伝言を託す。まもなくクヌーデル城の城門が開かれ、ナシュレイ率いる5百の兵が消えていった。
俺は城壁から敵陣の様子を伺っている。ナシュレイはかがり火を消して動いていることから、どこにいるかは目視できない。ひたすらに明かりの見える敵陣を目指していることだろう。
しばらくすると敵陣の一角に火がついた。時間が経過するにつれ、至るところから火の手があがる。これにはハンゾウとテリーヌの働きも大きい。ナシュレイ率いる一軍は陣の外から火矢を射かけ、陣の奥ではハンゾウたちが食料やテントに火をつける。
「裏切りだーー裏切りだぞーー」
ハンゾウの声が敵陣に響く。敵襲で混乱し始めた陣内に火と裏切り者、すっかり敵陣は大混乱である。
敵陣が乱れている様子を確認した俺は、最後の総仕上げをおこなう。剣を空に向かってかかげる。それから間もなくどこからともな程よく強い風が敵陣に吹き始めた。そう、俺が魔法の力で風を起こしたのである。
「どうやらうまくいったようだ」
俺は胸をなでおろす。火を煽る程度の風を敵陣付近に吹かせることができた。我ながら自画自賛したくなる精度だ。俺の吹かせた風はしばらくすると消えてしまうが、短い時間でいいのである。風の発生を見送ると身体が異様に重くなった。デルフィエの言う通り、魔法の発動は身体に相当な負担がかかるようだ。
「すまないが、俺は先に寝所へ戻る。あとは戻ってきたナシュレイに聞いてくれ」
そう言い残して、布団にくるまった。そして、疲労のせいですぐに眠りへ落ちてしまった。
俺が寝所に戻っている頃、敵陣に火をかけて回っていたナシュレイは驚きを隠せずにいた。
「総大将は神かなにかか・・・」
思わず心の声が漏れた。
(策を聞いた時も驚いたが、いざ実際に目の前で起こると・・・末恐ろしい)
「よし、あらかた火をつけ終わったな。すぐに離脱せよ」
ジーク様は言われた通りに行動する。だが、内心は腑に落ちない。本来なら攻めるべきなのである。敵は大混乱でこちらを迎撃する余裕なんかないのだから。
「いいか、火をつけ終わったら、すぐに戻ってこい。 これは厳命だ」
ジークが厳しい目でそう言っていた。この総大将のことだ・・・きっと何かあるのだろう。そう思って無理やり納得することにした。
ジークの深謀に気づくのはそれからまもなくであった。
その一方、敵陣に潜入していたハンゾウとテリーヌは、混乱に乗じて敵の馬を奪って逃げる。
「上手くいきましたね」
ハンゾウがテリーヌに話しかける。
「まったくです。あのサミュエル軍がここまでひ弱だとは思いませんでした」
昨日、テリーヌがジークのもとへ報告に訪れると新たな指示を受けたのである。ハンゾウと共に敵陣に潜入し、火をつけてかく乱してほしいと。
ナシュレイたちがクヌーデル城を出る直前の敵が寝静まった頃、テリーヌとハンゾウは潜入を試みた。敵の警戒はそれほど強くなく容易に潜入することができた。それからのことは今までに起きた通りである。
ハンゾウたちがクヌーデル城の中腹に差し掛かる頃、敵陣で大きな異変が起こった。燃え広がっていた火が風に煽られて竜巻のように渦巻いていた。敵陣の中心に火をまとった巨大な竜巻が出現する。そう、災害において最も犠牲者を生み出すであろう火炎旋風を人為的に起こしたのである。
城に戻ったナシュレイは、その様子を茫然と見ていた。城兵たちも同様である。あまりの光景に天を仰ぐものまで出てきた。敵軍の兵士たちは火に巻かれる者、風に喉を焼かれて絶命する者、実に多くの犠牲者が出た。
俺は城兵たちの声で目が覚めた。この様子を見る限り上手くいったのだろう。あとはナルディアが無事に成し遂げてくれることを祈るのみだ。
ーーーーーー
「師匠!来てきてっ!あそこ見てっ!」
1日を過ごすために設置したテントにキキョウが入ってくる。
「なんじゃ、騒々しい」
そういいながらキキョウに連れられてナルディアがテントの外に出る。
「なんと・・・」
あまりの光景にそれ以上の言葉が出てこなかった。
「師匠、これってジーク様がしたんだよね?」
「う、うむ。まさか本当にやってのけるとは」
「さっすがジーク様!」
キキョウは相変わらずの調子である。我に返ったナルディアは慌ただしくテントへ戻っていった。
「キキョウ、急ぎ出るぞ」
「え、え、いまっ!?」
「そうじゃ!」
こうしてジタバタと慌てて準備を整えると、ナルディアはすぐさま出立した。
翌日の昼、ナルディア率いる8千はアインタール城にいた。というのも城兵が抵抗することもなくあっけなく降伏したからだ。昨日の夜に見た火炎旋風があまりにも強烈だったのだろう。すっかり戦意を喪失していた兵は、ナルディアの言うガルヴィン以下全滅という報を鵜吞みにしていた。また、城兵が極めて少数だったことも要因の一つである。
ーーーーー
次の日、俺は心地いい目覚めの朝を迎えていた。騒ぎに目を覚ましたと思ったらすぐ眠ってしまったようだ。
寝所を出て城壁に向かうとナシュレイがいた。どうやら寝ずに見ていたようである。ナシュレイは俺に気づくと頭を下げる。目に畏怖の色が宿っているのは一目瞭然だった。
「総大将、おはようございます」
「おはよう。敵の様子はどうだ」
「はっ、敵陣の左方から発生した業火が敵陣を燃やし尽くしたようです。 逃れることのできた兵は・・・おそらく1万もいないかと」
確かに敵陣の多くが黒くなっていた。4万の兵が業火に巻き込まれたのだろう。火炎旋風の恐ろしいところは、火がなくても空気を吸うだけで死に至るとこにある。周囲の空気は高温となり、喉がその温度に耐えられないのである。
「生き残った兵はどうした?」
「夜が明ける前に撤退した模様です」
アインタール城にナルディアがいると知ったら、敵の心は相当折られることだろう。戦いに来ている以上、殺すか殺されるかの世界だ。そう思っていても敵への同情を感じずにはいられなかった。
勝利を分かち合っていた俺らにデルフィエからの使者が来た。デルフィエからの手紙に、俺の戦勝気分は冷水をかけられたように一気に冷めるのであった。その内容は以下の通りである。
「ジーク様、火急の事態が発生いたしましたのでご報告申し上げます。サミュエル軍がクヌーデル城のほかにアンドラス城、シアーズ城へ攻め寄せてきているとのことです。小生はいずれかの城を諦めるべきと判断しております。我が軍はどのように動くべきかご決断ください」
青天の霹靂とはまさにこのことである。まさか、ティアネスのいるハルバード城を含め4方向同時に攻めてくるとは思わなかったのである。この局面、どう打開するべきか。考えろ、考えるんだ・・・。考えること数分、俺の中で結論が出た。
「ナシュレイ」
「はっ、ここに」
「兵3千を連れてアインタールへ向かってくれ」
「は・・・?え、あの、ガルヴィンのいるアインタールですか?」
ナシュレイが言っている意味がわからないとばかりに反応する。
「俺の予想通りなら、今頃ナルディアがアインタールを手に入れていることだろう。ナシュレイはその兵を引き連れてナルディアと守備を交代してほしい」
「なるほど、そういうことでしたか。かしこまりました」
「それと、ナルディアにあったら、ここへ向かうように伝えておいてほしい」
「はっ、必ずやお伝えいたします」
よろしく頼むとばかりに俺はナシュレイの肩を叩く。
「あ、そうそう、もし敵が攻めてきたら遠慮なくここに逃げろ。無理は絶対にするな。これは約束だ」
「はっ、肝に銘じます」
俺はクヌーデル城とアインタール城の仕置きを済ませるとデルフィエへの返事をしたためることにした。その内容はいたって簡潔である。シアーズは俺がなんとかするから、アンドラスへ向かってほしい。それだけである。次に、ハルバード城のティアネスへ援軍要請をおこなった。アンドラス城への援軍を具申するのである。ティアネスとデルフィエの援軍があれば、アンドラス城は間違いなく守り抜くことができると判断した。
問題はシアーズ城である。敵の総数がわからない以上、うかつなことはできない。ひとまず俺は、クヌーデル城に2千の兵を残すことにした。ナシュレイの3千を差し引いて、残る兵は5千5百である。俺は5千5百の兵を引き連れ、ナルディアとの合流場所へと向かった。
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