執事で魔王様

もいもい

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エドワードの姿が見えなくなると、
アリスは安堵の表情を浮かべて、ベルーゼの陰から出た。


「大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫ですわ。変わった方、ですわね。」

「そうですね。すっかりお嬢様の虜になっておられました。」

アリスはムスッとして口をへの字に曲げる。

「初対面の相手に浮ついたことを言われても、全く嬉しくないですの。」

「おや、手厳しいですね。」

「当たり前ですわ。きっと世界中の街で同じことを言っていますわよ。」

これまでにもアリスに言い寄ってきた者は数知れず居たが、
側にいるベルーゼの圧倒的に整った容姿に委縮したり、
怖気づいてしまうも者が大半だった。
中には違う扉が開いてベルーゼに熱を上げる者まで出てくる始末だ。
ベルーゼは無自覚にアリスの防波堤となっている。

そんな中で近くにいるベルーゼには目も向けず、
アリスにまっすぐアプローチした勇者は珍しい分類に入るだろう。

「お嬢様は誰よりも魅力的ですからね。きっと特別ですよ。」

「・・・ベルーゼにとっても?」

「もちろん、私のいっとう大切なお嬢様ですよ。」


アリスはとても満足したように満面の笑みを浮かべると、
ベルーゼに向き合った。

「ベルーゼ、あのね。今日、ミュージカルが終わった後に大切な話があるんですの。」

「大切な話、ですか?」

「そうですの。」

「どんな内容ですか?」

「あの、その、その時になったら言いますわ。」

「なんだか気になりますね。」


アリスはだんだんと顔が赤くなり、慌てた様子で話を逸らす。

「そ、そろそろミュージカルの開場時間になるんですの。
行きましょう、ベルーゼ!」

「承知いたしました。」

大切な話が気になるベルーゼだったが、
アリスに急かされミュージカルの方面に向かった。

会場に向かって歩いていると、色とりどりで華やかに飾られた会場が見えた。
大勢の人が入口に向かって歩いている。

「入口はあそこですわね!えーっと、チケットは、・・・あれ?」

「お嬢様?」

アリスの顔がサーっと青ざめ、泣きそうになりながらベルーゼを見る。


「ベルーゼ・・・。ごめんなさい。チケット、お家に忘れてしまいましたわ。」

アリスは焦りの色を浮かべ、だんだんとその目に涙が溜まる。

「どこに忘れたのですか?」

「玄関のところ・・・。」

ベルーゼは急いで使役しているカラスを玄関に向かわせると、
カラスの瞳が映す映像を脳内に浮かべ、チケットを見つけた。
カラスに小さな転移魔法を作らせ、自身の手がチケットに届く距離に繋げる。
そして周りに気付かれないよう腕を伸ばしてチケットを取ると、
急いで転移魔法を解除した。
転移魔法はそう簡単に使えるものでは無く、あまり人に見られたくない。
息を吸って吐くように使いこなすのはベルーゼだから出来る芸当だ。


「お嬢様、こちらでしょうか?」

ベルーゼは屋敷から取ったチケットをアリスに見せる。
アリスは表情が明るくなり、安心した様子ででベルーゼを見た。

「それですわ!持って来てくれていたのね、ありがとうですの~!」

「やっぱりお疲れではないですか?」

「大丈夫!ちょっと考え事をしていて、ボーッとしちゃったんですの。
危うくミュージカルが見れないところでしたわ。」

「ご無理なさらないでくださいね。」

「ありがとう。」

無事にチケットを受付に見せ会場に入り席に着くと、
しばらくしてミュージカルが始まった。

演目は身分の違う2人が恋をして、困難を乗り越えて結ばれる話だ。


(―身分の違う2人、か。身分ならまだマシじゃ無いか。
種族が違うより。って、一体何を考えているんだ俺は。)

ベルーゼは開演中にチラリとアリスを見た。
アリスは目を輝かせ夢中になってミュージカルを見ている。
愛らしい姿に思わずニヤけてしまい、ハッとしてすぐ表情を戻した。


ミュージカルが終わると、溢れんばかりの拍手が会場で起こった。
幕が降りるとアリスが満足した表情でベルーゼを見る。


「とっても素晴らしかったですわ~!!」

「さすが世界を回って公演をしているだけあって、迫力が違いますね。」

「ヒロインの長年の恋が叶ったシーンは泣いてしまったんですの。」

「ソロパートで美しい歌声でしたもんね。」



感想を言い合いながら会場から出ると、空はすっかりオレンジ色に染まっていた。
賑やかだった街は落ち着いた雰囲気に変わっている。

「すっかり夕暮れね。あのベンチに、一緒に座って欲しいんですの。」

「承知いたしました。」

アリスが指したのは海を見ながら座ることの出来る、ゆったりしたベンチだ。
ベルーゼはアリスが座る場所にハンカチを広げ、エスコートする。
水平線に太陽が反射して海がキラキラと光っている。


「今日もありがとうですの。」

「いいえ、こちらこそありがとうございます。素敵な贈り物でした。」

「いつものお礼ですわ。ベルーゼが居てくれて、本当に助かっているんですの。」

「グレイス家の皆様には返しても返し切れないご恩があります。
滅相もないことでございます。」

アリスとベルーゼは夕日に染まったお互いの顔を見てはにかんだ。
波の音が心地よく、ゆったりとした時間が流れる。


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