執事で魔王様

もいもい

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「おはよう、アリー。今日も素敵だね。」
「うふふっ、おはようございます、お父様。」


アランとアリスが身支度を整えてリビングに来たので、
ベルーゼはガレットを焼き上げて朝食を仕上げた。


「お待たせいたしました。本日の朝食は、スモークサーモンとアボカドとほうれん草のガレットと、
 旦那様には野菜スムージー、お嬢様にはチョコレートバナナスムージーです。」


スモークサーモンは前日から丁寧に骨と皮を取り除いて塩漬けにしておき、
今朝方にハーブをまぶしてチップで燻製させた自家製だ。
魚も野菜も果物も、すべて領地で獲れた新鮮なものである。


「さあ、朝食をいただこうか。ベルも席に座って、一緒に食べよう。」

「旦那様。私は使用人」「ベルーゼ、一緒に食べましょうねぇ。」「承知しました。」


手際よく準備をすると、ベルーゼは席に着いた。
毎朝同じようなやり取りがあり、結局は3人で食事をすることがお決まりになっている。


「「「いただきます」」」


主人と執事が同じテーブルを囲んで食べるなど、考えられないことだ。
しかし、アランもアリスもベルーゼのことを家族のように大切に想っている。

マナーや教養はもちろん身につけているが、それは時と場合によって使い分ける。
『美味しい食事は、みんなで楽しく食べるともっと美味しい』が重要なこと。

そしてベルーゼはというと、アリスのお願いにはめっぽう弱く、大概聞いてしまうのだ。


「とっても美味しいですわ!サーモンの塩味がとてもいい塩梅で、香りもいいですの。
 もしベルーゼがレストランを開いたらお客さんがたくさん来るわねぇ~。」

「確かにこのスモークサーモンは絶品だ。すべてうちの領土で獲れただけあって、とても新鮮だし。
 レストラン、出資しようか??朝からこんなに美味しいものを食べられるって、本当に幸せだね。」

「お褒めの言葉をいただき、ありがたき幸せでございます。」


ベルーゼは本来、効率よく物事を進めることは得意だが、手の掛かることは苦手である。
容易く魔法で作れ、効率よく栄養補給が出来るエナジーバーのようなものを好む。

それでも手を掛け心を込めて料理をするのは、執事という業務だからではなく、
2人が美味しそうに幸せそうに食べてくれることが溜まらなく嬉しいからだ。



「「「ごちそうさまでした」」」


大切な家族のコミュニケーションの時間はあっという間に過ぎていった。



ベルーゼが片付けをしようと席を立とうとした時、アランが呼び止めた。


「そういえば、急で申し訳ないんだけれど、ちょっと2人にお願いがあるんだ。
 魔王を倒す勇者一行がこの街に来ると、急遽連絡があってね。
 今日の夕刻に海岸レストランに来て欲しいんだ。
 なんでもうちの特産品『改良魔力回復草』が大量に必要らしくて。
 急ではあるものの、『初めまして』のご挨拶に少しだけ顔を出さなければいけなくてね。」


『勇者』と聞いた一瞬、ベルーゼは眉をひそめた。


「そうですのね。本日の夕刻はベルーゼと一緒に街に行く予定がありましたの。
 そのついでに海岸レストランに行きますわ。」

「ついでかあ。年頃の女の子は勇者と聞くと大なり小なり浮足立つものだと
 思っていたのだけれど、アリーは興味ないのかい?」

「興味・・・ありませんわねぇ。
 国民のために魔王を倒すと言いながら、勇者は魔王がいかに危険で不安を煽るような話ばかり。
 実際に街に被害が出ている魔物は放置で、討伐も被害も、対処はすべて街の運営に任せきり。
 あげく自分たちが困ったら街を訪ねて歓迎会だなんて、そんな都合がいい話。
 好きになれませんわぁ。まあ、指示をしている王族にも問題があるのでしょうけれど。」


アリスはいつもの調子のおっとりした口調ではあるものの、静かな怒りを含んでいた。


「確かに僕も、思うところはあるよ。魔王と言えば確かに畏怖の対象だ。
 ここ10年ほど問題となっている異常気候や天災や不作は魔王の仕業とされている。
 けれど、目的が見えなすぎるんだ。侵略が目的なら規模が小さ過ぎるし、
 理由なく人間を甚振りたいだとしてもお粗末すぎる。
 魔王が人間を襲うように魔物を狂暴化させていると王族は言っているけれど、
 魔物は人間界で生まれるものだからね。むしろ魔物を操りやすいのは僕ら人間のほうだ。
 魔界ではゲートを通らなければ入手出来ないし干渉も難しい。」


「やはりお父様もわたくしと同じお考えですのね。
 わたくしたちの世界と魔族のいる魔界は別の次元にあって、
 世界に1つしかないゲートを通って繋がることは出来ますけれども、
 簡単なことではないですわ。」

 
 「相当な魔力を消費するからね。わざわざ人間界の魔物を操って??育てて??
 人間を襲うように狂暴化させるって、可能性はとても低いように思う。
 今の王族が、魔界の実情を把握できていないんじゃないかって思うんだ。
 ・・・こんな話、万が一聞かれていたら不敬罪だね。面倒だからやめておこうか。」


2人の会話に不穏な空気が流れた。


ふとアリスが、先程から何も発言もなく静かに聞いていたベルーゼに目を向けると、
頬を染めて、グッと唇をかみしめて、にやけてしまうのを抑えるような顔をしていた。
ベルーゼはいつも胡散臭いような爽やかな笑顔をしているが、
知り合って10年ほどになるので、表情に出さなくてもなんとなく気持ちを読み取ることは出来る。
しかし、この表情は誰から見ても分かるくらいとても嬉しそうだった。


「ベルーゼ、どうしたのですか?」

「あっ・・・!!・・・いえ。申し訳ございません。
 お2人から初めてそのようなことを伺ったので、驚いてしまって。
 冷静で聡明な分析に、とても感銘を受けておりました。」


「まあ、こんな内容は普段から話すようなことじゃないからね。
 面倒だし。不敬罪で付きまとわれでもして、痛くもない腹を探られるのは。」


「不敬罪で追放とでもなったら、国のほうがダメージを受けそうですね。
 食料や薬品、魔物討伐などの損害が酷すぎて。国が傾いてしまうのではないでしょうか。」


「そうねえ。お父様ほどではありませんが、わたくしも緑の愛し子。
 大地を育てるお父様を見て育ったんですもの。どこでも生きていけますわぁ。
 それに植物学者として薬草の改良や植物の研究で他国から勧誘もありますし。」


「そうだねえ。他国で土地を購入して大地を育てるもよし、
 領民で希望者を集って、移牧民として生活するのもいいかもね。
 とにかく平和に暮らしていくのが一番だ。こういった話は、人前では止めておこう。」


「お2人ほど優秀な方を手放さないし、敵には回さないでしょうね・・・。
 この国の王族は。」



(――この方たちは、本当に素晴らしい。どれ程までに優秀なのか。
 ここまで話の分かる『人間』が、こんなに近くにいたなんて。)


ベルーゼは高揚する気持ちを抑えて、いつもの笑顔を取り繕った。




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