Passing 〜僕達の「好き」〜

*花*

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①やってくる、体育祭〈白宵 時雨〉

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五月十日――

ついに私は、景瑠高校初の行事を迎えた。……というよりは、「近づいてきた」の方が正しいけど。それに、あくまで自分の中でだけど。その名も、

体・育・祭。

いやぁ、これはマジで無理。運動音痴の私にとっては本当に苦しいし、辛い。

小中高の行事を通して、いっちばん嫌いな行事だった。そもそも、運動自体が嫌いだ。授業の体育も嫌い。

「はぁ……ほんと、体育祭」

「「やりたくねぇ……」」

「……ちょ、昊明……!」
「ふふん」

誰かが私の真似をしてきた。私はムッとなって、横を向いた。真似をした犯人はだいたい検討がついていた。というか、確信している。隣の席で、昊明が悪戯っぽく笑っていた。結局、前まで仮決めだったこの隅っこの席が、決定してしまった。
今はちょうど昼休みの時間だった。この時間帯は、教室の隅っこで、一人ゆるゆるとひなたぼっこをして過ごすのが一番好きなんだけど……今となっては、できなくなっていた。
隣に厄介者がいるから。そして、昊明と隣だって決まった時から、親しさが増してしまったから。当然、会話の量も増えてしまう。自分の時間は全部、昊明に持っていかれがちだ。……でも、嬉しいんだか、面倒くさいんだか、自分でもよく分からなかった。

私はわざとらしく、はぁと大きくため息をついた。昊明はそんなのお構い無しに、私に尋ねてくる。

「……あ、そう言えば今日の六時間目で何組か決まるんだっけ?」
「確かそうだったと思う」
「そっかー……俺今年何組になるんだろ。前は赤だったんだよなぁ……」
「へぇ、そうなんだ」
「あぁ。まあ、それも先生だけで決めるわけじゃないんだよね」
「え、じゃあ誰が決めてるの?」
「体育祭実行委員会」

と、言ったと同時に、ガラガラッと、勢いよく後ろの方のドアが開く音が聞こえた。なぜか、妙に教室中がざわついていた。さっきは耳で感知していたが、今度は顔ごとドアの方へ向けた。……みんながざわついている理由が、すぐに分かった。

「楓……羽……!?」
「やっほー♪時雨ちゃん♪」

私は目をこすって、瞬きをしてみせる。やはり、幻覚ではなかった。そこには、前回同様、黄色の猫耳のついたパーカーを着ている楓羽が立っていた。しかも、顔に満面の笑みを浮かべ、ひらひらと余裕そうに手を振っていた。私の名前を挙げられたせいで、教室中のざわめきが小さな波紋から、徐々に大きくなっていった。

「え、あいつ時雨のこと知ってんの……?」
「あの楓羽ってやつ、全然学校来てないやつだよな」
「急に来るとか怖いんだけどー……」

と、ひそひそと話し始めた。私は動揺したまま、楓羽を見ては、昊明を見て、教室全体を見ては、時計を見てとキョロキョロと目を動かしていた。すると、楓羽はみんなのこそこそ話に耳を傾けようともせず、私の焦っている態度も気にも止めていないのか、朗らかな声で私に呼びかけた。

「ねぇねぇ、時雨ちゃん。ちょっと来てもらってもいいかな?」
「おい、楓羽、どういうことだ。お前、何をしに来たんだよ」

私が口を開く前に、昊明が先に喋り始めた。……何か嫌な予感がする。
いつもの余裕のある、大人っぽくて優しい口調ではなかった。どこか棘があり、とても低く暗い声だった。いつもなら怒りを顕になんてしないんだけど。それでも楓羽は、昊明の声を無視して「時雨ちゃん」と、呼んでくる。負けじと、昊明も声を上げる。

「おい、楓羽聞いてるのか?」
「すぐ終わるからさ、ね?ちょっと来て?」
「……学校休んでばっかりのやつが」
「うるさいよ、兄さん。まあ、俺はお前の弟だとは一切思ってもいないけど……まず、黙っててくれる?ボク、時雨ちゃんと話してるから」
「もう俺ら高3だぞ……?真面目に将来と向き合わないといけないだぞ?ろくに勉強もしないで……楓羽、お前本っ当に将来」
「あーあー、うるっさいなぁ……」

キッとキツく昊明を方を睨んだ。前に見た綺麗に透き通っていた緑色の瞳は、輝きを失い、濁った汚い沼のような緑色をしていた。
そして、楓羽はスタスタと私の元へやってくる。昊明の横を無言で通り過ぎ、まるで大きな獣か何かが突進してくるような勢いできた。

「おい楓羽!何をする気だ……!」
「別に」

素っ気なく言うと、楓羽は私の腕をグッと強く引っ張った。

「っ……」
「……ごめんね、時雨ちゃん。でも、こうするしか無かったんだ。あいつのせいで……」

私の腕を掴み、歩いたまま小声で私に話しかけてきた。でも、その声はとても冷たかった。そして、どこか憎たらしさが入り交じっているように聞こえた。私は楓羽の後頭部を見つめ、それから昊明の方を見た。昊明は眉をひそめたまま、じっと私の方を見つめてきていた。ふつふつと湧き上がる怒りを、何とか押し殺して。多分、この弟の暴走は止められないと分かっていたから、私の腕を掴んだり、追いかけたりしなかったんだろう。

今の楓羽を止められる人は誰もいなかった。
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