陽だまりの天使たち

神楽冬呼

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第2章

聖域

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満琉はエレベーターホールにある扉の一つに入る。
倉庫として使っている部屋の奥へと進み、ブレーカーパネルを開いた。
パネルの中の指紋認証画面に指を置き、倉庫の奥の扉を開く。
扉の中には、地下への階段。
下からは、カビ臭い湿った空気が這い上がってくる。
(何度来ても、嫌な感じ)
扉の中に足を踏み入れると自動で壁の照明が点き、満琉は階段を降り始めながら、二人っきりで残してきた要と葵を思う。
(あの二人、大丈夫かしら)
前世での蒼麻への想いを断ち切れたわけではないし、二人を前にすると騒つく気持ちにはなる。
だけど、さっさとくっつかない二人に苛立ちもある。
要が自制し、葵を思いやる気持ちを考えるといたたまれなくも思うのだ。
(悪い子ではないのよね)
葵本人を憎む気持ちにもなれない。
苛立ちと焦りをぶつけ辛く当たったのに、その事には触れずにいてくれる。
(…………仕方ないわよね)
覚醒したと聞いた時に、頭の中では諦めがついた。
蒼麻と架南の結びつきは嫌と言うほど、知っている。
蒼麻がどれほど架南を想い、待っていたのかも知っている。
満琉は深く溜息を吐くと階段の下にある扉へ手をかけ、ペットボトルを握りしめる。
(今は私のやれることをしないと)


用事を済ませ、店に戻ると、奥にあるテーブル席に一人、葵が座っていた。
窓の外を眺め、ぼんやりとしている。
(何かあったのね)
葵の態度を見ていると明らかな恋愛初心者、要は葵に気を遣いすぎて空回りしているし、見ているとじれったい。
「葵ちゃん、一人なのね」
近づいて声をかけると、やっと気づいたようで葵は慌てて顔を背けた。
「満琉さん、おかえりなさいっ」
葵の目尻が少し赤い。
(…………泣いてた?)
要が葵を一人残すのも不自然だ。
勘付いて満琉は葵の向かい側に座った。
「要くんも着替えに行っていて…………私、これから帰るので送るからって」
しどろもどろと説明する葵の声が震えてる。
「祥吾さんに送るの頼むから待っててって」
「あら、そう。…………帰るの?」
「はい」

詳しい説明もなく数日泊まることを了承したと聞いた時点で、こうなる予感があった。
しかも要のあの宣言からして、いつか行き詰まる時がくる気がしていたのだ。
前世を押し付けず葵本人と向き合いたい要と、覚醒直後で制御のままならない葵。
葵に架南を求めないのは要の優しさで誠意なのだろうけど、それはうまく伝えないと架南を否定することになる。
それが今の葵にどう映るのか。

「葵ちゃん、実はね」
本当は要から説明したほうが良いのだろう。
そうなれば、葵は自分から要の腕の中に飛び込んでいく。
要はそんな葵を振り切れはしない。
だから要は葵には打ち明けない。
「蒼麻と架南には、呪いがかけられているの」

呪縛は、蒼麻と架南の悲恋の象徴だ。

「…………呪い?呪縛と言うやつですか?」
「あら?聞いてるのね」

正直、要が呪縛のことを話してあったのは意外だった。
蒼麻と架南の関係性、それを妬む者、結果招いた一族の破滅、要があえて伏せようとしていることに触れないといけなくなる。
いつどこまで説明したのか、何にせよ全てを知ったにしては葵の反応にあっさりし過ぎている。
うまく誤魔化したのか、都合よく短略化したのか。

「どう聞いてるの?」
「えっと、電車とか図書館とか、車が襲ってきたのとか色々起こるのは、私のせいじゃなく呪縛のせいって」
「…………そう、そう言うこと」
満琉は合点し、静かに息を吐いた。
葵に罪悪感を持たせない為、致し方なく『呪縛』と言う言葉を口にしたのだろう。

要は架南が転生し現れるのを願い、覚醒を待ち侘びていると思っていた。だけれど、要の発言や行動から考えると、どうもは違う。
架南を求めるより、葵を守ろうとしている。
出会って間もない葵を…………

「どう言うことですか?」
葵が不安そうに尋ねてくる。
「ああ、それがね、一族全体にかかっている呪縛もあるんだけど、蒼麻と架南にかけられた呪縛はタチが悪いのよ」
「蒼麻と架南に?」
「蒼麻と架南が恋仲であった事を快く思わない一族の人間が結構いてね。多方面から恨まれてたの」
葵が青ざめて口元を手のひらで覆う。
きっとこれを告げると葵は察する。
今回の出会いが決して華やいだものではないと、どれだけの覚悟がいるものなのかを。
(要にまた怒られそう)
満琉はそう思いながら、話を止める気にはならなかった。
要一人が抱える問題ではない。
「二人を妬んだある人物がね、死を目前にして二人にかけたのよ、『二人が再び出会う時』に発動する呪いを」
伝えなければ、きっと何も変わらない。
「架南を殺せって」
葵は黙って聞きながら、だけれど驚いた素ぶりはない。
きっと何となく察知していた部分があったのだろう。
「要はね、ただただ葵ちゃん、貴女を守りたいのよ。要の複雑な胸中も察してあげて」
葵がハッとして顔を上げる。
鋭いところがあるかと思うと、変に鈍感な部分があって、自分に自信のない典型的なタイプなのかもしれない。
自信がないだけに、寄せられる行為に鈍感なのだ。
「近くに置いて守りたいだけよ」
葵が顔を赤らめる。
(青くなったり、赤くなったり、忙しい人)
見ていて飽きない、その点はよくわかる。
からかって反応を楽しむ祥吾の気持ちも少しだけ理解できた。
「あれ?でも、自動車の暴走のあと、ここに来てから何もないですよ?」
「ここ、にいるからよ」

要が引き止めたい理由。
外での接触を嫌う理由。
ここに、住む理由 ────── 。

「ここは、聖域なの」

ここを守り続ける理由が地下にある。
「如何なる呪縛も発動しない。闇も近づけない。貴女を守るには最適の場所なのよ」
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