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第2章
天使え
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「…………天使?あの翼のある、架空のアレですか?」
葵は目を丸くする。
「そうよ、アレ。エンジェル」
朝ご飯のあと、ソファに席を移し満琉から色々と聞いていた。
以前このマンションビルが西園寺グループの社員寮だったこと。
要が高校を1年留年していること。
そして、天使の一族の由縁。
「私も聞いた話だから本当はどうかなんてわからないわよ」
ソファの背にもたれ、満琉は続ける。
「平安時代よりずっと前に、天からの使いとして地上に降りたらしいの」
「じゃあ、架南が生きていたのは何時代なんですか?」
「江戸時代の終わりって聞いてるわよ」
江戸、明治、大正、昭和、平成…………
あの屋敷、服装、最近のものではないと思っていたけれど、江戸時代と聞くと遥か昔。
「天に帰れなくなった理由はわからないけどね。帰れなくなって人と交じわったか、人と交じわり帰れなくなったか」
「天女の羽衣伝説に似てますね。ある日天女が地上に降りて水浴びをしているうちに羽衣を盗まれて帰れなくなる話」
「そういえば、聞いたことあるわね。天女に恋した男が隠しちゃって、帰れなくなった天女を娶る話だったかしら?」
「天使なら羽衣じゃなくて翼ですね」
「翼をなくした天使ってやつね」
くすくす笑う満琉に葵はぼんやり見惚れる。
最初の印象からはかけ離れた表情。
敵視されていると覚悟していただけに、意表をつかれてしまう。
「一族はね、ある事件をきっかけに衰退して滅びたのよ。たった一人、墓守を残してね」
「滅びたのに、墓守の人は残るんですか?」
「…………ええ、たった一人でね」
満琉が瞳を伏せる。
「一族の人たちには、天使の子孫と言うだけあって特殊な能力があったの」
「特殊な能力?」
ふと、車を呑み込んだあの水球が頭に浮かんだ。
雨と、水と、要。
「超能力、みたいなのですか?」
「そうね、そんな感じの。個人差があったし、ない人もいたけれどね。そのせいで迫害を受けたり、利用されたり色々あって、山奥に集落を作り暮らしていたのよ」
夢で見た、高い塀に囲まれた屋敷を思い出す。屋敷だけじゃない、父と共に帰りたいと切望した家は更に高い塀の側にあったのを覚えている。
あの父も転生して、現世にいるのだろうか。
能力はあっただろうか。
「あの、転生しても能力ってあるんですよね?」
「それも個人差があるわよ」
「満琉さんや祥吾さんにも能力があったんですか?」
「前はあったわよ。今はほぼないの」
満琉が唇の端で小さく笑い、葵を覗きこむように見る。
「要は今もあるわよ」
「……………………え?あっ」
満琉に見つめられ葵は見透かされたような気分になり、顔を赤らめる。
「気になってるのは、そこでしょ?あえて聞かないなんて、薄々気づいていたのかしら?」
「はっきり見てないんですけど、もしかして、って」
あの時、暴走する車を止めたのはやはり要、そして目の前で能力を使わなかったのは、知られたくない気持ちがあったからかもしれない。
「要くんは雨とか水とか、そんなイメージだから、水を操るとか何かピンとくるなって思ってました」
「あら、夢で見てはいないのね」
「まだそういうのは見てません」
「……………そう」
満琉は何か考えこむように、腕を組んでソファにもたれた。
言われてみると、夢で見ているのは感情的な描写ばかりで、ここ最近の日常のほうが事故が相次いで非現実的な出来事が多いくらいだ。
「まぁ、その辺りのことはそのうち思い出していくわ。あまり教えるなって要に釘を刺されたし」
満琉は寂しそうに笑う。
「……………え?」
思っていないところで要の名が出て、葵はドキリとする。
「不必要な覚醒は誘発しちゃダメってね」
確かに、夢は辛い。
知りたいけれど、見たくはない。
(都合良すぎるよな)
何より、要はたぶん架南への覚醒を望んでいない。
(架南を、私とは切り離したいんだ)
架南に対する祥吾の想い、蒼麻に対する満琉の想いは、要の架南への想いとは少し違う。
そう感じる。
黙り込んだ葵を満琉が見やる。
「過保護よね」
「過保護?誰がですか??」
葵はきょとんとして問い返した。
「…………誰って」
満琉が苦笑しながら身を乗り出した時だった。
勢いよく店の扉が開かれると、全身ずぶ濡れの祥吾が入ってきた。
「満琉、タオルくれ」
まるで犬や猫のように頭を振って水滴を飛ばす祥吾に満琉がこれでもかと眉を寄せた。
一緒に出かけたはずの要の姿がなく、葵は店の外へと視線を走らせた。
いつから降っていたのか、視界を遮る程の雨足。
「ひでーよな、ガッツリ降らせやがって」
祥吾の言い回しが妙に引っ掛かり視線を戻すと、カウンターの中に入った満琉が、祥吾へとタオルを投げ付けるところだった。
「だから丸投げで帰って来れたんでしょう?文句言わないの」
「へーへー、仰る通りで」
タオルをキャッチした祥吾は豪快に顔や髪を拭き始める。
要はどうしたのかと尋ねようとしたら、祥吾がおもむろにシャツを脱ぎ始めた。
すぐ目の前で脱がれ葵は面食らう。
上半身であれ男の裸体に免疫はない。こんな間近で目にする様な場面に遭遇した事がなかった。
(…………満琉さん、全然気にしてないしっ)
何でもない事の様に平静を装うべきか、目にしない様に背を向けるべきか、葵はあれこれ考えを巡らせる。
「うわぁ、パンツまでぐっしょりだよ」
祥吾がズボンに手をかけたので、葵は慌ててソファを立った。考えたところでスマートな対処が思いつくはずもなく、ぶんぶんと手を振って葵は顔を逸らす。
「祥吾さん、ストップ!こんなところで脱がないでくださいっ」
「えぇ、ダメかい?ほら、それなりにイイ体だろ」
ヘラヘラと祥吾はポーズを決めながら、事もあろうに近づいて来た。
「ちょっと鍛えてんだぜ」
「着替えてきてください!」
「葵ちゃんってさ…」
あたふたする葵の肩に腕を回し、祥吾がニヤニヤと笑う。
「年齢の割に反応がウブだよね?」
「なっ……!」
絶句して葵は身構えた。
鳥肌が立ち、鳩尾の辺りに重苦しい不快感が湧く。
(なに考えてるの、この人!)
葵は目を丸くする。
「そうよ、アレ。エンジェル」
朝ご飯のあと、ソファに席を移し満琉から色々と聞いていた。
以前このマンションビルが西園寺グループの社員寮だったこと。
要が高校を1年留年していること。
そして、天使の一族の由縁。
「私も聞いた話だから本当はどうかなんてわからないわよ」
ソファの背にもたれ、満琉は続ける。
「平安時代よりずっと前に、天からの使いとして地上に降りたらしいの」
「じゃあ、架南が生きていたのは何時代なんですか?」
「江戸時代の終わりって聞いてるわよ」
江戸、明治、大正、昭和、平成…………
あの屋敷、服装、最近のものではないと思っていたけれど、江戸時代と聞くと遥か昔。
「天に帰れなくなった理由はわからないけどね。帰れなくなって人と交じわったか、人と交じわり帰れなくなったか」
「天女の羽衣伝説に似てますね。ある日天女が地上に降りて水浴びをしているうちに羽衣を盗まれて帰れなくなる話」
「そういえば、聞いたことあるわね。天女に恋した男が隠しちゃって、帰れなくなった天女を娶る話だったかしら?」
「天使なら羽衣じゃなくて翼ですね」
「翼をなくした天使ってやつね」
くすくす笑う満琉に葵はぼんやり見惚れる。
最初の印象からはかけ離れた表情。
敵視されていると覚悟していただけに、意表をつかれてしまう。
「一族はね、ある事件をきっかけに衰退して滅びたのよ。たった一人、墓守を残してね」
「滅びたのに、墓守の人は残るんですか?」
「…………ええ、たった一人でね」
満琉が瞳を伏せる。
「一族の人たちには、天使の子孫と言うだけあって特殊な能力があったの」
「特殊な能力?」
ふと、車を呑み込んだあの水球が頭に浮かんだ。
雨と、水と、要。
「超能力、みたいなのですか?」
「そうね、そんな感じの。個人差があったし、ない人もいたけれどね。そのせいで迫害を受けたり、利用されたり色々あって、山奥に集落を作り暮らしていたのよ」
夢で見た、高い塀に囲まれた屋敷を思い出す。屋敷だけじゃない、父と共に帰りたいと切望した家は更に高い塀の側にあったのを覚えている。
あの父も転生して、現世にいるのだろうか。
能力はあっただろうか。
「あの、転生しても能力ってあるんですよね?」
「それも個人差があるわよ」
「満琉さんや祥吾さんにも能力があったんですか?」
「前はあったわよ。今はほぼないの」
満琉が唇の端で小さく笑い、葵を覗きこむように見る。
「要は今もあるわよ」
「……………………え?あっ」
満琉に見つめられ葵は見透かされたような気分になり、顔を赤らめる。
「気になってるのは、そこでしょ?あえて聞かないなんて、薄々気づいていたのかしら?」
「はっきり見てないんですけど、もしかして、って」
あの時、暴走する車を止めたのはやはり要、そして目の前で能力を使わなかったのは、知られたくない気持ちがあったからかもしれない。
「要くんは雨とか水とか、そんなイメージだから、水を操るとか何かピンとくるなって思ってました」
「あら、夢で見てはいないのね」
「まだそういうのは見てません」
「……………そう」
満琉は何か考えこむように、腕を組んでソファにもたれた。
言われてみると、夢で見ているのは感情的な描写ばかりで、ここ最近の日常のほうが事故が相次いで非現実的な出来事が多いくらいだ。
「まぁ、その辺りのことはそのうち思い出していくわ。あまり教えるなって要に釘を刺されたし」
満琉は寂しそうに笑う。
「……………え?」
思っていないところで要の名が出て、葵はドキリとする。
「不必要な覚醒は誘発しちゃダメってね」
確かに、夢は辛い。
知りたいけれど、見たくはない。
(都合良すぎるよな)
何より、要はたぶん架南への覚醒を望んでいない。
(架南を、私とは切り離したいんだ)
架南に対する祥吾の想い、蒼麻に対する満琉の想いは、要の架南への想いとは少し違う。
そう感じる。
黙り込んだ葵を満琉が見やる。
「過保護よね」
「過保護?誰がですか??」
葵はきょとんとして問い返した。
「…………誰って」
満琉が苦笑しながら身を乗り出した時だった。
勢いよく店の扉が開かれると、全身ずぶ濡れの祥吾が入ってきた。
「満琉、タオルくれ」
まるで犬や猫のように頭を振って水滴を飛ばす祥吾に満琉がこれでもかと眉を寄せた。
一緒に出かけたはずの要の姿がなく、葵は店の外へと視線を走らせた。
いつから降っていたのか、視界を遮る程の雨足。
「ひでーよな、ガッツリ降らせやがって」
祥吾の言い回しが妙に引っ掛かり視線を戻すと、カウンターの中に入った満琉が、祥吾へとタオルを投げ付けるところだった。
「だから丸投げで帰って来れたんでしょう?文句言わないの」
「へーへー、仰る通りで」
タオルをキャッチした祥吾は豪快に顔や髪を拭き始める。
要はどうしたのかと尋ねようとしたら、祥吾がおもむろにシャツを脱ぎ始めた。
すぐ目の前で脱がれ葵は面食らう。
上半身であれ男の裸体に免疫はない。こんな間近で目にする様な場面に遭遇した事がなかった。
(…………満琉さん、全然気にしてないしっ)
何でもない事の様に平静を装うべきか、目にしない様に背を向けるべきか、葵はあれこれ考えを巡らせる。
「うわぁ、パンツまでぐっしょりだよ」
祥吾がズボンに手をかけたので、葵は慌ててソファを立った。考えたところでスマートな対処が思いつくはずもなく、ぶんぶんと手を振って葵は顔を逸らす。
「祥吾さん、ストップ!こんなところで脱がないでくださいっ」
「えぇ、ダメかい?ほら、それなりにイイ体だろ」
ヘラヘラと祥吾はポーズを決めながら、事もあろうに近づいて来た。
「ちょっと鍛えてんだぜ」
「着替えてきてください!」
「葵ちゃんってさ…」
あたふたする葵の肩に腕を回し、祥吾がニヤニヤと笑う。
「年齢の割に反応がウブだよね?」
「なっ……!」
絶句して葵は身構えた。
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