陽だまりの天使たち

神楽冬呼

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第2章

張り込み

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「こんな朝っぱらからやめてほしいよなぁ」
缶コーヒーを片手に祥吾はベンチにもたれかかる。
その姿勢からしてすでにやる気は窺えない。
暇を持て余した職なし中年にしか見えない。
「事前に察知されたんですから、有り難いですよ」
少し離れて立つ要は帽子を目深に被り、携帯の画面へと視線を落とした。
平日と言えど、それなりに人が集う公園。
貸出ボートがある大きな池があり、親子連れが多い。
「騒ぎは避けましょう」
携帯を操作するフリをして、要は周囲を見渡す。
「ターゲットに動きがあるまで待ちます」
「りょーかい」
祥吾が缶コーヒーの空き缶を足元に置き、ズボンのポケットから煙草を取り出す。
「ところで要くん…………」
煙草をくわえながら祥吾が要を手招いた。
要はあからさまに嫌な顔をして、顔を背ける。
あえて他人のフリをしているのに、どう言うつもりなのか。
要は祥吾のやる事がいまいちわからない。
「葵ちゃんが気になって仕方ないんだろ?」
「張り込み中にやめてもらえますか」
顔を背けたまま要は声を潜める。
「今朝ベランダでかなり悩みこんでたぞぉ。前世の夢に戸惑ってんのか、恋の悩みか」
ニシシ、と祥吾が笑う。
「……………………………」

面白がっているだけなのか、裏に何かあるのか。
保護しなければいけない現状があるから、引き止めたが、葵の覚醒が急激に進む今、要としては距離を置いて見守るくらいがいいと思っている。
蒼麻である自分が側にいることで前世の記憶を刺激するのは明らかだし、その刺激が辛い記憶ばかりを呼び起こすかもしれない。

「満琉さんにお願いしてきたので大丈夫です」

何より、自分自身の感情を抑制する事が難しい。
側にいると手を伸ばしてしまう。腕の中に抱え込みたくなる。つい安易な態度をとってしまう。
それが彼女を振り回すだけだと、分かりながら。
そんな状態の自分は良い影響を与えない。
今、気持ちを緩める訳にはいかないのだから。

「それはどうかなぁ?満琉の前世が誰かわかってんだろ?『良い姉になる』なんて口で言ったところで、前世の記憶は強力だ。任せていいのかなぁ??」
祥吾が吐き捨てた煙草の煙がフワリと風で運ばれる。
湿度を含んだ風に雨の気配を感じる。
雨が降れば解決は早い。
「祥吾さん、あとは引き受けるので先に戻ってください。居ても気が散るだけなので」
「いやいや、お前が戻れよ」
「祥吾さん、張り込みしかできないですよね。効率を考えても祥吾さんが戻ってください」
要は池を挟んで正面ベンチに座る一人の男を見やる。
男の虚ろな視線の先には行き交う人々。
「楓が予知したからには何かが起きます。祥吾さんは闇が動くのを察知できないし、対処も無理でしょう」
要は遠くの空を見上げた。
「次期に雨が降ります。あれだけの雨雲があれば、雨も呼べる」
「まぁ、確かに雨が降りゃあ即解決だけどな。そんな余裕かましてると、葵ちゃんは貰っちゃうぞ」
祥吾は煙草の吸殻を空き缶に放り込み、立ち上がると不敵な笑いを浮かべた。
「んじゃ、よろしく!早く終わらせて帰って来いよ」
そして要に背を向け、さっさと立ち去って行った。
そんな祥吾の背中を見送りながら、要は呟く。
「余裕なんて…………」

やっと見つけた。
ただ遠くで見守っていられればそれで良かったのに。
手が届くとなると焦り出す。
余裕なんてものは、吹き飛ぶみたいになくなる。

風が吹く。
湿度を帯びた生温い風。
要は携帯をズボンのポケットに押し込むと、片手を軽く持ち上げた。
まるで落ちてくる何かを受け止めるように手のひらを広げ、そしてゆっくりと握る。
風を捕まえるように。
ポツリ、ポツリと、雨の雫がベンチに落ちた。
「……………………来い」
要は目を閉じ、それらを呼ぶ。
とたんに雨足が早まり、音を立てて降り注いだ。
「言われなくとも、さっさと帰りますよ」
雨を全身に受け、要は顔を上げる。

(…………彼女は、架南とは違う)
わかっている。
いやと言う程に実感する。
(違うな)
わかっているんじゃない。
(そう思い込みたいだけだ)
そうでもしないと、抑制が利かなくなる。
蒼麻の想いを押し付けてはいけない。
打ち消そうとすればするほど。

『…………蒼麻』

雨音の中に、遠く自分を呼ぶ声がした。

架南を失ったあの時から、一歩踏み外すと奈落の底に落ちかねないギリギリの綱渡り。
ポッカリと胸に空いた穴をふさぐものがなく、補う為に走り続けてきた。
それをこの出会いが変えたのだ。
あの笑顔を守れるなら、と……………………

(それなのに、それだけだったはずなのに)
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