【完結】これはきっと運命の赤い糸

あなたじゃなきゃ③

「ダメよ、こんなのプロポーズじゃないわ！　全然ロマンチックじゃない！」

　なぜかあざみさんが、もっとまともなプロポーズをしろと桔平さんにダメ出しをしている。
　私のことを良く思っていなくて、交際に反対なのだと思っていた。
　ましてやそれが結婚ともなると、なにがなんでも阻止したいのでは？と想像してしまう。
　だからこそ今のあざみさんの言動が私には不思議に思えてならない。

「あの！」

　せっかくここまで来たのだから、思い切って核心の部分を聞いてみようと自分からあざみさんに話しかけた。

「桔平さんが私と交際することを、どう思ってらっしゃいますか？」

『美桜はうちの両親が反対するかも、って気にしてるんだよな。だったら確かめよう』

　ここに来る前に桔平さんに言われた言葉が頭をよぎったのだ。これでなにも聞かずに帰ったら、なにをしに来たのだ、ということになる。

　母の事があるから、私の顔は今後一切見たくない、と言われるかもしれない。
　交際などもってのほかだ、別れなさい、と強く反対されるかも。
　だけど私の想像とは違って、強い言葉は返って来なかった。

「美桜さんのお母様……香澄さんは、私の事を恨んでるでしょうね」

　俯瞰ふかん的に見れば、当時のあざみさんと一馬さんと私の母は三角関係ということになり、母は恋人を奪われたという構図になる。
　あざみさんはそういう意味で言ったのだろう。
　申し訳なさそうに肩を落とす姿は、まるで小動物のように小さくてかわいらしい。

「私の母も、私がお付き合いしている相手が桔平さんだと知って驚いていました。でも母は誰のことも恨んではいません」
「本当に？」
「昔のことは……自分がフラれただけだから、と言っていました。私の母はいつでもポジティブなんです」

　最後は苦笑いで言うと、あざみさんも「素敵な方ね」と、少し笑みを浮かべて話してくれた。それだけで場の雰囲気が柔らかくなる。

「悪いのはすべてこの私だ」

　静かな口調で、一馬さんが話をし始めた。

「妻は、香澄さんのことを知らなかったんだ。結婚してから香澄さんの存在を知って、当初はずいぶんと落ち込んでいた。自分がふたりを引き裂いた、香澄さんに気の毒なことをした、と」

　一馬さんのその言葉を聞いて、当時の事を思い出したのか、あざみさんが涙目になった。
　私の母に対して罪の意識に苛さいなまれていたのだろうか。

　今日あざみさんに会うまでは、志田ケミカルの会長の娘だという固定観念が私の中で抜けなくて、他人を思いやる気持ちなど持たない人かもしれないとイメージしていた。
　だけど実際は、やさしくて思いやりのある、奥ゆかしい女性だった。

「香澄さんには、学生時代からずいぶんと精神的に支えてもらった。なのに私はあざみと出会って、香澄さんと別れることを決めた。一方的に。ひどいことをした」

　一馬さんはこんなふうに思っていたのか、と私は改めて気持ちを知ることが出来た。
　おふたりの中で母のことは、決して思い出したくない過去の出来事で、触れてはいけないタブーなのだろうと勝手に想像していた。
　だから私のことも良く思わないし、消えてもらいたいのでは？……と。
　だけど私のその考えは、根底から違っていたのかもしれない。

「美桜さんは香澄さんに似ているね。凛としている雰囲気が。さっき美桜さんが、香澄さんの事をポジティブだと言ったのを聞いて、そういう女性だったと思い出したよ」

　一馬さんは母を懐かしんだのか、薄っすらと優しい笑みを浮かべていた。

「結局父さんも母さんも、美桜のことを嫌ってはないんだろ？」

　答えはもうわかっている、と言わんばかりに、桔平さんがご両親に念を押すように尋ねた。
　一馬さんもあざみさんも、静かに小さくうなずき、私はそれを見て思わず涙目になってしまう。