上 下
30 / 50

彼の嫉妬④

しおりを挟む
 冗談でしょ? とはこっちが言いたい。
 川井さんとはコーヒーや紅茶は一緒に飲んだことがあるけれど、楽しくお酒を飲むような間柄ではない。

「私たち、飲み友ではないですよね。特別仲良くもないし」
「そうだったか? 俺はもっと仲良くなりたいと思ってるけど」

 会話が微妙にかみ合っていないけれど、別にそれでもいい。
 今日は本当に偶然にビルの出入口で帰りが一緒になったようで、私に話があって待ち伏せていなかっただけで御の字だ。

「そういうお誘いは、私じゃなくて蘭にしてください」
「蘭ちゃんね。可愛いよなぁ、目がパッチリしてて睫毛まつげが長くて」

 隣を同じ速度で歩きながら、川井さんは笑いながら蘭を褒めた。そう思うなら最初から蘭を誘えばいいのだ。
 この人はいつも冗談みたいなことばかり言うけれど、悪い人ではないのはわかっている。
 蘭が付き合いたいのなら、上手くいけばいいと私も思っているのだけれど、今現在、なかなかそこまでふたりは発展していないみたい。

「うまい居酒屋見つけたんだよ。今日はそこ行かないか?」
「行きません」

 人の話を聞いてなかったのだろうか。さっきから、顔も見ないで歩いてるというのに。

「あの常務は洒落たレストランとかバーばっかりで、赤提灯みたいな居酒屋には連れてってくれないから新鮮だろ?」

 思わず足がピタリと止まる。桔平さんのことを口にすれば、私が極度に反応すると川井さんは知っているのだ。
 だから今のもわざとで、探偵が使う常套じょうとう手段だとわかっているのに、身体が無意識に反応してしまったのが悔しい。

「まだ付き合ってたんだな。母親には話したのか? 相手が青砥桔平だって」
「……」

 毎日仕事で疲れて帰ってくる母に、何十年も前の悲恋を掘り返して聞き出すことがどうしてもできなくて、タイミングを逃したままになっている。
 その話を聞けば、桔平さんのお父さんの印象が自ずと悪くなってしまうだろう。
 私にもそれは覚悟の要ることだから、正面から向き合う勇気が持てないのもある。

 だけどこの前、一歩だけ踏み出してみた。
『お父さんと結婚する前、付き合ってた人っていたの?』と母に冗談交じりで聞いてみたのだ。
 何故急にそんな話を? と驚いた顔をされたけれど、恋人はいたと教えてくれた。きっとその人が、桔平さんのお父さんだ。
 私が桔平さんと付き合っていると知ったら、母はどう思うだろう。

「彼氏のほうにも言えてないんだろ? 昔、お互いの親が恋人同士だったんです、って」
「……」

 その通り。川井さんにはすべて見抜かれてしまうのが不思議だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

助けてください!エリート年下上司が、地味な私への溺愛を隠してくれません

和泉杏咲
恋愛
両片思いの2人。「年下上司なんてありえない!」 「できない年上部下なんてまっぴらだ」そんな2人は、どうやって結ばれる? 「年下上司なんてありえない!」 「こっちこそ、できない年上の部下なんてまっぴらだ」 思えば、私とあいつは初対面から相性最悪だった! 人材業界へと転職した高井綾香。 そこで彼女を待ち受けていたのは、エリート街道まっしぐらの上司、加藤涼介からの厳しい言葉の数々。 綾香は年下の涼介に対し、常に反発を繰り返していた。 ところが、ある時自分のミスを助けてくれた涼介が気になるように……? 「あの……私なんで、壁ドンされてるんですか?」 「ほら、やってみなよ、体で俺を誘惑するんだよね?」 「はあ!?誘惑!?」 「取引先を陥落させた技、僕にやってみなよ」

処理中です...