上 下
10 / 50

初めての一目惚れ⑥

しおりを挟む
「急用、ってことですよね?」

 頼みこまれて森内さんが慌てて私に電話してくるくらいだから、営業一部で何かあったのだ。それしか考えられない。

『大きなクレームが発生して先方がカンカンなんだって。取引を辞めるとまで言いだしてるし、大野部長の決裁印もいるから、一旦こっちに戻ってほしいって』
「それは急ぎますね」
『浅木さん、会場の中にそっと入って、部長に耳打ちするかメモを渡してくれる?』
「わかりました。やってみます」

 大野部長の顔は覚えているけれど、大変な任務を請け負ってしまった。
 そっと会場の中に入ってその姿を探すと、上層階の会社の幹部らしい方と話をされていた。

「大野部長、すみません」

 話が終わるタイミングを見計らってメモを渡す。 何だね?とあからさまに嫌そうな顔をされたが、メモを見て表情が変わり、私に小さくわかったと答えてくれた。どうやら事態を飲み込んでいただけたようだ。

 大野部長が会場の外に出たのと同時に森内さんに電話で報告し、ホッと胸をなでおろして任務完了だ。
 私も蘭のところに戻ろうと、人の波を避けるように歩いたつもりだったが、うっかりひとりの男性とぶつかってしまう。

「あっ!」

 ぶつかった拍子に、その男性が持っていたシャンパングラスの中身が私のスーツのスカートにかかってしまい、男性が小さく声を上げた。

「すみません、濡れましたよね?」
「こちらこそぶつかってしまって申し訳ありません。私の不注意で」

 ふと顔を上げると、長身のスーツ姿の男性が申し訳なさそうにこちらを見ていて、自然と視線がぶつかる。

 ふんわりとセットされた黒髪、シャープな輪郭、キリっと通った鼻筋、凛々しい眉、涼し気なのに優しそうな瞳……どこを切り取ってもイケメンとしか言いようのない顔だちの男性だ。

「大丈夫?」

 すぐそばを通ったスタッフにおしぼりをもらってくれて、私に手渡してくれた。

「大丈夫です。すみませんでした」

 私は深々とおじぎをし、その足でトイレへと向かった。
 誰だかわからなかったけれど、あまりにも顔だちが綺麗すぎてぼうっと見とれそうになった。

 あんなイケメンが世の中に存在するのかと圧倒された。
 私は受付にいたのに、来訪時に全然気がつかなかった。もしや芸能人かと思ったが、そんな招待客は聞いていないから違うのだろう。

 あれこれぼんやりと考えながら、先ほどもらったおしぼりでスカートの汚れた部分をゴシゴシと拭く。
 少しシミになるかもしれないけれど乾けば大丈夫だろう。
 とにかく、シャンパンがかかったのが私で不幸中の幸いだった。
 逆にあの男性にかかっていたら、大失態で上司からかなり叱られたはずだから。

 ふぅっと小さく息を吐いて女子トイレから外に出ると、先ほどの超絶イケメンな男性が少し離れたところで私を待っていて、そのことに驚いて立ち止まってしまった。

「ごめんね、やっぱり気になって……」

 男性が申し訳なさそうに近づいてくる。
 先ほどは気がつかなかったけれど、彼のスーツの襟元には社章のバッジがつけられていた。
 アザミをモチーフにしたそのマークは、志田ケミカルのものだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

地味子ちゃんと恋がしたい―そんなに可愛いなんて気付かなかった!

登夢
恋愛
愛人と月1回の逢瀬で癒しあう怠惰な関係を続けていた主人公は、彼を慕う10年後輩の地味子の良き相談相手だった。愛人から突然別れを告げられた主人公は、自暴自虐になり身体を壊して入院してしまうが、見舞いに来て優しく癒してくれた地味子の良さに気付いて、交際を申し込むことになる。これは愛人と二組のカップルが絡み合う大人のラブストーリーです。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

助けてください!エリート年下上司が、地味な私への溺愛を隠してくれません

和泉杏咲
恋愛
両片思いの2人。「年下上司なんてありえない!」 「できない年上部下なんてまっぴらだ」そんな2人は、どうやって結ばれる? 「年下上司なんてありえない!」 「こっちこそ、できない年上の部下なんてまっぴらだ」 思えば、私とあいつは初対面から相性最悪だった! 人材業界へと転職した高井綾香。 そこで彼女を待ち受けていたのは、エリート街道まっしぐらの上司、加藤涼介からの厳しい言葉の数々。 綾香は年下の涼介に対し、常に反発を繰り返していた。 ところが、ある時自分のミスを助けてくれた涼介が気になるように……? 「あの……私なんで、壁ドンされてるんですか?」 「ほら、やってみなよ、体で俺を誘惑するんだよね?」 「はあ!?誘惑!?」 「取引先を陥落させた技、僕にやってみなよ」

処理中です...