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いきなりのプロポーズ①

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「あの、すみません。もう一度聞き直してもいいでしょうか? 私……今どうやら聞き違いをしたみたいなので」

 左手に持っていたワイングラスをテーブルに置き、混乱しながらもスッと背筋を伸ばして正面を向いた。
 オフィスと同じビルにあるフレンチレストランで、私とテーブルを挟んで座っているのは、何度かこうして食事をしたことのある男性の三雲みくもさんだ。

「聞き違いじゃないと思うけど」
「でも……」

 言葉に詰まって表情が固まってしまった私に、三雲さんはもう一度繰り返す。

「美桜さん、僕と結婚してほしい」

 彼の言うとおり聞き違ってはいないようだったが、二度聞いても状況が理解できずにポカンとしてしまう。

 私の名は浅木 美桜あさぎ みお 二十四歳
 食事中に突然プロポーズをされ、大混乱中だ。

「結婚、ですか?」
「うん、そう」

 申し訳ないけれど、意味がわからない。三雲さんと私は、そんなことを話し合う関係ではないのだから。

 三雲さんは、このオフィスビル内にある病院のお医者様だ。
 私が勤務している会社も同じビルにあり、以前に私が体調を崩した際に診ていただいたのが縁で、たまに食事をするようになった。

「先生と私が、結婚……」
「ふたりで会ってるときは、先生って呼ばない約束だよ」

 そんなことはどうでもいい、と目の前に差し出されたキラキラと輝くダイヤモンドの指輪を見ながら心の中でつぶやいた。
 ずいぶんと高そうな指輪だ。何カラットだろう?
 十歳年上で医師である三雲さんには、それをポンと買えるくらいの甲斐性はあるけれど。
 もちろんそれが欲しいわけではなく、受け取れとたとえ強引に言われたとしても、もらえるわけがない。

「突然だったよね、ごめん。でも僕は本気だから」

 冗談ではないのは目の前のダイヤモンドが物語っているし、三雲さんの表情も至極真面目だ。

「僕、ここの病院を辞めることにしたんだ」
「違う病院に行かれるんですか?」

 三雲さんが勤務されている病院は診療科も充実しているしセキュリティも万全で、時間外診療などの融通も効きやすいために芸能人や政治家などにも人気だと聞いている。
 病院の経営状態も順調だそうだから、詳しくは知らないけれど医師である三雲さんは高額な報酬を得て勤務しているはず。
 なのに、病院を変わると言うのだから驚いたのだ。

「どこか海外の大学病院からお誘いがあった、とか?」

 もっと好条件のところから引き抜かれたのだろうか。その線が一番濃厚だと思ったのだけれど、三雲さんの答えに私は言葉を失った。

「いや、急に思い立ったんだけど、離島に行きたいと思って」
「へ?」

 思わず変な声が出た。皆が働きたいと思っても働けないここの病院を辞めて、どうして離島に行きたいのだろう。

「目覚めちゃったんだよ、離島での診療が魅力的だなって。すごく人助けになるからね」
「人助け……そうですね」

 なにか離島で働くドキュメンタリーか映画でも観たのだろうか。
 こころざしはとても立派だけれど、どう考えてもそれは簡単ではない。

「美桜さんにも一緒に来てほしいんだ」
「だから急にプロポーズを?」
「うん」
「ごめんなさい」

 間髪入れずに答えた私に、今度は三雲さんが言葉を失った。
 そんな彼を見ながら、私はダイヤモンドの指輪のケースをテーブルの上で押し戻す。

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