【完結】あなたに恋愛指南します

夏目若葉

文字の大きさ
上 下
44 / 57

番外編②

しおりを挟む
「私……すごく疲れちゃった」

 舞花は舞花で、笑顔が消えてぐったりとしている。

「ふたりとも、俺の前で素に戻りすぎ」

 俺がクスクス笑うと、ふたりも顔を見合わせて気が抜けたように笑う。

「和久井さん、実は心配だったでしょ? 私には見えてた。入って来たときの不機嫌そうな顔!」

 美里ちゃんからは最初から俺が丸見えだったから、取り繕う前のイライラしたところもすべて見られていたらしい。

「自分の彼女が目の前で口説かれてたら、気分よくないよね」
「まぁね。でもあれ、誰かに注意してもらったら? どこの会社か知らないけど新人だろ?」

 俺の言葉を聞き、ふたりが自然と顔を見合わせた。

「ああいうタイプは最初が肝心。上がきちんと教育しないと、自分のしでかしてることがわからないタイプなんだよ」
「それが……そういうわけにもいかなくて」

 いつも物事をはっきり口にする美里ちゃんが、急に歯切れ悪く口ごもる。珍しい光景だ。

「なに? そんなにややこしい会社なの?」

 彼女たちが働いている㈱大井コーポレーションはかなりの大手だ。
 全部でいくつあったか忘れるほど、全国に支社もたくさんある。
 そんな大手の会社が、小さなクレームも言えない相手とは、いったいどんな会社なんだ?

「そうじゃないの」

 今度は舞花までボソリとつぶやいて困り顔になった。

「他社じゃなくて、うちの会社なの」
「はぁ?!」

 アイツは大井コーポレーションの人間なのか?
 だったらなおさら上司に言えばいい。立派なセクハラではないか。

「うちの社長のご長男なの」
「え?!」

 社長の息子? だからあの程度のセクハラ被害だと抗議しにくい、というわけか。

「今年の春に大学を卒業して、最近うちに入社したみたい」

 ちょっと待て。今はもう十月も終わりだ。三月に大学を出たのなら、この半年間はなにをしていたのか……。

「半年もズレて入社してくるのは変だな」
「なんか……社長のツテで、海外の会社で修行っていうか、研修を受けてたらしいよ」

 ふぅ~ん。すねかじりのニートってわけでもなかったようだ。経歴だけ聞けば立派だな。俗に言う、御曹司だ。
 だからか、と俺は点と点が線で繋がったように納得せざるをえなかった。
 どうりで若いくせに高そうなスーツを着ていたわけだ。
 チラリと見えた腕時計も、上等なものをつけていたような気がする。
 そんな御曹司が会社の受付で自分好みのかわいい女性を見つけた。そんなところか?

 舞花は見初められてるんだよな……
 心配というより、俺の気持ちはけっこう沈んでいた。

 舞花のことは信用している。すぐにほかになびいたりしない、と。
 だけど俺は会社の先輩である宇田さんのケースが頭に浮かんだのだ。

 宇田さんは、同期入社で美人の佐那子さなこさんという同僚の女性をずっと好きだった。
 同期だから仲がいいだけ、などという言い訳は通用しないほど、誰から見ても佐那子さんに対する宇田さんの態度は特別だった。
 それは俺が入社したときには既に、社員の誰もが知っていた。

 単純に宇田さんの片思いだったのかもしれないが、いつ付き合ってもおかしくないくらい、会社でふたりは仲が良さそうに見えていたのに……
 佐那子さんは突然、別の男を選んで結婚した。その選んだ男というのが、社長の息子だった。
 どうやら美人の佐那子さんに一目惚れでもしたらしい。

 要するに今の舞花と同じで、佐那子さんも見初められたのだ。……に。
 となると俺も宇田さんと同じ道を行く運命な気がして、俺らしくないが、大きな不安に襲われていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

会社の後輩が諦めてくれません

碧井夢夏
恋愛
満員電車で助けた就活生が会社まで追いかけてきた。 彼女、赤堀結は恩返しをするために入社した鶴だと言った。 亀じゃなくて良かったな・・ と思ったのは、松味食品の営業部エース、茶谷吾郎。 結は吾郎が何度振っても諦めない。 むしろ、変に条件を出してくる。 誰に対しても失礼な男と、彼のことが大好きな彼女のラブコメディ。

同期に恋して

美希みなみ
恋愛
近藤 千夏 27歳 STI株式会社 国内営業部事務  高遠 涼真 27歳 STI株式会社 国内営業部 同期入社の2人。 千夏はもう何年も同期の涼真に片思いをしている。しかし今の仲の良い同期の関係を壊せずにいて。 平凡な千夏と、いつも女の子に囲まれている涼真。 千夏は同期の関係を壊せるの? 「甘い罠に溺れたら」の登場人物が少しだけでてきます。全くストーリには影響がないのでこちらのお話だけでも読んで頂けるとうれしいです。

幼馴染以上恋人未満 〜お試し交際始めてみました〜

鳴宮鶉子
恋愛
婚約破棄され傷心してる理愛の前に現れたハイスペックな幼馴染。『俺とお試し交際してみないか?』

羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。

泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。 でも今、確かに思ってる。 ―――この愛は、重い。 ------------------------------------------ 羽柴健人(30) 羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問 座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』 好き:柊みゆ 嫌い:褒められること × 柊 みゆ(28) 弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部 座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』 好き:走ること 苦手:羽柴健人 ------------------------------------------

クリスマスに咲くバラ

篠原怜
恋愛
亜美は29歳。クリスマスを目前にしてファッションモデルの仕事を引退した。亜美には貴大という婚約者がいるのだが今のところ結婚はの予定はない。彼は実業家の御曹司で、年下だけど頼りになる人。だけど亜美には結婚に踏み切れない複雑な事情があって……。■2012年に著者のサイトで公開したものの再掲です。

【完結】東京・金沢 恋慕情 ~サレ妻は御曹司に愛されて~

安里海
恋愛
佐藤沙羅(35歳)は結婚して13年になる専業主婦。 愛する夫の政志(38歳)と、12歳になる可愛い娘の美幸、家族3人で、小さな幸せを積み上げていく暮らしを専業主婦である紗羅は大切にしていた。 その幸せが来訪者に寄って壊される。 夫の政志が不倫をしていたのだ。 不安を持ちながら、自分の道を沙羅は歩み出す。 里帰りの最中、高校時代に付き合って居た高良慶太(35歳)と偶然再会する。再燃する恋心を止められず、沙羅は慶太と結ばれる。 バツイチになった沙羅とTAKARAグループの後継ぎの慶太の恋の行方は? 表紙は、自作です。

処理中です...