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◇前進⑩

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「その服、似合ってる」
「え?!」

 車を発進させた和久井さんが、不意にそんな言葉を口にした。
 チラリとこちらに視線を向けるが、運転中なのですぐに真っすぐ前を向く。
 私にとってはかなりの不意打ちで、お世辞なのかもしれないがとても心臓に悪い。

「ありがとう……ございます」
「会社の制服でもスカーフ巻いてるし、舞花ちゃんのイメージにピッタリの服だね」

 ああ、なるほど。
 私は仕事柄、制服のときはいつも会社支給のスカーフを首に巻いているのだけれど、今着ているボウタイのブラウスがそれを思い起こさせるのだろう。
 このブラウスは胸元がゆるりとしていて、ボウタイもリボン結びなので、制服のスカーフとは位置が全然違うものの、私の服装はなにかを“結んでいる”イメージが強いのかもしれない。

「和久井さんこそ、今日もカッコいいですよ」

 白のインナーの上からブルー系のシャツを羽織っていて、茶色のパンツを合わせている。
 それこそ和久井さんにピッタリで、女子が胸をときめかせるようなコーディネートだ。
 和久井さんはスーツのときもそうだがオシャレだと思う。自分に似合うものをわかっていて、かなりセンスがいい。

「はは。って、ありがとう」
「だっていつもカッコいいですから。会社の来客の中で一番素敵だって、うちの同僚たちも言ってます」
「へぇ、なんか照れるな」

 照れている和久井さんの笑顔は私にはレアだ。
 だけどこの人のどんな表情も、私には素敵に見える。

「あそこです! あの赤い看板の……」

 たわいもない会話の途中で、目的地であるラーメン店に到着した。
 店内はお昼時ということもあって、けっこう混み合っていたけれど、なんとか席に座ることが出来た。

「ここ、名前だけは聞いたことがあるなぁ」

 和久井さんがメニューに視線を落としながらつぶやいた。

「ですよね。おいしいって評判なんです。雑誌にも載ったみたいで……」
「舞花ちゃんのおすすめって、どれ?」

 種類としては四種類ほどあるラーメンのメニューを指差して、和久井さんは私に尋ねた。

「どれもおいしいですけど、初めはまず、このオーソドックスな“特製とんこつ醤油”がいいですよ」
「じゃあそれ」

 私も同じラーメンにしたが、和久井さんはプラスでライスを頼んだ。
 しばらくして運ばれてきたラーメンに、和久井さんの目が輝く。

「お。うまそー! いただきます」

 レンゲでスープをひと口すすり、「うまい!」と言ったあと、和久井さんは豪快にラーメンとライスを食べ始めた。

「お口に合いましたか?」
「うん。ここのラーメン、めちゃくちゃうまいね」

 食べながらにっこりと笑う和久井さんにつられて、私も自然と笑顔になった。
 モリモリと食べる姿を目にすると、やはり男の人なのだと当たり前なことを意識した。
 少食な人よりも、たくさん食べる男性のほうが私は好きだ。
 おいしそうに食べる姿は、見ているだけで微笑ましくなってくる。

「そんなに見られると緊張する」

 ぼうっと見入ってしまっていた私に、和久井さんが口をもぐもぐさせながら冗談ぽく指摘をした。
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