3 / 57
◇恋心③
しおりを挟む
どうしよう……
電話を切ると同時に眉間にシワを寄せて考え込む私の様子に気づいて、「どうかした?」と和久井さんが目だけで問いかけた。
「申し訳ありません、専務は出先での所用が長引いておりまして、あと四十分から五十分はこちらに戻れそうにないと……」
「そう……ですか」
和久井さんはとくに驚いた様子もなく、そのまま静かに腕時計に目をやった。
「待たせてもらっても大丈夫でしょうか」
「はい。和久井さんこそお時間大丈夫ですか?」
和久井さんにも時間の都合があるだろう。このあと違うアポがあるかもしれないし、うちの専務に振り回されるのは気の毒だ。
「ありがとう。大丈夫。このまま帰るわけにもいかないからね」
和久井さんは少し困ったような表情を見せつつも、営業マンとしてのメンタルは強靭みたいだ。そういうところも素敵だと思う。
「あそこ、少し借りていいですか?」
和久井さんが、ロビーの隅のついたてに囲まれたスペースを指さした。
ちょっとした打ち合わせなど、誰もが自由に使える場所だ。
私が「はい」と返事をすると、和久井さんはそのままツカツカと歩いて移動した。
「専務、アポ忘れてたの?」
美里が訝し気な顔で私に小声で聞いてきたので、彼女には正直に、専務はまだ会食中だと話した。
「わざとなんじゃない? アポの相手が和久井さんだとわかっててやったとしか思えない。すっぽかせば、和久井さんが諦めて帰ると思って」
「私もそんな気がする」
アポの相手が和久井さんではなく他のクライアントだったら……
専務は同じように、優雅に会食時間を延ばして帰社時間を遅らせただろうか。
そんなふうに考えると、自分の会社の専務が酷く嫌な人間だと自覚してしまった。
私はロビーの隅にあるコーヒーマシーンを使って紙コップにコーヒーをそそぎ、和久井さんの元へ運ぶ。
「どうぞ」
「ありがとう」
コーヒーを差し出すと、和久井さんは笑ってお礼を述べてくれた。
「すみません、当社の専務がご迷惑を……」
専務の傲慢な態度が申し訳なさすぎて、思わず頭を下げた。
同じ会社の人間として代わりに謝りたいのだけれど、どうしたらいいのかわからない。
「はは。もう専務の性格にも慣れたよ。はっきりと帰れって言われてないんだから待てばいい。仕事の話は……また聞いてもらえないかもしれないけどね」
鞄から書類を取り出してテーブルの上に広げている和久井さんを見ると、なんだか切ない気持ちになった。
なんとか専務に話を聞いてもらいたいと、こんなにも一生懸命なのに。いったいどうしたら専務はとりあってくれるのだろう。
「あの……余計なお世話かもしれないのですが」
少しでも和久井さんの役に立ちたくて、気がついたら私は思いついたことを話し始めてしまっていた。
「専務は最近、どら焼きが好きなんです!」
「……え?」
私の突拍子のない言葉に、和久井さんはわけがわからず、一瞬ポカンとした。
実は先日、専務がとあるお店のどら焼きを気に入っていると、社員食堂で秘書課の人たちが話しているのをたまたま聞いたのだ。
そこは私も知っているお店だったから、すぐにすんなりと頭にインプットされた。
「どら焼きです。しかもうぐいす餡の。なにか話のネタにでもなればといいんですが……」
仕事中にどら焼きの話なんて、あの専務が相手なのだから無理かもしれない。そう考えたら、私は浅はかなことを助言したと恥ずかしくなった。
電話を切ると同時に眉間にシワを寄せて考え込む私の様子に気づいて、「どうかした?」と和久井さんが目だけで問いかけた。
「申し訳ありません、専務は出先での所用が長引いておりまして、あと四十分から五十分はこちらに戻れそうにないと……」
「そう……ですか」
和久井さんはとくに驚いた様子もなく、そのまま静かに腕時計に目をやった。
「待たせてもらっても大丈夫でしょうか」
「はい。和久井さんこそお時間大丈夫ですか?」
和久井さんにも時間の都合があるだろう。このあと違うアポがあるかもしれないし、うちの専務に振り回されるのは気の毒だ。
「ありがとう。大丈夫。このまま帰るわけにもいかないからね」
和久井さんは少し困ったような表情を見せつつも、営業マンとしてのメンタルは強靭みたいだ。そういうところも素敵だと思う。
「あそこ、少し借りていいですか?」
和久井さんが、ロビーの隅のついたてに囲まれたスペースを指さした。
ちょっとした打ち合わせなど、誰もが自由に使える場所だ。
私が「はい」と返事をすると、和久井さんはそのままツカツカと歩いて移動した。
「専務、アポ忘れてたの?」
美里が訝し気な顔で私に小声で聞いてきたので、彼女には正直に、専務はまだ会食中だと話した。
「わざとなんじゃない? アポの相手が和久井さんだとわかっててやったとしか思えない。すっぽかせば、和久井さんが諦めて帰ると思って」
「私もそんな気がする」
アポの相手が和久井さんではなく他のクライアントだったら……
専務は同じように、優雅に会食時間を延ばして帰社時間を遅らせただろうか。
そんなふうに考えると、自分の会社の専務が酷く嫌な人間だと自覚してしまった。
私はロビーの隅にあるコーヒーマシーンを使って紙コップにコーヒーをそそぎ、和久井さんの元へ運ぶ。
「どうぞ」
「ありがとう」
コーヒーを差し出すと、和久井さんは笑ってお礼を述べてくれた。
「すみません、当社の専務がご迷惑を……」
専務の傲慢な態度が申し訳なさすぎて、思わず頭を下げた。
同じ会社の人間として代わりに謝りたいのだけれど、どうしたらいいのかわからない。
「はは。もう専務の性格にも慣れたよ。はっきりと帰れって言われてないんだから待てばいい。仕事の話は……また聞いてもらえないかもしれないけどね」
鞄から書類を取り出してテーブルの上に広げている和久井さんを見ると、なんだか切ない気持ちになった。
なんとか専務に話を聞いてもらいたいと、こんなにも一生懸命なのに。いったいどうしたら専務はとりあってくれるのだろう。
「あの……余計なお世話かもしれないのですが」
少しでも和久井さんの役に立ちたくて、気がついたら私は思いついたことを話し始めてしまっていた。
「専務は最近、どら焼きが好きなんです!」
「……え?」
私の突拍子のない言葉に、和久井さんはわけがわからず、一瞬ポカンとした。
実は先日、専務がとあるお店のどら焼きを気に入っていると、社員食堂で秘書課の人たちが話しているのをたまたま聞いたのだ。
そこは私も知っているお店だったから、すぐにすんなりと頭にインプットされた。
「どら焼きです。しかもうぐいす餡の。なにか話のネタにでもなればといいんですが……」
仕事中にどら焼きの話なんて、あの専務が相手なのだから無理かもしれない。そう考えたら、私は浅はかなことを助言したと恥ずかしくなった。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~
けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。
私は密かに先生に「憧れ」ていた。
でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。
そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。
久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。
まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。
しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて…
ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆…
様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。
『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』
「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。
気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて…
ねえ、この出会いに何か意味はあるの?
本当に…「奇跡」なの?
それとも…
晴月グループ
LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長
晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳
×
LUNA BLUホテル東京ベイ
ウエディングプランナー
優木 里桜(ゆうき りお) 25歳
うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!
めーぷる
恋愛
見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。
秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。
呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――
地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。
ちょっとだけ三角関係もあるかも?
・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。
・毎日11時に投稿予定です。
・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。
・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。
月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜
白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳
yayoi
×
月城尊 29歳
takeru
母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司
彼は、母が持っていた指輪を探しているという。
指輪を巡る秘密を探し、
私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。
誘惑の延長線上、君を囲う。
桜井 響華
恋愛
私と貴方の間には
"恋"も"愛"も存在しない。
高校の同級生が上司となって
私の前に現れただけの話。
.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚
Иatural+ 企画開発部部長
日下部 郁弥(30)
×
転職したてのエリアマネージャー
佐藤 琴葉(30)
.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚
偶然にもバーカウンターで泥酔寸前の
貴方を見つけて…
高校時代の面影がない私は…
弱っていそうな貴方を誘惑した。
:
:
♡o。+..:*
:
「本当は大好きだった……」
───そんな気持ちを隠したままに
欲に溺れ、お互いの隙間を埋める。
【誘惑の延長線上、君を囲う。】
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる