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◇恋心③
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どうしよう……
電話を切ると同時に眉間にシワを寄せて考え込む私の様子に気づいて、「どうかした?」と和久井さんが目だけで問いかけた。
「申し訳ありません、専務は出先での所用が長引いておりまして、あと四十分から五十分はこちらに戻れそうにないと……」
「そう……ですか」
和久井さんはとくに驚いた様子もなく、そのまま静かに腕時計に目をやった。
「待たせてもらっても大丈夫でしょうか」
「はい。和久井さんこそお時間大丈夫ですか?」
和久井さんにも時間の都合があるだろう。このあと違うアポがあるかもしれないし、うちの専務に振り回されるのは気の毒だ。
「ありがとう。大丈夫。このまま帰るわけにもいかないからね」
和久井さんは少し困ったような表情を見せつつも、営業マンとしてのメンタルは強靭みたいだ。そういうところも素敵だと思う。
「あそこ、少し借りていいですか?」
和久井さんが、ロビーの隅のついたてに囲まれたスペースを指さした。
ちょっとした打ち合わせなど、誰もが自由に使える場所だ。
私が「はい」と返事をすると、和久井さんはそのままツカツカと歩いて移動した。
「専務、アポ忘れてたの?」
美里が訝し気な顔で私に小声で聞いてきたので、彼女には正直に、専務はまだ会食中だと話した。
「わざとなんじゃない? アポの相手が和久井さんだとわかっててやったとしか思えない。すっぽかせば、和久井さんが諦めて帰ると思って」
「私もそんな気がする」
アポの相手が和久井さんではなく他のクライアントだったら……
専務は同じように、優雅に会食時間を延ばして帰社時間を遅らせただろうか。
そんなふうに考えると、自分の会社の専務が酷く嫌な人間だと自覚してしまった。
私はロビーの隅にあるコーヒーマシーンを使って紙コップにコーヒーをそそぎ、和久井さんの元へ運ぶ。
「どうぞ」
「ありがとう」
コーヒーを差し出すと、和久井さんは笑ってお礼を述べてくれた。
「すみません、当社の専務がご迷惑を……」
専務の傲慢な態度が申し訳なさすぎて、思わず頭を下げた。
同じ会社の人間として代わりに謝りたいのだけれど、どうしたらいいのかわからない。
「はは。もう専務の性格にも慣れたよ。はっきりと帰れって言われてないんだから待てばいい。仕事の話は……また聞いてもらえないかもしれないけどね」
鞄から書類を取り出してテーブルの上に広げている和久井さんを見ると、なんだか切ない気持ちになった。
なんとか専務に話を聞いてもらいたいと、こんなにも一生懸命なのに。いったいどうしたら専務はとりあってくれるのだろう。
「あの……余計なお世話かもしれないのですが」
少しでも和久井さんの役に立ちたくて、気がついたら私は思いついたことを話し始めてしまっていた。
「専務は最近、どら焼きが好きなんです!」
「……え?」
私の突拍子のない言葉に、和久井さんはわけがわからず、一瞬ポカンとした。
実は先日、専務がとあるお店のどら焼きを気に入っていると、社員食堂で秘書課の人たちが話しているのをたまたま聞いたのだ。
そこは私も知っているお店だったから、すぐにすんなりと頭にインプットされた。
「どら焼きです。しかもうぐいす餡の。なにか話のネタにでもなればといいんですが……」
仕事中にどら焼きの話なんて、あの専務が相手なのだから無理かもしれない。そう考えたら、私は浅はかなことを助言したと恥ずかしくなった。
電話を切ると同時に眉間にシワを寄せて考え込む私の様子に気づいて、「どうかした?」と和久井さんが目だけで問いかけた。
「申し訳ありません、専務は出先での所用が長引いておりまして、あと四十分から五十分はこちらに戻れそうにないと……」
「そう……ですか」
和久井さんはとくに驚いた様子もなく、そのまま静かに腕時計に目をやった。
「待たせてもらっても大丈夫でしょうか」
「はい。和久井さんこそお時間大丈夫ですか?」
和久井さんにも時間の都合があるだろう。このあと違うアポがあるかもしれないし、うちの専務に振り回されるのは気の毒だ。
「ありがとう。大丈夫。このまま帰るわけにもいかないからね」
和久井さんは少し困ったような表情を見せつつも、営業マンとしてのメンタルは強靭みたいだ。そういうところも素敵だと思う。
「あそこ、少し借りていいですか?」
和久井さんが、ロビーの隅のついたてに囲まれたスペースを指さした。
ちょっとした打ち合わせなど、誰もが自由に使える場所だ。
私が「はい」と返事をすると、和久井さんはそのままツカツカと歩いて移動した。
「専務、アポ忘れてたの?」
美里が訝し気な顔で私に小声で聞いてきたので、彼女には正直に、専務はまだ会食中だと話した。
「わざとなんじゃない? アポの相手が和久井さんだとわかっててやったとしか思えない。すっぽかせば、和久井さんが諦めて帰ると思って」
「私もそんな気がする」
アポの相手が和久井さんではなく他のクライアントだったら……
専務は同じように、優雅に会食時間を延ばして帰社時間を遅らせただろうか。
そんなふうに考えると、自分の会社の専務が酷く嫌な人間だと自覚してしまった。
私はロビーの隅にあるコーヒーマシーンを使って紙コップにコーヒーをそそぎ、和久井さんの元へ運ぶ。
「どうぞ」
「ありがとう」
コーヒーを差し出すと、和久井さんは笑ってお礼を述べてくれた。
「すみません、当社の専務がご迷惑を……」
専務の傲慢な態度が申し訳なさすぎて、思わず頭を下げた。
同じ会社の人間として代わりに謝りたいのだけれど、どうしたらいいのかわからない。
「はは。もう専務の性格にも慣れたよ。はっきりと帰れって言われてないんだから待てばいい。仕事の話は……また聞いてもらえないかもしれないけどね」
鞄から書類を取り出してテーブルの上に広げている和久井さんを見ると、なんだか切ない気持ちになった。
なんとか専務に話を聞いてもらいたいと、こんなにも一生懸命なのに。いったいどうしたら専務はとりあってくれるのだろう。
「あの……余計なお世話かもしれないのですが」
少しでも和久井さんの役に立ちたくて、気がついたら私は思いついたことを話し始めてしまっていた。
「専務は最近、どら焼きが好きなんです!」
「……え?」
私の突拍子のない言葉に、和久井さんはわけがわからず、一瞬ポカンとした。
実は先日、専務がとあるお店のどら焼きを気に入っていると、社員食堂で秘書課の人たちが話しているのをたまたま聞いたのだ。
そこは私も知っているお店だったから、すぐにすんなりと頭にインプットされた。
「どら焼きです。しかもうぐいす餡の。なにか話のネタにでもなればといいんですが……」
仕事中にどら焼きの話なんて、あの専務が相手なのだから無理かもしれない。そう考えたら、私は浅はかなことを助言したと恥ずかしくなった。
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