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◇手に入れた陽だまり⑤
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「そのことなんだが……君にひとつ報告がある」
「……なんでしょう?」
もったいつけたようにそう言われ、私は自然と姿勢を正した。
「俺の名字が“日下”じゃなくなった」
「……はい?」
「元々の“樋口”に戻った。だから今後、俺を呼ぶときは“来人”って下の名前で呼んでくれ」
「意味が……わかりません」
冗談ではなく、本気で意味がわからない。樋口って誰だろう?
「離婚したんだ」
「え?!」
いきなり衝撃すぎる事実を告げられ、私は驚いて口があんぐりと開いたまま塞がらなくなった。
離婚?! 日下さんが奥さんと?
「いつです?!」
「君が腕を骨折する少し前」
私が骨折って……棚野さんにバイクで襲われた日?
それよりも少し前だというなら、あのときには既に離婚をしていたことになる。
「あ、あの……もしかして、私のせいですか?」
今、私が口にしたことは自惚れかもしれない。
だけど少しでも自分がその離婚事由に関係しているのだとしたら、やはり責任を感じるから。
「あぁ……いや……元々俺と別れた妻は普通の夫婦関係じゃなかったんだ」
二年前にどういう経緯で結婚することになったのか、日下さんは私に詳しく話して聞かせてくれた。
恩人であるサンシャインの現社長に頼まれ、義理の息子になりたいと思ったこと。
奥さんとは契約のような形で、ふたりで取り決めをした完全な仮面夫婦だったことを。
そこでようやく合点がいった。
彼は結婚を機に“日下”を名乗るようになったのだ。だから離婚した今は元の旧姓に戻ったらしい。
「俺にとって、心から信頼できて尊敬する人は日下一朗さんだけだった。あの人だけが俺の支えになってくれたから。その人が望むなら、全部言われた通りにしようと思った。ある意味俺の人生は青年期に一度死んでいるみたいなものだったし、どう生きるかなんてどうでもよかったんだ。たとえマリオネットみたいな人生でも不満はなかった」
「そんな……」
そんな寂しいことを言わないで、と口を挟みそうになった。
だけどこの人の抱える闇は、決して小さいものではない。
「だけど妻が……俺に誰か気になる女性ができたことに気づいた。もしも俺がコソコソと不倫をした上で別れてくれと言い出せば、絶対に離婚せずにいようと決めていたそうだ。だけど俺は別れたいとは言わなかった。君と身体の関係もない。父親に義理立てする忠犬みたいな俺を見てきた妻は、不憫だと思ったんだろう。最後にプレゼントだと言って差し出してきたんだ。……離婚届を」
「……」
「お互いにそろそろ成長しよう、と」
仮面夫婦でお互いに愛情はなかったと日下さんから説明を受けたけれど。
奥さんは、少しは日下さんを好きだったのではないかと思う。
すれ違いの生活を送りながらも、日下さんの変化をすぐに察知したのだから。
本当に一切興味がない相手なら気づかないはずだ。
「義理のお父様のことはよかったんですか?」
彼がが唯一心から信頼し、尊敬している人だ。
日下一朗さんは娘婿として迎え入れてくれて、サンシャインの副社長にまでしてくれた恩人である。
その娘さんとの離婚となると、そちらの人間関係にも大きな亀裂が入りかねない。
「……なんでしょう?」
もったいつけたようにそう言われ、私は自然と姿勢を正した。
「俺の名字が“日下”じゃなくなった」
「……はい?」
「元々の“樋口”に戻った。だから今後、俺を呼ぶときは“来人”って下の名前で呼んでくれ」
「意味が……わかりません」
冗談ではなく、本気で意味がわからない。樋口って誰だろう?
「離婚したんだ」
「え?!」
いきなり衝撃すぎる事実を告げられ、私は驚いて口があんぐりと開いたまま塞がらなくなった。
離婚?! 日下さんが奥さんと?
「いつです?!」
「君が腕を骨折する少し前」
私が骨折って……棚野さんにバイクで襲われた日?
それよりも少し前だというなら、あのときには既に離婚をしていたことになる。
「あ、あの……もしかして、私のせいですか?」
今、私が口にしたことは自惚れかもしれない。
だけど少しでも自分がその離婚事由に関係しているのだとしたら、やはり責任を感じるから。
「あぁ……いや……元々俺と別れた妻は普通の夫婦関係じゃなかったんだ」
二年前にどういう経緯で結婚することになったのか、日下さんは私に詳しく話して聞かせてくれた。
恩人であるサンシャインの現社長に頼まれ、義理の息子になりたいと思ったこと。
奥さんとは契約のような形で、ふたりで取り決めをした完全な仮面夫婦だったことを。
そこでようやく合点がいった。
彼は結婚を機に“日下”を名乗るようになったのだ。だから離婚した今は元の旧姓に戻ったらしい。
「俺にとって、心から信頼できて尊敬する人は日下一朗さんだけだった。あの人だけが俺の支えになってくれたから。その人が望むなら、全部言われた通りにしようと思った。ある意味俺の人生は青年期に一度死んでいるみたいなものだったし、どう生きるかなんてどうでもよかったんだ。たとえマリオネットみたいな人生でも不満はなかった」
「そんな……」
そんな寂しいことを言わないで、と口を挟みそうになった。
だけどこの人の抱える闇は、決して小さいものではない。
「だけど妻が……俺に誰か気になる女性ができたことに気づいた。もしも俺がコソコソと不倫をした上で別れてくれと言い出せば、絶対に離婚せずにいようと決めていたそうだ。だけど俺は別れたいとは言わなかった。君と身体の関係もない。父親に義理立てする忠犬みたいな俺を見てきた妻は、不憫だと思ったんだろう。最後にプレゼントだと言って差し出してきたんだ。……離婚届を」
「……」
「お互いにそろそろ成長しよう、と」
仮面夫婦でお互いに愛情はなかったと日下さんから説明を受けたけれど。
奥さんは、少しは日下さんを好きだったのではないかと思う。
すれ違いの生活を送りながらも、日下さんの変化をすぐに察知したのだから。
本当に一切興味がない相手なら気づかないはずだ。
「義理のお父様のことはよかったんですか?」
彼がが唯一心から信頼し、尊敬している人だ。
日下一朗さんは娘婿として迎え入れてくれて、サンシャインの副社長にまでしてくれた恩人である。
その娘さんとの離婚となると、そちらの人間関係にも大きな亀裂が入りかねない。
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