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◇手に入れた陽だまり②
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「これ……甘いな。ブラックにすればよかったか」
日下さんはカップをじっと眺めながら独り言のようにつぶやいた。
キャラメルマキアートもカフェモカも、どちらも女性好みだと思う。
きっと私がよろこびそうなものをふたつ買ってきてくれたのだろう。
「日下さんは、普段はコーヒー派なんですか?」
「そうだな。仕事柄コーヒーが多い。紅茶も飲むけど」
彼のようなイケメンが優雅に紅茶を飲んでる姿も似合いすぎるほど似合うと思う。
まるでおとぎ話に出てくる貴公子みたいだ。
そんなことを頭で考えていると、ふと日下さんと目が合った。
「コーヒーもそうだけど紅茶も奥が深い。茶葉の種類もたくさんあるしグレードもある。淹れ方によっても味が変わる」
「紅茶、お詳しいんですね」
「実は……昔飲んだロイヤルミルクティーが忘れられなくてね」
―― ロイヤルミルクティー
私もそうだ。
十年前、あのレトロなカフェで飲んだロイヤルミルクティーが忘れられない。とても温かくてやさしい味がした。
……いや、忘れられないのはロイヤルミルクティーではなく、あの日に出会った彼のことだ。
「レトロなカフェだったんだけど、そこのロイヤルミルクティーはうまかったんだよ。じいさんのマスターが淹れてたんだけど」
「……」
「十年前に飲んだきりだ。そこのカフェ、閉店したから二度と同じものは飲めない」
「あ、あの……そこって……」
もう閉店したって……
まさか日下さんが話しているのは私が思い浮かべている店と同じ場所?
「落ち着くカフェだったんだよな。俺のギスギスした心を癒してくれるような場所でさ。いつもひとりでそこに通ってた」
「……」
「一度だけ……女の子と一緒にロイヤルミルクティーを飲んだことがあったな。肌寒い四月の雨の日に」
頭が真っ白になった。
十年前、落ち着くカフェ、ロイヤルミルクティー、肌寒い四月の雨の日……
私の中の綺麗な思い出がよみがえり、すべての記憶が一致する。
「すごくかわいい子でね。聞いたらまだ高校生だった。突然の雨で傘を持っていなくて、カフェの軒先で雨宿りしてたんだ」
「……」
「頭にちょこんとタオルハンカチを乗っけててさ」
「!……日下さん……」
驚いて目を見開く私を前に、堪えきれずに日下さんが噴出すように笑った。
事件があった日にホテルに泊めてもらったとき、忘れられない人がいると日下さんに話した。
十年前にカフェで出会っただけの、名前も知らない男性がなぜか忘れられないのだと。
だからカフェの跡地に出来た今の雑貨店で働いているということも。
普通の感覚からしたらバカじゃないかと思われるような話を、あの夜に聞いてもらった。
だけど話したのは大まかな事柄だけで、私が頭にタオルハンカチを乗せて軒先に立っていたことまでは話していない。
だからそれを知っているのは……私と、あの日出会った彼だけのはず。
日下さんはカップをじっと眺めながら独り言のようにつぶやいた。
キャラメルマキアートもカフェモカも、どちらも女性好みだと思う。
きっと私がよろこびそうなものをふたつ買ってきてくれたのだろう。
「日下さんは、普段はコーヒー派なんですか?」
「そうだな。仕事柄コーヒーが多い。紅茶も飲むけど」
彼のようなイケメンが優雅に紅茶を飲んでる姿も似合いすぎるほど似合うと思う。
まるでおとぎ話に出てくる貴公子みたいだ。
そんなことを頭で考えていると、ふと日下さんと目が合った。
「コーヒーもそうだけど紅茶も奥が深い。茶葉の種類もたくさんあるしグレードもある。淹れ方によっても味が変わる」
「紅茶、お詳しいんですね」
「実は……昔飲んだロイヤルミルクティーが忘れられなくてね」
―― ロイヤルミルクティー
私もそうだ。
十年前、あのレトロなカフェで飲んだロイヤルミルクティーが忘れられない。とても温かくてやさしい味がした。
……いや、忘れられないのはロイヤルミルクティーではなく、あの日に出会った彼のことだ。
「レトロなカフェだったんだけど、そこのロイヤルミルクティーはうまかったんだよ。じいさんのマスターが淹れてたんだけど」
「……」
「十年前に飲んだきりだ。そこのカフェ、閉店したから二度と同じものは飲めない」
「あ、あの……そこって……」
もう閉店したって……
まさか日下さんが話しているのは私が思い浮かべている店と同じ場所?
「落ち着くカフェだったんだよな。俺のギスギスした心を癒してくれるような場所でさ。いつもひとりでそこに通ってた」
「……」
「一度だけ……女の子と一緒にロイヤルミルクティーを飲んだことがあったな。肌寒い四月の雨の日に」
頭が真っ白になった。
十年前、落ち着くカフェ、ロイヤルミルクティー、肌寒い四月の雨の日……
私の中の綺麗な思い出がよみがえり、すべての記憶が一致する。
「すごくかわいい子でね。聞いたらまだ高校生だった。突然の雨で傘を持っていなくて、カフェの軒先で雨宿りしてたんだ」
「……」
「頭にちょこんとタオルハンカチを乗っけててさ」
「!……日下さん……」
驚いて目を見開く私を前に、堪えきれずに日下さんが噴出すように笑った。
事件があった日にホテルに泊めてもらったとき、忘れられない人がいると日下さんに話した。
十年前にカフェで出会っただけの、名前も知らない男性がなぜか忘れられないのだと。
だからカフェの跡地に出来た今の雑貨店で働いているということも。
普通の感覚からしたらバカじゃないかと思われるような話を、あの夜に聞いてもらった。
だけど話したのは大まかな事柄だけで、私が頭にタオルハンカチを乗せて軒先に立っていたことまでは話していない。
だからそれを知っているのは……私と、あの日出会った彼だけのはず。
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