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◇手に入れた陽だまり①
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***
それから一ヶ月ほどが過ぎた。
季節は進み、そろそろ梅雨にさしかかろうとしている蒸し暑い時期を迎える。
「腕の怪我が治っていないのに引越しを強行するとは。君はなかなかの無茶をするな」
「えへへ。そんなに無茶ですかね?」
日下さんが探してくれた新しいマンションは、無事に審査が降りて鍵をもらえた。
ストーカー騒動は棚野さんが逮捕されて一件落着したけれど、どのみち新しく契約したマンションに住もうと決めていたので、アパートの大家さんにも引っ越しをすると伝えた。
問題は私の腕の怪我だ。利き手である右腕を骨折している。
ギプスをしていて日常生活にも支障が出ているというのに、退去の日が迫っていたこともあって、新しいマンションに荷物を運ぶという暴挙に出た。
独り暮らしだから比較的運ぶ物は少ない。
だけどひとりで準備をするのは到底無理だ。
樹里と萌奈ちゃんに荷造りを手伝ってもらい、引越し業者と日取りを決めて荷物を移動させた。
新しいマンションの中は、まだダンボールだらけで荷解きがまったくできていない状態だ。
私の腕が治るまでのあいだ、樹里は自分のマンションに居候していればいいと言ってくれているけれど。
さすがにずっとお世話になるわけにもいかない。
ベッドやテレビ、テーブルなどの大型家具や家電は引っ越し業者に運んでもらって設置は完了している。
なのであとは細々したものを整理するだけだ。
寝られる状態にさえ整えれば、ダンボールに囲まれながらでも新しいマンションで暮らせるだろう。
そう思い、仕事から帰って少しずつダンボールの中身と格闘していたら、日下さんから電話がかかってきたのだ。
そして、引っ越したことを告げるといきなり訪ねて来られた。
戸惑ったものの追い返すわけにもいかず、部屋にあがってもらうことにした。
ダンボールでいっぱいだし、混沌としているけれど仕方ない。
「すみません。お茶を淹れたいところなんですが……まだキッチン周りのものはダンボールから出せていないんですよ」
「怪我人にお茶なんて淹れさせられないだろ? だから途中で買ってきたよ。キャラメルマキアートとカフェモカ、どっちがいい?」
リビングの真ん中にとりあえず設置してあるテーブルにあぐらをかいて座り、日下さんは手にしていた袋から冷たいコーヒーをふたつそこに置いた。
世界的に有名なコーヒーチェーン店のロゴが入ってる。これ、おいしいやつだ。
「キャラメルマキアートがいいです」
思わず顔が綻んだ。ここのコーヒーを口にするのは久しぶりだ。
「これを飲んで休憩したら、俺も片づけを手伝う」
「え?! い、いいですよ、そんな!」
驚いて首をブンブンと横に振った。整理しているうちに恥ずかしいものが出てくる可能性がある。
樹里や萌奈ちゃんにはなにを見られても構わないが、日下さんは別だ。
「その腕の骨折は俺に責任がある」
「いや、そんなことないですよ。それにもう痛くもなんともないですし、もうすぐギブスも取れますから。気にしないでください」
「気にするだろう。君は女の子だから。怪我をするなら俺がすればよかったんだ。俺はずっと……いつ死んでもかまわないと思っていたのに」
いつ死んでもかまわない?
投げやりとも取れる言葉を言う日下さんの表情は、いつも通りポーカーフェイスだ。
なぜそんな悲観的なことを口にしたのか、真意はまったく読み取れない。
「日下さんに死なれたら、私は困ります」
「……そうか」
私の言葉でフッと表情を緩め、日下さんがカフェモカに口を付けた。
それから一ヶ月ほどが過ぎた。
季節は進み、そろそろ梅雨にさしかかろうとしている蒸し暑い時期を迎える。
「腕の怪我が治っていないのに引越しを強行するとは。君はなかなかの無茶をするな」
「えへへ。そんなに無茶ですかね?」
日下さんが探してくれた新しいマンションは、無事に審査が降りて鍵をもらえた。
ストーカー騒動は棚野さんが逮捕されて一件落着したけれど、どのみち新しく契約したマンションに住もうと決めていたので、アパートの大家さんにも引っ越しをすると伝えた。
問題は私の腕の怪我だ。利き手である右腕を骨折している。
ギプスをしていて日常生活にも支障が出ているというのに、退去の日が迫っていたこともあって、新しいマンションに荷物を運ぶという暴挙に出た。
独り暮らしだから比較的運ぶ物は少ない。
だけどひとりで準備をするのは到底無理だ。
樹里と萌奈ちゃんに荷造りを手伝ってもらい、引越し業者と日取りを決めて荷物を移動させた。
新しいマンションの中は、まだダンボールだらけで荷解きがまったくできていない状態だ。
私の腕が治るまでのあいだ、樹里は自分のマンションに居候していればいいと言ってくれているけれど。
さすがにずっとお世話になるわけにもいかない。
ベッドやテレビ、テーブルなどの大型家具や家電は引っ越し業者に運んでもらって設置は完了している。
なのであとは細々したものを整理するだけだ。
寝られる状態にさえ整えれば、ダンボールに囲まれながらでも新しいマンションで暮らせるだろう。
そう思い、仕事から帰って少しずつダンボールの中身と格闘していたら、日下さんから電話がかかってきたのだ。
そして、引っ越したことを告げるといきなり訪ねて来られた。
戸惑ったものの追い返すわけにもいかず、部屋にあがってもらうことにした。
ダンボールでいっぱいだし、混沌としているけれど仕方ない。
「すみません。お茶を淹れたいところなんですが……まだキッチン周りのものはダンボールから出せていないんですよ」
「怪我人にお茶なんて淹れさせられないだろ? だから途中で買ってきたよ。キャラメルマキアートとカフェモカ、どっちがいい?」
リビングの真ん中にとりあえず設置してあるテーブルにあぐらをかいて座り、日下さんは手にしていた袋から冷たいコーヒーをふたつそこに置いた。
世界的に有名なコーヒーチェーン店のロゴが入ってる。これ、おいしいやつだ。
「キャラメルマキアートがいいです」
思わず顔が綻んだ。ここのコーヒーを口にするのは久しぶりだ。
「これを飲んで休憩したら、俺も片づけを手伝う」
「え?! い、いいですよ、そんな!」
驚いて首をブンブンと横に振った。整理しているうちに恥ずかしいものが出てくる可能性がある。
樹里や萌奈ちゃんにはなにを見られても構わないが、日下さんは別だ。
「その腕の骨折は俺に責任がある」
「いや、そんなことないですよ。それにもう痛くもなんともないですし、もうすぐギブスも取れますから。気にしないでください」
「気にするだろう。君は女の子だから。怪我をするなら俺がすればよかったんだ。俺はずっと……いつ死んでもかまわないと思っていたのに」
いつ死んでもかまわない?
投げやりとも取れる言葉を言う日下さんの表情は、いつも通りポーカーフェイスだ。
なぜそんな悲観的なことを口にしたのか、真意はまったく読み取れない。
「日下さんに死なれたら、私は困ります」
「……そうか」
私の言葉でフッと表情を緩め、日下さんがカフェモカに口を付けた。
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