上 下
61 / 72

◇守りたい⑤

しおりを挟む
「お前、どこの誰だ? なぜ俺を狙う?」

 馬乗りになって胸倉を掴んだ状態で相手を睨んでいたけれど、日下さんが私に気づいてとりあえず手を緩めた。

「歩いて大丈夫なのか?!
「日下さん、警察に電話しましょう」
「ああ。それと救急車も呼ぶ。あまり動かずに救急車が来るまで大人しく座ってろ」

 馬乗りの体制は崩さず、日下さんはスマホですみやかに警察と救急に電話をしてくれた。

 この前は私が襲われ、今度は日下さんが狙われた?
 これはいったいなんなのだろう?
 不運が重なったのだと思わざるをえないけれど、ここまでくると偶然とは思えない。

 なにげなくふと犯人の顔が目に止まった。
 日下さんの下で苦渋の表情を浮かべている、先ほど私をバイクで跳ね飛ばした男だ。

 その顔を見た瞬間、唖然としながらも再び一気に血の気が引いた。
 だけどどうしても確認をしたくて……その男に近づいていく。

「ど……どうして……?」
「は、ははは。やぁ、ひなたちゃん」
「なんで……棚野さんがこんなことを?」

 私はその場にヘナヘナとへたり込み、とめどなく涙をこぼした。

 ―― その人物は、棚野さんだった。

「君の知り合いなのか?」

 日下さんが驚いた顔をして私に尋ねた。それにはボロボロと泣きながらもコクリとうなずく。

「会社の……元同僚です」

 私は彼をよく知っている。
 入社したてのころから私の面倒をよくみてくれていた親切な先輩で、半年前まで一緒に働いていた元同僚なのだから。

 私に好意を示してくれて、時折一緒に食事に行ったりしていた人だ。
 彼はいつもやさしくて穏やかで、口の悪い先輩の窪田さんとは正反対だった。
 そんな物静かな性格の棚野さんがこんなことをするなんて。
 目の前で起こっていることが今でもまだ信じられない。

「ふっ、ふははははは」

 失望、幻滅、悲しみ……そんな気持ちが胸をしめつけ、愕然としているところへ笑い声が聞こえてきた。
 地べたに寝そべったまま棚野さんが不気味に笑っている。

「ひなたちゃん、ごめんね。君に怪我をさせるつもりはなかったんだ。俺はどうしてもこの男が許せなくてね。痛い思いをさせてやろうと思っただけだったのに」
「……」
「ひなたちゃんがいけないんだよ。この男をかばうから」

 なにを言っているのだろう。だいたい、彼は日下さんと面識がないはず。
 雑誌やネットの情報で、棚野さんが一方的に認知していただけだと思う。
 日下さんは棚野さんのことをまったく知らないから、どこの誰だ?と聞いていた。
 日下さんからすれば、見ず知らずの人間に許せないなどと恨みをかわれてこんな目に合うなんて本当に災難だ。

「そうだよ。全部ひなたちゃんが悪い。俺と付き合えないのはこの男と関係ない、もう会わないって言ってたじゃないか。だけど実際はこうして会い続けてる。ウソばっかりだ。俺をコケにしやがって」
「……棚野さん……」

 その言葉を聞き、とめどなく涙があふれて頬を伝った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

タイプではありませんが

雪本 風香
恋愛
彼氏に振られたばかりの山下楓に告白してきた男性は同期の星野だった。 顔もいい、性格もいい星野。 だけど楓は断る。 「タイプじゃない」と。 「タイプじゃないかもしれんけどさ。少しだけ俺のことをみてよ。……な、頼むよ」 懇願する星野に、楓はしぶしぶ付き合うことにしたのだ。 星野の3カ月間の恋愛アピールに。 好きよ、好きよと言われる男性に少しずつ心を動かされる女の子の焦れったい恋愛の話です。 ※体の関係は10章以降になります。 ※ムーンライトノベルズ様、エブリスタ様にも投稿しています。

溺愛婚〜スパダリな彼との甘い夫婦生活〜

鳴宮鶉子
恋愛
頭脳明晰で才徳兼備な眉目秀麗な彼から告白されスピード結婚します。彼を狙ってた子達から嫌がらせされても助けてくれる彼が好き

お酒の席でナンパした相手がまさかの婚約者でした 〜政略結婚のはずだけど、めちゃくちゃ溺愛されてます〜

Adria
恋愛
イタリアに留学し、そのまま就職して楽しい生活を送っていた私は、父からの婚約者を紹介するから帰国しろという言葉を無視し、友人と楽しくお酒を飲んでいた。けれど、そのお酒の場で出会った人はその婚約者で――しかも私を初恋だと言う。 結婚する気のない私と、私を好きすぎて追いかけてきたストーカー気味な彼。 ひょんなことから一緒にイタリアの各地を巡りながら、彼は私が幼少期から抱えていたものを解決してくれた。 気がついた時にはかけがえのない人になっていて―― 表紙絵/灰田様 《エブリスタとムーンにも投稿しています》

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

不倫され妻の復讐は溺愛 冷徹なあなたに溺れて幸せになります

雫石 しま
恋愛
夫と姑から冷遇され、愛人に振り回される木古内果林(25歳)のシンデレラをモチーフにしたハッピーエンディング物語。 <お題> *サレ妻 *嫁いびり *溺愛 *ざまー要素

処理中です...