【完結】MIRACLE 雨の日の陽だまり~副社長との運命の再会~

夏目若葉

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◆無感情、その理由⑤

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***

 本社での重要な会議が重なり、この日の俺は疲れていた。
 仕事を終えてぐったりしながら家に帰ると、リビングから灯りが漏れている。

「おかえりなさい。あなたも飲む?」

 脚を組んでソファーに座り、凛々子が赤ワインをたしなんでいた。リビングにいるのは珍しい。

「疲れてるから休む」
「……最近、忙しそうだものね。プライベートでも」

 ソファーの前のテーブルには、あらかじめグラスがふたつ置いてあった。
 もうひとつの空いてるほうのグラスに凛々子が赤い液体をトポトポと注いでいく。
 今の嫌味な物言いと、赤ワインを勧めるその行動で、俺になにか言いたいことがあるのだと察した。
 早くシャワーを浴びて眠りにつきたいのに。
 そう思いながらも疲れた重い身体を動かして凛々子の目の前に座る。

「この家を出るつもりなの?」

 差し出された赤い液体に口を付けたところで、不意に凛々子がわけのわからないことを尋ねてきた。

「なんの話だ?」
「あなたがね、仕事の合間を見つけてはマンション探しをしてるって。会社にはわざわざ私の耳に入れてくる人がいるのよね」

 あきれた。下世話な噂好きもいるもんだ。
 人のプライベートを詮索してなにが楽しいのかと悪態をつきたくなる。

 俺がマンションの物件を探しているのは事実だ。
 梅宮ひなたが自宅アパート近辺で暴漢に襲われた。犯人は未だに逃げたまま逮捕されていない。

 あのとき彼女は悲痛な声で俺に電話してきた。その瞬間、俺は激しく動揺した。
 あんなに心を揺さぶられたのはいつぶりだろうか、と思うくらいにあせった。
 しばらくホテルに泊めようとしたのに、あのアパートに戻ると言いだす始末だ。強姦未遂があったんだぞ? そんな危険な場所に帰せるわけがない。
 幸い本人も引越しの意思があるようだったから、勤務先の近くでセキュリティーもしっかりしていて、なおかつ彼女が払っていけそうな家賃のマンション物件を探していただけだ。
 新居が決まるまで、しばらく友人のところに泊まると言っていたが、とにかく急を要する。

「女と暮らすの? この前見たあの子と」

 グラスをかたむけ、凛々子が突拍子もないことをサラリと言う。
 まるで梅宮ひなたと俺がデキていると確信しているかのような言い方だ。

「それとも、マンションを買ってあげるわけ?」
「そんなわけないだろ。愛人じゃあるまいし」

 マンションを買って女を囲う趣味など俺にはない。

「あの子が新しい住み家を探してるのは事実だ。……ちょっと事情があって、急に引っ越さなきゃいけなくなった。だけど俺と住むわけじゃない。彼女とはそういう関係じゃないんだ。どうしてそうなる」

 探している物件はもちろん賃貸で単身用だ。
 俺がマンションを探している、という情報だけしか耳に入っていないのだろう。
 凛々子は俺の言葉を聞き、ふぅ~ん、と軽く相槌を打った。

「私、……別れないわよ?」

 今の話の流れで、なぜそういう言葉が出てくるのか。まったく理解できない。

「別れてくれとは言ってないだろう」

 静かに俺がそう言葉を返すと、凛々子がフンッと鼻で笑った。

「別れられないわよねぇ。私と離婚するって言ったらパパが悲しむってわかってるから」
「……それは……」
「あなたはね、私とは別れられてもパパとは別れられないのよ。私よりもパパのことが大事でしょう?」

 凛々子の表情を見る限り冷静だ。だけど内心は幾分激高しているのだろう。
 早口でとうとうと言い募ったのがその証拠で、喉元が赤くなったのも酒のせいではないはず。

「気持ち悪いわ」
「……?」
「あなたとパパよ。実の親子以上に蜜月で。気持ち悪い」

 そんなふうに思っていたのか。
 それは実の娘だから感じるある種の嫉妬か、それとも周りから見れば誰でもそう感じるのだろうか。

「だけど、あなたには悪いことをしたと思ってるの」
「なにが?」
「私もワガママだけどパパもワガママよね。あなたの気持ちを無視して私と結婚させたんだから。私だって契約のような形であなたと結婚した。考えてみたら私もパパもあなたをバカにしてるわ」

 今更二年前のことを持ち出されても困る。
 俺はバカにされたなどと思ってはいないのに。
 頼まれたのもあるが、結婚は俺自身が決めたことだ。
 俺は自分の人生に望みなどないから。
 義父の恩に報いながら静かに生きる。ただそれだけでいい。

「だから、これはささやかなお詫びというか私からのプレゼントよ。普段絶対に笑わないあなたの笑顔が見たくなったの」
「……え?」
「あなたに愛する人が出来たら、こうしようと前から決めてた」

 凛々子は極上の笑みを浮かべ、なに食わぬ顔で「乾杯しましょ?」とグラスを掲げた。
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