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◆無感情、その理由②
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それが小学校三年のときに俺に降りかかった不幸だ。
たいしたことではないのかもしれない。親が離婚するなんてよくある話だろう。
ただ、両親の不仲を俺はまったく知らなかったから。
いきなりさよならも告げずに母親にいなくなられたことは、子供心にショックだった。
母からすると、あのシュークリームが別れのメッセージのつもりだったのだ。
最後に俺の好きなものを作って。
あのころは子供だったから、なぜシュークリームを置いていったのかわからなかったけれど。
今となっては、そういう意味が込められていたのだと理解できる。
ひとりで出て行ってごめんねと、母は少しでも俺に対してそう思ってくれただろうか。
それともそんなことは微塵も思わず、俺は捨てられたのだろうか。
それから父子ふたりの生活が始まったのだが、父は徐々に酒を飲む量が増えていった。
夜中に帰ってきたと思ったら、父のスーツから女の香水の匂いがプンプンしていることもあった。
おそらく、キャバクラのような夜の店に出入りしていたのだろうと想像がつく。
酒になんて溺れてほしくなかった。
それもこれも、出て行った母親のせいだ。
ずっとそう思っていたが、原因はそれだけではないとわかった。
父は小さな会社を経営していたが、ここ数年ずっと経営難だったらしい。
俺がそれを聞かされたのは、中学生のころだ。
両親の不仲の一因は、それもあるのかと勘ぐったりしたのだが……
『母さんにはほかに好きな人がいたんだ』
母親が出て行って四年ほど経ったころに、突然そんな真実を告げられた。
俺と父が嫌になって、限界が来て出て行ったのかと思っていたけれど。
……そうではなかった。ただ、違う男を選んだだけだった。
家族を捨ててでも、その男を選びたかったのか。
そう考えたら、ものすごく自分勝手な行動に思えた。
なにも告げずに突然消えて、子供の心が傷つかないとでも?
俺を一緒に連れて行こうなんて、どうせ微塵も思わなかったんだろう?
子供ながらも、なるべく父に負担をかけないようにと心がけていた俺だったが、このころから変わり始めた。
女の香水の匂いを纏い、酔って帰って来る父を見ていると、いい子でいる気持ちが失せてきてしまった。
父も母も、自分優先で好き勝手をしているのだ。
なぜ俺ばかり気を使って生きなくてはいけないのか。……バカバカしい。やってられるか。
それから俺はだんだんと夜遊びするようになり、家に帰らない日もあった。
自暴自棄になり、学校の成績も一気に落ちた。それでも父は俺になにも言ってこない。
見放された。放置された。
結局父も俺のことはどうでもいいのかと思うと、夜遊びすることに罪悪感を抱かなくなった。
このころから、よろこびも悲しみも怒りも……ありとあらゆる感情が自分の中からどんどん消滅していった。
自分の周りでどんなことが起こってもなにも感じない。
眉ひとつ微動だにしない……そんな人格が形成されていく。
なにもかもがどうでもいい自堕落な生活を送りながらも、一応高校には合格したから通った。
そんな高校二年の秋のある日。
突然、――― 父親が死んだ。
仕事中に脳梗塞で倒れたそうだ。
病院に運ばれたが、息を吹き返すことはなくそのまま荼毘に付された。
父がやっていた経営難の会社は畳むことになったが、残った借金は保険金でなんとかなった。
命と引き換えに借金がチャラ。
父のあっけない最期と共に、そんな不条理なことが頭に浮かんだ。
実の父親が死んだというのに、俺はどこまでも感情が欠落している。
たいしたことではないのかもしれない。親が離婚するなんてよくある話だろう。
ただ、両親の不仲を俺はまったく知らなかったから。
いきなりさよならも告げずに母親にいなくなられたことは、子供心にショックだった。
母からすると、あのシュークリームが別れのメッセージのつもりだったのだ。
最後に俺の好きなものを作って。
あのころは子供だったから、なぜシュークリームを置いていったのかわからなかったけれど。
今となっては、そういう意味が込められていたのだと理解できる。
ひとりで出て行ってごめんねと、母は少しでも俺に対してそう思ってくれただろうか。
それともそんなことは微塵も思わず、俺は捨てられたのだろうか。
それから父子ふたりの生活が始まったのだが、父は徐々に酒を飲む量が増えていった。
夜中に帰ってきたと思ったら、父のスーツから女の香水の匂いがプンプンしていることもあった。
おそらく、キャバクラのような夜の店に出入りしていたのだろうと想像がつく。
酒になんて溺れてほしくなかった。
それもこれも、出て行った母親のせいだ。
ずっとそう思っていたが、原因はそれだけではないとわかった。
父は小さな会社を経営していたが、ここ数年ずっと経営難だったらしい。
俺がそれを聞かされたのは、中学生のころだ。
両親の不仲の一因は、それもあるのかと勘ぐったりしたのだが……
『母さんにはほかに好きな人がいたんだ』
母親が出て行って四年ほど経ったころに、突然そんな真実を告げられた。
俺と父が嫌になって、限界が来て出て行ったのかと思っていたけれど。
……そうではなかった。ただ、違う男を選んだだけだった。
家族を捨ててでも、その男を選びたかったのか。
そう考えたら、ものすごく自分勝手な行動に思えた。
なにも告げずに突然消えて、子供の心が傷つかないとでも?
俺を一緒に連れて行こうなんて、どうせ微塵も思わなかったんだろう?
子供ながらも、なるべく父に負担をかけないようにと心がけていた俺だったが、このころから変わり始めた。
女の香水の匂いを纏い、酔って帰って来る父を見ていると、いい子でいる気持ちが失せてきてしまった。
父も母も、自分優先で好き勝手をしているのだ。
なぜ俺ばかり気を使って生きなくてはいけないのか。……バカバカしい。やってられるか。
それから俺はだんだんと夜遊びするようになり、家に帰らない日もあった。
自暴自棄になり、学校の成績も一気に落ちた。それでも父は俺になにも言ってこない。
見放された。放置された。
結局父も俺のことはどうでもいいのかと思うと、夜遊びすることに罪悪感を抱かなくなった。
このころから、よろこびも悲しみも怒りも……ありとあらゆる感情が自分の中からどんどん消滅していった。
自分の周りでどんなことが起こってもなにも感じない。
眉ひとつ微動だにしない……そんな人格が形成されていく。
なにもかもがどうでもいい自堕落な生活を送りながらも、一応高校には合格したから通った。
そんな高校二年の秋のある日。
突然、――― 父親が死んだ。
仕事中に脳梗塞で倒れたそうだ。
病院に運ばれたが、息を吹き返すことはなくそのまま荼毘に付された。
父がやっていた経営難の会社は畳むことになったが、残った借金は保険金でなんとかなった。
命と引き換えに借金がチャラ。
父のあっけない最期と共に、そんな不条理なことが頭に浮かんだ。
実の父親が死んだというのに、俺はどこまでも感情が欠落している。
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