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◇ストーカー被害④
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***
「ごめんね、ひなたちゃん。会社を出ようと思ったら同僚に呼び止められちゃってさ」
私は翌日、早番の仕事を終えると同時に『今日会えないですか?』と棚野さんに電話をかけた。
待ち合わせ場所に指定したのは、職場の最寄り駅にある小さなコーヒーショップだ。
そこへ棚野さんは約束した時間より十分ほど遅れてやってきた。
「すみません、こちらこそ突然電話してしまって」
「いいんだよ。ひなたちゃんから電話もらえてうれしいんだから」
きっと私が呼び出したせいで、急いで仕事を終えて来てくれたのだろう。
そう思うと途端に申し訳なくなってくる。
お互い仕事終わりに会うのだから、いつもなら一緒に食事に行こうかという流れになるところだが。
このあとしようとしている話の内容を考えたら、それもどうかと思うので言うのをやめた。
一緒に食事を楽しんでいる場合ではない。
この小さなコーヒーショップで話し終えて帰るほうがいい。
「どうしたの。なんか……いつもと違って元気ないね」
そんな私の小さな変化に気づいてくれる棚野さんを目の前にすると、決めてきたはずの覚悟がどこかへ飛んでいきそうになる。
だけど自分の膝の上に置いた両手をギュッと握って拳を作り、密かに気合いを入れなおした。
「こ、この前のお返事のことなんですが……」
私は今日、棚野さんに申し込まれた交際の返事をしようとして呼び出したのだ。
どうしようかと、ずっと迷ってはいたけれど。
やはり付き合えないという結論に至った。
私に真剣に気持ちを伝えてくれた人には、私も真摯に向き合って出した返事をきちんと返さなくてはいけない。
そんな思いから、緊張でカチコチになりながらなんとか言葉を紡いでいく。
すると反対に棚野さんはふわりとやさしく微笑んだ。苦笑いにも見えるけれど。
「そのことか。ていうか、どうやら俺の望む返事じゃなさそうだね」
「……え」
「違うの?」
先に言われてしまった。完全に考えを読まれているみたい。
私は顔に出しすぎなのだろうか。
「すみません。お付き合いは……できません」
座ったまま、目の前のテーブルに額がつきそうなくらい深く頭を下げた。
「俺のこと、嫌い?」
「いえ! 嫌いではないです」
嫌いだったら考える間もなく断っている。何度も一緒に食事したりしない。
棚野さんはやさしくて良い人だ。
一緒に働いてるころから職場で親切にしてもらった。
だからこそ、断るのは胸が痛む。
「嫌いじゃないなら、付き合ってくれないかな。とりあえずでいいんだ。好きじゃなくてもいい」
とりあえず? 好きじゃなくても?
それは、お友達から交際を……という意味だろうか。
「ひなたちゃんの言いたいことはわかるよ。俺のこと好きじゃないんだよね?」
「……」
断る理由までお見通しだった。今、棚野さんが言ったことがすべてだ。
ひとりの男性として私は棚野さんに好きという気持ちが持てない。
良い人だと思うけれど、恋愛感情がどうしても伴わない。だから、付き合えない。
「最初は好きじゃなくても構わないよ。今までみたいに仕事終わりに食事するだけでいい。俺を彼氏ってポジションに置いといてくれたら、そのうち好きになるかもしれないだろ?」
「ごめんね、ひなたちゃん。会社を出ようと思ったら同僚に呼び止められちゃってさ」
私は翌日、早番の仕事を終えると同時に『今日会えないですか?』と棚野さんに電話をかけた。
待ち合わせ場所に指定したのは、職場の最寄り駅にある小さなコーヒーショップだ。
そこへ棚野さんは約束した時間より十分ほど遅れてやってきた。
「すみません、こちらこそ突然電話してしまって」
「いいんだよ。ひなたちゃんから電話もらえてうれしいんだから」
きっと私が呼び出したせいで、急いで仕事を終えて来てくれたのだろう。
そう思うと途端に申し訳なくなってくる。
お互い仕事終わりに会うのだから、いつもなら一緒に食事に行こうかという流れになるところだが。
このあとしようとしている話の内容を考えたら、それもどうかと思うので言うのをやめた。
一緒に食事を楽しんでいる場合ではない。
この小さなコーヒーショップで話し終えて帰るほうがいい。
「どうしたの。なんか……いつもと違って元気ないね」
そんな私の小さな変化に気づいてくれる棚野さんを目の前にすると、決めてきたはずの覚悟がどこかへ飛んでいきそうになる。
だけど自分の膝の上に置いた両手をギュッと握って拳を作り、密かに気合いを入れなおした。
「こ、この前のお返事のことなんですが……」
私は今日、棚野さんに申し込まれた交際の返事をしようとして呼び出したのだ。
どうしようかと、ずっと迷ってはいたけれど。
やはり付き合えないという結論に至った。
私に真剣に気持ちを伝えてくれた人には、私も真摯に向き合って出した返事をきちんと返さなくてはいけない。
そんな思いから、緊張でカチコチになりながらなんとか言葉を紡いでいく。
すると反対に棚野さんはふわりとやさしく微笑んだ。苦笑いにも見えるけれど。
「そのことか。ていうか、どうやら俺の望む返事じゃなさそうだね」
「……え」
「違うの?」
先に言われてしまった。完全に考えを読まれているみたい。
私は顔に出しすぎなのだろうか。
「すみません。お付き合いは……できません」
座ったまま、目の前のテーブルに額がつきそうなくらい深く頭を下げた。
「俺のこと、嫌い?」
「いえ! 嫌いではないです」
嫌いだったら考える間もなく断っている。何度も一緒に食事したりしない。
棚野さんはやさしくて良い人だ。
一緒に働いてるころから職場で親切にしてもらった。
だからこそ、断るのは胸が痛む。
「嫌いじゃないなら、付き合ってくれないかな。とりあえずでいいんだ。好きじゃなくてもいい」
とりあえず? 好きじゃなくても?
それは、お友達から交際を……という意味だろうか。
「ひなたちゃんの言いたいことはわかるよ。俺のこと好きじゃないんだよね?」
「……」
断る理由までお見通しだった。今、棚野さんが言ったことがすべてだ。
ひとりの男性として私は棚野さんに好きという気持ちが持てない。
良い人だと思うけれど、恋愛感情がどうしても伴わない。だから、付き合えない。
「最初は好きじゃなくても構わないよ。今までみたいに仕事終わりに食事するだけでいい。俺を彼氏ってポジションに置いといてくれたら、そのうち好きになるかもしれないだろ?」
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