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◇ストーカー被害②
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「渡すものって、俺に?」
コーヒーの香りに魅了され、カップを手にして中身をひとくち口に含んだ途端ニヤニヤしてしまったけれど。
日下さんの言葉でカップをソーサーの上にコトリと戻した。そしてバッグの中から例のものを取り出す。
「あの、これ……」
あの日、ホテルの女性スタッフから渡された封筒をテーブルの上にそっと置く。
だけど日下さんは、見覚えがないと言わんばかりに首をひねるだけだった。
「それは?」
「この前返していただいたデザートバイキングの代金です」
私の言葉を聞いてその封筒の正体がわかると、納得したように日下さんがコクリとうなずく。
だけど彼は差し出した封筒を無言でズイッとこちら側へ押し戻してきた。
「返したものをまた持ってこなくてもいい」
「ダメですよ。ホテルのケーキ、すっごく美味しかったですし、お金を返してもらう理由がありませんから」
ブンブンと首を降りながら私は再びそれを日下さん側へと押し戻す。
するとその必死さがおかしかったのか、日下さんがフッと表情を緩めた。
「それはしまってくれ。モニターになったつもりで、デザートの感想を聞かせてくれたらそれでいい」
「いや、でも……」
「いいからしまえって」
絶対に自分は受け取らないという姿勢を見せる日下さんに、結局私は負けてしまう。
仕方がないから再び白い封筒を自分のバッグに戻した。
私はこのためにここに来たのに、なにを引き下がっているのかと自分でも思う。
完全に日下さんの目力と迫力に負けてしまった。私はこんなに気弱だっただろうか。
「どれがうまかった?」
心の内で自身を叱責していると、日下さんから問いかけられて、うつむいていた視線を上げた。
「……え?」
「だから、デザートバイキング。覚えてる範囲でいいから」
感想を聞かせてくれたらそれでいい、などというのは口実かと思っていた。
代金を受け取らない理由をなんでもいいから取り繕いたくて、そう言っただけなのかと。
だけど日下さんは私に問いかけつつ、再びタブレットを取り出した。
どうやら私の感想を聞いて本当にメモでもするようだ。
「一番はあれですよ! あの……輪切りのオレンジが乗ってたケーキです。スポンジにもオレンジピールがアクセントに入っていておいしかったです」
素直に一番印象に残っていたケーキの感想を口にする。
すると日下さんはそれを聞き、静かにうなずいた。
「あれね。うちのパティシエのイチオシだ。来月、あのホテルで三百人ほど集まるパーティーがあるんだが。あのケーキは人気が高いからそこにも出そうかと考えてる」
たしかにあれはとてもおいしかった。
シロップ漬けのオレンジも上品な甘さで、口に運べば柑橘の良い香りを残したままだったし、スポンジもしっとりしていてオレンジピールが爽やかだった。
ほかにもいろいろとスイーツはあったけれど、あれが私の中では断トツで一番だ。
「あのケーキならパーティに出せばよろこばれますよ!」
というより……
日下さんは先ほど、三百人集まるパーティーと言ったような気がする。
すごい規模だがなんのパーティだろう?
芸能人の誕生日? それとも政治家の集まり?
よくわからないけれど、さすがはサンシャインだ。
コーヒーの香りに魅了され、カップを手にして中身をひとくち口に含んだ途端ニヤニヤしてしまったけれど。
日下さんの言葉でカップをソーサーの上にコトリと戻した。そしてバッグの中から例のものを取り出す。
「あの、これ……」
あの日、ホテルの女性スタッフから渡された封筒をテーブルの上にそっと置く。
だけど日下さんは、見覚えがないと言わんばかりに首をひねるだけだった。
「それは?」
「この前返していただいたデザートバイキングの代金です」
私の言葉を聞いてその封筒の正体がわかると、納得したように日下さんがコクリとうなずく。
だけど彼は差し出した封筒を無言でズイッとこちら側へ押し戻してきた。
「返したものをまた持ってこなくてもいい」
「ダメですよ。ホテルのケーキ、すっごく美味しかったですし、お金を返してもらう理由がありませんから」
ブンブンと首を降りながら私は再びそれを日下さん側へと押し戻す。
するとその必死さがおかしかったのか、日下さんがフッと表情を緩めた。
「それはしまってくれ。モニターになったつもりで、デザートの感想を聞かせてくれたらそれでいい」
「いや、でも……」
「いいからしまえって」
絶対に自分は受け取らないという姿勢を見せる日下さんに、結局私は負けてしまう。
仕方がないから再び白い封筒を自分のバッグに戻した。
私はこのためにここに来たのに、なにを引き下がっているのかと自分でも思う。
完全に日下さんの目力と迫力に負けてしまった。私はこんなに気弱だっただろうか。
「どれがうまかった?」
心の内で自身を叱責していると、日下さんから問いかけられて、うつむいていた視線を上げた。
「……え?」
「だから、デザートバイキング。覚えてる範囲でいいから」
感想を聞かせてくれたらそれでいい、などというのは口実かと思っていた。
代金を受け取らない理由をなんでもいいから取り繕いたくて、そう言っただけなのかと。
だけど日下さんは私に問いかけつつ、再びタブレットを取り出した。
どうやら私の感想を聞いて本当にメモでもするようだ。
「一番はあれですよ! あの……輪切りのオレンジが乗ってたケーキです。スポンジにもオレンジピールがアクセントに入っていておいしかったです」
素直に一番印象に残っていたケーキの感想を口にする。
すると日下さんはそれを聞き、静かにうなずいた。
「あれね。うちのパティシエのイチオシだ。来月、あのホテルで三百人ほど集まるパーティーがあるんだが。あのケーキは人気が高いからそこにも出そうかと考えてる」
たしかにあれはとてもおいしかった。
シロップ漬けのオレンジも上品な甘さで、口に運べば柑橘の良い香りを残したままだったし、スポンジもしっとりしていてオレンジピールが爽やかだった。
ほかにもいろいろとスイーツはあったけれど、あれが私の中では断トツで一番だ。
「あのケーキならパーティに出せばよろこばれますよ!」
というより……
日下さんは先ほど、三百人集まるパーティーと言ったような気がする。
すごい規模だがなんのパーティだろう?
芸能人の誕生日? それとも政治家の集まり?
よくわからないけれど、さすがはサンシャインだ。
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