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◆結婚、その理由⑥

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 俺と凛々子は初対面からそんな感じだった。
 サバサバと腹の中を見せ合うような本音トークをした。
 結婚に関しては、凛々子が希望する条件をのめるのか否か、考えるべきはその一点だった。
 男と女としての愛情なんて、お互いカケラも望んでいない。

 俺も愛のある結婚なんて信じてはいないから、結婚は一生するつもりはなかったのだ。
 だってそうだろう。
 結婚なんて、ただ煩わしいだけだ。一生の足かせだ。
 なぜ面倒すぎる足かせを、自ら望んで一生付けなくてはいけないのか。
 そう思っていた俺だが……信用でき、かつ多大に世話になった人に真剣に頭を下げられて、その面倒極まりない結婚とやらをするハメになったのだ。
 だから、むしろ相手は誰でもいい。
 元々相手には興味などないのだから。
 逆に惚れられていないほうが干渉がなく、こちらも気が楽というものだ。

 それから程なくして俺たちは結婚し、凛々子との仮面夫婦生活が始まった。
 いざ始めてみると、実は意外と楽でまったく煩わしくない。ノンストレスだ。
 お互いに好きでも嫌いでもなく自然体で、干渉し合わない関係が逆にいいのだろう。

 仕事を終えて家に帰ると、事前に外で食べると連絡しない限り食事が用意されている。
 掃除は完璧で、家中どこもかしこもピカピカだ。
 自室には前日に洗濯物として出したものが、綺麗に畳まれて部屋の隅に置かれている。
 それはすべて家政婦の人がやってくれているのだが、もちろん文句のつけようがないほどの仕事ぶりだ。
 俺にとっては至れり尽くせり。

 逆に凛々子に家事をやらせたらこうはいかないはず。
 あのお嬢様はなにをしでかすかわからないだろう。
 そのほうがよほどストレスになるから、家事はやらないで正解だ。

 凛々子とはただ同居しているだけ。
 対外的には仲の良い夫婦を装うだけ。
 普段は互いになにをしようが自由だ。
 考えてみればこんな気楽な結婚はない。愛のない結婚もなかなかアリだ。
 そんなふうに思いながら、普通とは違う結婚生活も二年が過ぎて今に至る。


「ただの知り合い、って感じには思えなかったけど?」

 まだ梅宮ひなたのことが引っかかるのか。
 どうでもいいだろう。俺に感心などないくせに。

「本当にただの知り合いだ」

 互いに干渉はなしだと言ったのは、君のほうだろう。
 俺はなにも約束を破っていないはずだという思いがあるからか、些細なことを干渉されるとイラっとした。
 普通の夫婦はこんなことを毎日繰り返してるのかと思うとゾッとする。

「でも、あの子のこと気に入ってるでしょ? まだ抱いてないとしても」

 あっけらかんとそんなセリフを言う凛々子と、俺は静かに視線を合わせる。
 彼女は彼女で、なにかあって機嫌でも悪いのかと思ったが、どうやらそうでもないようだ。

「なぜそう思う?」
「だってあなた、今日笑ってたから」

 その指摘を受け、思わず訝しげに眉を寄せてしまった。

「笑ってた? 俺が?」
「そう。あの子と喋って笑ってたわ。無意識だった?」
「……」

 本当に笑っていたとしたならば完全に無意識だ。
 俺にはあの子との昼間の会話で笑った記憶などない。

「あなたも笑うのね」
「……?」
「私、あなたが笑うところを今日初めて見たわ。ま、怒るところも落胆するところも、どれもまだ見たことはないけどね」

 嫌味っぽくそう言うと、凛々子はゆっくりとソファーから立ち上がる。
 話しはもう終わり、ということだろう。
 凛々子が自室へ向かうため、リビングを出ようとドアのそばまで行ったとき、思い出したように俺のほうへ振り返った。

「あ、私ね、来週からロンドンに行くから」
「……先月はアメリカで、今度はロンドンか」

 今度は俺のほうが嫌味っぽくて嫌になる。
 凛々子は妻だが、どこへ行こうと外泊しようと文句などなにもないのに。
 どうしてそんな嫌味を言う必要があるのかと自身を叱り飛ばしたい。

「海外のアーティストの活動を見せてあげたいのよ。コージに」

 ……コージね。久々に聞く名だ。
 互いに干渉しない約束だから、凛々子もあえて自分から言いはしなかったが、今の言葉でまだ付き合っているのだと実感した。
 ずっと続いてるんだな。……金か愛かわからない繋がりで。

「別に文句を言ってるわけじゃない。干渉し合わない約束だからな」

 そうだ、好きにすればいい。
 海外だろうが国内だろうが、好きなところに行けばいい。
 俺たちは名ばかりの夫婦ではないか。

 という関係なだけであって、俺はそれにはなんの価値も感じていない。
 心から望んで結婚したわけではないのだから。
 互いに無干渉。これからもそれでいいんだ。
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