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◇分岐点のアラサー⑧
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樹里もはっきりと自分の行く道を決めたわけではないだろうけれど、私はそれ以上に中ぶらりんだ。
樹里のように仕事が大好きで心血を注いでるわけでもないし、だからといってどうしても結婚したいというそこまでの願望もない。
結婚に対して漠然とした憧れはある。
だけど、いつか自分も結婚できるだろうという根拠のない夢を描いているものの、具体的な人生設計は持てていない。
結婚も出産もして、仕事もバリバリと励めたらどんなにいいだろう。
そうなるのが理想だけれど、夢のまた夢だ。
「ねぇ、すごくカッコいい人の登場なんだけど」
あれは誰だろう?と樹里が指でちょんちょんと差し示した方角に首をかたむける。
視界に入ってきたその人物を見て、私は口をポカンと開けたまま即座に固まった。
「ひなた、イケメンを見て呆然としすぎじゃない?」
「え……」
「ていうか、こっちに来る!」
女性客でいっぱいのバイキング会場の中に、濃紺のスーツをビシッと着こなした長身の男性がひとり混ざっている。
少し癖のある黒髪、シャープな輪郭、キリリとした凛々しい眉。
あの端正な顔立ちを見間違うわけがない。日下さんだ。
彼は私と目が合った瞬間、迷うことなくこちらへ足早にやって来た。
「こんなところで君に会うとは」
「こ、こんにちは」
私たちがいるテーブル席のそばまで来た日下さんに、ペコリと会釈をして微笑んだ。
会うのは、彼の誕生日に食事をした以来だ。
やはり彼はいつ見ても“眉目秀麗”という言葉がとても似合っていて、ぼうっと見惚れそうになる。
「お仕事、ですか?」
「このトロピカルデザートバイキングは期間限定でね。先週からやり始めたんだけど、集客の様子を見て回ってるんだ」
「そうでしたか」
「来るなら先に連絡くれたらよかったのに。なんのために名刺を渡しておいたんだよ」
そう言われても困る。
私だって地下鉄の駅を出るまで、このホテルに来るのは想定外だったのだ。
行き先がここだとわかったあとも、まさか本当に日下さんがここにいるとは思ってもみなかった。
「もしかして俺の名刺……捨てた?」
「いえ、捨てるわけないじゃないですか! そんな失礼なことしません」
「だけどどうせスマホに俺の番号は登録してないだろ?」
「そ、それは……」
名刺はちゃんと持っているけれど、仰るとおり登録まではしていません。
だって実際に連絡をすることはないだろうと思っていたから。
「スマホ、出して」
「え?」
「だから君のスマホ」
早く、とでも言うように、日下さんが右手の手のひらを上にして差し出してくる。
私はあわててバッグからスマホを取り出し、ロックを解除してから彼の手の上に乗せた。
樹里のように仕事が大好きで心血を注いでるわけでもないし、だからといってどうしても結婚したいというそこまでの願望もない。
結婚に対して漠然とした憧れはある。
だけど、いつか自分も結婚できるだろうという根拠のない夢を描いているものの、具体的な人生設計は持てていない。
結婚も出産もして、仕事もバリバリと励めたらどんなにいいだろう。
そうなるのが理想だけれど、夢のまた夢だ。
「ねぇ、すごくカッコいい人の登場なんだけど」
あれは誰だろう?と樹里が指でちょんちょんと差し示した方角に首をかたむける。
視界に入ってきたその人物を見て、私は口をポカンと開けたまま即座に固まった。
「ひなた、イケメンを見て呆然としすぎじゃない?」
「え……」
「ていうか、こっちに来る!」
女性客でいっぱいのバイキング会場の中に、濃紺のスーツをビシッと着こなした長身の男性がひとり混ざっている。
少し癖のある黒髪、シャープな輪郭、キリリとした凛々しい眉。
あの端正な顔立ちを見間違うわけがない。日下さんだ。
彼は私と目が合った瞬間、迷うことなくこちらへ足早にやって来た。
「こんなところで君に会うとは」
「こ、こんにちは」
私たちがいるテーブル席のそばまで来た日下さんに、ペコリと会釈をして微笑んだ。
会うのは、彼の誕生日に食事をした以来だ。
やはり彼はいつ見ても“眉目秀麗”という言葉がとても似合っていて、ぼうっと見惚れそうになる。
「お仕事、ですか?」
「このトロピカルデザートバイキングは期間限定でね。先週からやり始めたんだけど、集客の様子を見て回ってるんだ」
「そうでしたか」
「来るなら先に連絡くれたらよかったのに。なんのために名刺を渡しておいたんだよ」
そう言われても困る。
私だって地下鉄の駅を出るまで、このホテルに来るのは想定外だったのだ。
行き先がここだとわかったあとも、まさか本当に日下さんがここにいるとは思ってもみなかった。
「もしかして俺の名刺……捨てた?」
「いえ、捨てるわけないじゃないですか! そんな失礼なことしません」
「だけどどうせスマホに俺の番号は登録してないだろ?」
「そ、それは……」
名刺はちゃんと持っているけれど、仰るとおり登録まではしていません。
だって実際に連絡をすることはないだろうと思っていたから。
「スマホ、出して」
「え?」
「だから君のスマホ」
早く、とでも言うように、日下さんが右手の手のひらを上にして差し出してくる。
私はあわててバッグからスマホを取り出し、ロックを解除してから彼の手の上に乗せた。
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