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◇彼の正体と土砂降りの雨⑦

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「……悪い。頭を上げてくれないか」

 店長を呼べとクレームをつけられるかもしれない。
 そう思いながら最敬礼を続けていると、目の前の彼がやさしい声音でそう言ってくれた。

「別に怒ったわけじゃないんだ。すまない」

 のろのろと頭を上げて彼の表情をうかがうと、彼は無表情のまま私を見つめていた。
 だけどポーカーフェイスのせいで、なにを考えているのかまったく読めない。

「今、思いついたんだが」
「……はい」
「君にひとつ、頼みたいことができた。聞いてくれるかな?」
「私に……できることでしたら……」

 相手はお客様だ。無下にはできない。
 できるだけ要望に応えたいとは思うけれど……。
 なにかとんでもないことを要求されるのかもしれないと危惧しつつ、背筋をピンと伸ばした。神妙な面持ちで次の言葉を待つ。

「今夜、一緒に食事をしてくれないか?」

 いったいどんな要望なのかまったく想像できていなかったものの、てっきり客と店員という枠の範囲内のことだと思っていた。
 なのでそんな突拍子もない頼みごとを言われ、私はポカンとして固まってしまう。

「嫌なら断ってくれていいんだが」
「嫌ではありませんが、でも……」

 今日は誕生日ではないのですか? と口から出そうになったが寸でのところで飲み込んだ。

 奥さんが家で豪勢な料理を用意して待っているのではないのだろうか。
 もしくはふたりでレストランに食事に行ったり……。

「だったら、頼めないかな」

 奥さんとはなにも予定がないから、私と一緒に食事をして欲しいと頼むのだと思う。

「わかりました」
「仕事は何時に終わる?」
「もうじき終わります」
「そう。だったら駐車場に車を停めてるから、そこで待っているよ」

 店の隣の敷地に来客用の駐車スペースがある。
 数台分しか停めることはできないが、うちの店舗はそれで十分だ。

 そこで待っていると彼は言い残し、そのまま外に出て行ってしまった。
 私が渡したキャンドル入りの紙袋を持って ―――
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