上 下
5 / 72

◇雨男と雨女⑤

しおりを挟む
 丹沢さんのことは好きでも嫌いでもない。
 逆に付き合ってほしいと告白されていたら、困っていたのではないかと思う。
 私に脈がないと感じてほかの女性との結婚を決めたのだとしたら、それは正解だ。丹沢さんはなにも悪くない。

「ま、梅宮には次がいるもんな」
「……誰のこと言ってるんですか?」
「うわ、お前……それ聞いたらアイツ泣くぞ?」

 再びという言葉が出たが、今言ったのは丹沢さんのことではない。
 誰なのか想像はつくものの、とぼけてごまかしておこう。
 そんな中、「いらっしゃいませ~」という萌奈ちゃんのかわいらしい声が耳に届いて店の入り口に視線を移した。

「いらっしゃいませ」

 走りこむようにして入って来た背の高い男性客を目にした途端、私はあわててポケットからハンカチを取り出した。

「あの、よろしかったら使ってください」

 近寄って男性に差し出してみたけれど、ずっとポケットに入れていたからヨレヨレになっていないだろうかと心配になる。
 ハッと気づいて手の中のものを確認すると、さほどヨレてはいなくてホッとした。

 その男性客は傘を持っていなかったのか、突然降ってきた雨で頭や肩が濡れていたのだ。
 しかも服装は高そうなスーツ。きっと仕事の途中だったのだろうと思うと気の毒になった。

 だけど急に駆け寄った私の行動を奇妙に感じたのか、なかなかハンカチを受け取ってもらえない。
 おそるおそる、男性の顔を伺うようにそっと見上げる。
 その瞬間、自分でも驚くくらいドキンと心臓が跳ねた。

 くっきりとした二重瞼と高い鼻筋の持ち主で、顔の輪郭はシャープで美しいラインを描いている。
 元々少し癖がありそうな黒髪が雨に濡れ、ウェーブがかかっていてカッコいい。

 要するにイケメンなのだけれど、こういうのを別の言い方でなんと言っただろう?
 ……あ、“眉目秀麗”だ。

 来店したときには雨に濡れていることばかり気になって顔をよく見ていなかったけれど、あらためて目にするとカッコよすぎて驚いてしまった。
 高身長でスーツが似合っている。年齢は同年代だろうか、三十歳前後に見えた。
 男性なのに色気もあって、とにかく素敵な人。

「使っていいの?」

 表情になにも感情を乗せないまま、男性は静かにそう尋ねた。発せられた声も低くて素敵だ。

「どうぞ。スーツやお鞄が濡れていらっしゃるので」

 男性が手にしている高級そうなビジネスバッグにもびっしりと雨粒が付いている。

「ありがとう」

 ポツリとつぶやくように言ったあと、男性はハンカチを受け取って額や髪についた水滴を拭った。
 だがそのあとなぜか私の顔を無言でじっと見つめてくる。
 さすがにこんなイケメンに視線を注がれ続けたら、恥ずかしくなってしまう。

「あ、あの……ハンカチ……」

 使い終わったなら返してという意味で、私はそっと手を差し出した。けれど彼は渡そうとしてくれない。

「また今度洗って返すよ」
「え?! いえいえ、大丈夫ですから」

 少し貸しただけだ。たいして汚れてもいないのに洗って返すのは大げさすぎる。
 そのためにわざわざまた足を運ばせるだなんて、お客様にはさせられない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません

如月 そら
恋愛
旧題:隠れドS上司はTL作家を所望する! 【書籍化】 2023/5/17 『隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません』としてエタニティブックス様より書籍化❤️ たくさんの応援のお陰です❣️✨感謝です(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎) 🍀WEB小説作家の小島陽菜乃はいわゆるTL作家だ。  けれど、最近はある理由から評価が低迷していた。それは未経験ゆえのリアリティのなさ。  さまざまな資料を駆使し執筆してきたものの、評価が辛いのは否定できない。 そんな時、陽菜乃は会社の倉庫で上司が同僚といたしているのを見てしまう。 「隠れて覗き見なんてしてたら、興奮しないか?」  真面目そうな上司だと思っていたのに︎!! ……でもちょっと待って。 こんなに慣れているのなら教えてもらえばいいんじゃないの!?  けれど上司の森野英は慣れているなんてもんじゃなくて……!? ※普段より、ややえちえち多めです。苦手な方は避けてくださいね。(えちえち多めなんですけど、可愛くてきゅんなえちを目指しました✨) ※くれぐれも!くれぐれもフィクションです‼️( •̀ω•́ )✧ ※感想欄がネタバレありとなっておりますので注意⚠️です。感想は大歓迎です❣️ありがとうございます(*ᴗˬᴗ)💕

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜

羽村美海
恋愛
 古式ゆかしき華道の家元のお嬢様である美桜は、ある事情から、家をもりたてる駒となれるよう厳しく育てられてきた。  とうとうその日を迎え、見合いのため格式高い高級料亭の一室に赴いていた美桜は貞操の危機に見舞われる。  そこに現れた男により救われた美桜だったが、それがきっかけで思いがけない展開にーー  住む世界が違い、交わることのなかったはずの尊の不器用な優しさに触れ惹かれていく美桜の行き着く先は……? ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ ✧天澤美桜•20歳✧ 古式ゆかしき華道の家元の世間知らずな鳥籠のお嬢様 ✧九條 尊•30歳✧ 誰もが知るIT企業の経営者だが、実は裏社会の皇帝として畏れられている日本最大の極道組織泣く子も黙る極心会の若頭 ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ *西雲ササメ様より素敵な表紙をご提供頂きました✨ ※TL小説です。設定上強引な展開もあるので閲覧にはご注意ください。 ※設定や登場する人物、団体、グループの名称等全てフィクションです。 ※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。 ✧ ✧連載期間22.4.29〜22.7.7 ✧ ✧22.3.14 エブリスタ様にて先行公開✧ 【第15回らぶドロップス恋愛小説コンテスト一次選考通過作品です。コンテストの結果が出たので再公開しました。※エブリスタ様限定でヤス視点のSS公開中】

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

処理中です...