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第1章 監獄の住人17-30
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しおりを挟むシオンは途方にくれていた。
前日は薄暗く良く見えなかったが、天井が低い、しかもすごく。
背の低いシオンでさえ天井に手が届く。
しかも、5~6階建てはあるだろう。確認はして無いが。
高層の建物が所狭しとひしめき合っていた。
彼女、公女殿下もオスマンの華麗な服から、こちらの一般的な
ユダヤ人の服に着替えさせられていた。
三角形の奇妙な帽子、よれよれの一張羅。変形したぼろぼろの木靴。
これがヨーロッパのユダヤ人の処遇を表わしていた。
もちろん彼女がそういう姿なのには理由がある。
それが理解できたから我慢しているのだ。
周囲のユダヤ人に、ヘロデの至玉の存在を知られるわけには行かない。
そもそも、オスマンの大貴族の正装は目立ちすぎる。
ギデオン卿が手紙で書いてきたのはこのことか。
後でギデオンを叱責しよう、ここ人は悪くない、何も悪くない。うん。
部屋をノックする音が聞こえた。
自宅なら侍従がするだろうが、ここは小人の国だ。
しかも船のような硬質な響きではない。
扉の安全性が非常に不安だ。
「よろしい。入りなさい。」
シオンは威厳を持って、下々のものに舐められないように
粗末な服と小さな部屋で、胸を張って迎えた。
「すみません、こちらにシオン公女殿下は
いらっしゃいますか。」
ハイヤーハムシェルと言う接待人は、ふざけている。
憤慨するシオンだったが、社交術には長けている。
見た目に感情は出ない。
しかし、言葉には少し出た。
「この部屋で、公女殿下は無いでしょう。」
不愉快極まりない、最もあきれ果てて、どうでも良いが。
「ご機嫌麗しく存じ上げます。王女殿下。
私の名はハイヤーハムシェル、ハッペンハイムより遣わされた
接待人です。」
ハイヤーハムシェルは自分の限界を超える慇懃さで
深々と頭を下げた。
「ハイヤー ハムシェル?キリスト教圏ですよね。
名前がハイヤー 家名がハムシェル?」
シオンは英国について学んできたが、ハムシェルという家名があるのだろうかと
不思議に思った。
「いえ、本名を隠して申し訳ございません。陳謝いたします。
名はハイヤー 家名はバウアーです。
ドイツ語で田舎者と言う意味でございます。」
「す、すみません。変なことを聞いてしまって。」
しかし、疲れる。このような会話と態度がずっと続くのだろうか。
まあ、ギデオン卿も、貴族といって無いし、民衆でしょう。
「こちらのユダヤ人は、おかしな家名をつけられるのです。
知り合いに 船 バネ 強欲 と言う家名のものがおります。」
シオンは、噴き出してしまった。
考えても見よう。
「砂糖 花子」、
「針金 次郎」
などという
本名の人がいたら、可笑しいし、悲惨だろう。
ハイヤーハムシェルは慇懃に、淡々と、自己紹介を終えた。
・・・つもりだった。
「本日は日曜日です。外出は禁じられておりますので、
ゲットーの中を案内させていただきます。」
シオンは名前が面白いので、なんだかこの少年がかわいいと思えた。
そこで、ある提案をする事にした。
「そうですね、あなたは私に、虚偽の発言をしました。
オスマン帝国公爵家として、オスマンの名代として
1ヶ月以上かけて、遠路はるばる来た私に、接待の責任者が。」
笑いながら言ったのだが、バウアーには伝わらなかったようだ。
「しかし私は、人に処罰をしても何の益もありません。
そうですね、水タバコを買ってきていただけますか。」
今日中に買ってくることができれば、許しましょう。
ハイヤーハムシェルは地面にひれ伏しそうな勢いで
走って出て行った。あらら、私の案内は誰がするのかしら。
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