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第1章 監獄の住人1-16
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しおりを挟むユダヤ教徒はキリスト教徒とイスラム教徒の情報のやり取りを管理し
スパイ活動をしていたのだ。
当然、スルタンや国王の意見を直接聞き、報告する義務がある。
故に、侍従医なのだ。
王の健康は
王位継承にかかわる特の付く機密事項だ。
王妃や王子にも知られることは無い。当然、貴族にもだ。
故に、支配者が変わると、大物ユダヤ人が殺されたりする。
メンデスが大富豪といったが、メンデスはナスィ家の財産管理人で
信用のおける側近だ。
故に身寄りの無くなったアーニャを娘として育てたのだ。
父は有力ユダヤ人や新キリスト教徒の従者メンデスら数人と
なにやら深刻そうに話し込んでいた。
後世で「レコンキスタ」と呼ばれるキリスト教徒による
領土回復運動だ。
もはやオスマン帝国のイベリア半島撤退は時間の問題。
各地の侍従医、諜報担当の貴族から厳重な警告がなされていた。
「撤退か、そうなれば、キリスト教徒が同胞をどう遇するか。」
それがみなの話題だった。
「火を見るより明らかでしょう。最低で改宗、火あぶりや全財産没収
もありうるでしょう。」
「最悪の事態、十字軍のような、
聖絶、無差別な虐殺も視野に入れるべきです。」
グラツィアは心配になって少し口を挟んだ。
「キリスト教徒にも友人はおるゾ。そ、そうじゃ、
メンデスもキリスト教徒ゾ。」
父はグラツィアを気にかける様子も無く、
メンデスに謝罪する。
メンデスもばつが悪そうだ。
今考えれば、メンデスも好きで改宗したわけではないだろう。
この陰鬱な雰囲気が嫌なグラツィアは軽挙にもまた
口を挟もうとする。
するとさすがに見かねたように、母が諭す。
「グラツィア、殿方のお話に首を突っ込むものではありませんよ。」
すると弟が母の差し金か、絡んでくる。
「姉上、あそぼ!」
ナスィ家は有力者、諜報のトップだ。もっと早く逃げられた。
だが、父は踏みとどまることを選んだ。
情報が得られなくなれば、一般のユダヤ人は全滅だ。
ユダヤ人の元締めとも言える、
ナスィ家の名誉にかけてそれは出来なかった。
財産はほぼすべて、メンデス一族の名義になっている。
家をでるときに架けられた、ロザリオに注意を払うべきだった。
なぜ私が、キリスト教徒の学校に通っていたかを。
有力者 ナスィ一族の処刑。それがキリスト教徒、
それが、神聖ローマ帝国の意向だった。
闇夜に兵士達が 松明を持って近づいてくる。
ナスィ家の人間が逃げれば、もはや一般のユダヤ人に
生きる希望は無くなる。
みんなのために選択の余地は無かった。
「ひぃっ。」今思えば、父らしからぬ言葉だった。
割礼を受けている弟は逃げることは出来ない。
母は、幼い弟だけを死なせるつもりは無かった。
死ぬ瞬間まで弟と一緒にいる気だろう。
一族の根絶やし、それだけは避けねば。
モーセから受け継いだ、神の名を繋ぐために。
「ここまで付いてきてくれてありがとう、
メンデス親子は帰れるのでしょう。」
これが私の聞いた母の最期の言葉だった。
自然とほほを流れる涙。
家族との離別、死、耐え難かった、抗えなかった。
気が付いたら、号泣していた。
気絶しないように、最後の気力を振り絞ってこう言った。
「密告したのは私です。」
「お世話になったのに、裏切って申し訳ありません。」
無言で泣く弟。姉、グラツィアの未来を祈って。
父は去り際にこう言った。
「おのれ、生涯忘れぬぞ、メンデスの娘グラツィア!」
グラツィアは馬車に乗せられて、離れていく家族に向かって
聞こえるかなど考えることも無く、こう絶叫していた。
「これからは、あなた方の分まで生きてゆきます。」
「さようなら!旦那様、奥様、お坊ちゃま!」
そう言うとグラツィアは気を失った。
永遠の別れであった。
レコンキスタの時代、グラツィア 10代になったばかりである。
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