黒猫の王と最強従者【マキシサーヴァント】

あもんよん

文字の大きさ
上 下
42 / 120
第三章 鍛冶場の鋼と火事場の蝶(インゴット&イグニート)

第十二話「エピローグ」

しおりを挟む
 山のふもとへと降りたアリスと黒猫を待っていたのは、スタンピードを退けた連合ギルドの歓声だった。

 総力戦で挑んだ戦いは、アルテシアの指揮と後方から挟撃したアストレイの活躍により、何とか街の被害を食い止めることに成功した。

 何事もなくホッとするアリスの目には、医師に治療を受けている双子の姿が映った。

 声をかけずに通り過ぎようとするアリスにアルテシアはウインクを送り、アストレイは拳を胸に当てた。

 こうして多大な犠牲は出したものの、大量のモンスターによる騒動は幕を閉じたのだった。






 翌日、避難した人々も戻り、地味にではあるが鍛冶神の祭りは行われた。
 街の発展と鍛冶神への感謝、そして勇敢に散っていった冒険者への鎮魂を込めて。

 アリスと黒猫は教会に呼ばれていた。
 表向きには参加していないが、今回の依頼を達成したについて礼がしたいとアルテシア直々に申し出があったためだ。

「今回のスタンピード。我が町の教会、しかも神父自らが企てたものだった……」

 アルテシアはうつむいたままそう語り、苦悩の表情を浮かべていた。

「神父が何を企み、スタンピードを起こしたのか、それは未だに分からん。本人は恐らく共謀した者たちと共に自害していた」

 アリスの脳裏に、あの部屋で起こっていた惨劇が蘇る。

「残党を狩るために山へ入った際、この指輪を見つけた。かすかに光の神の加護がうかがえる。これが今回の事件に繋がるカギなのかもしれんな」

 指輪はすでに本来の輝きを失っており、何の効果もないことは誰の目にも明らかであった。
 神父の動機や指輪の出どころ、炎の鬼と呼ばれたレア種はどこに消えたのか、街の被害は最小限だったとはいえ、解決していない問題が山済みだった。

「街を守り抜いたとはいえ、この教会は大きな責任を取ることになるだろう。神父亡き今誰かがその責任を追わねばならん」

 アリスとアルテシアは改めて祭りで賑わう街を見下ろす。
 何とも後味の悪い事件ではあったが、自分たちが命懸けで守り抜いたものの価値を噛みしめる。

「アリスにも大変世話になった。君があの脳筋バカを連れてきてくれなければ、街の防衛もどうなっていたか分からないからな」

「いいえ、私は自分が出来ることを行ったまでです。それ以上の事は何も」

 白聖の顔を止め、ようやくアルテシアにも笑顔が戻った。
 アリスと固い握手を交わし別れを惜しむ。

「出来れば祭りを楽しんで欲しかったが、このありさまだからな。もう少し経てば双子も目を開けると思うのだが」

「いえ、元々長居をするつもりではありませんでしたし。そろそろ路銀も底をつきかけています。次の仕事をしないと……」

「おっと、そういえば」と、アルテシアは袋を差し出す。

「これは鍛冶ギルドと冒険者ギルドからのほんのお礼だ、少ないが取っておいてくれないか?」

 そう言って差し出された麻袋には金貨二十枚が入っていた。

「こ、こんなにですか?」

 アリスの働きは本来街の英雄として取り上げてもおかしくない内容だが、ギルドの関係者から多くの犠牲を出してしまった事とアリス本人が望まなかった事により“金一封”の贈呈という形で落ち着いた。

「あの脳筋バカからも、よろしく伝えてくれと言われている。それと……」

 アルテシアが持つもう一つの袋から徳利が姿を現す。

「聞くところによるとかなりイケる口だそうじゃないか?これは“銘酒 紅桜”。私もお気に入りの一品だ。この街では難しいが新鮮な魚を出す街に行くことがあれば一緒にやればいい……他の酒には戻れんぞ?」

 黒猫が恐る恐るアリスを覗き込むと、目が星で埋め尽くされだらしなく口が開いたままになっている。

「あっはっはっは、アリスもそんな顔をするのだな。これは街の誰も見たことが無いだろう。この笑顔は私の胸に留めておこう」

 アリスは徳利を大事そうに抱え、丁寧に礼をして教会を後にした。

「あ、最後に一つ聞きたい。今回の騒動、レア種の存在を確かに確認した者も多かった。そいつはあの騒動の中どうしたのだろうか?」

 待望の品を抱えた少女は社のあった方向を見つめた後、アルテシアの方に振り返りこう告げた。

「あれだけのモンスターがいたのです。共食いでもして居なくなったのではないですか?」






 こうしてアリスと黒猫は鍛冶の聖地を後にした。

 思えばエルから代金の残りは貰い損ねたが、予想以上の報酬が舞い込んだので良しとしよう。

 そしてまあ、従者は念願のお宝を手に入れ常時ご機嫌だからこれも良しとしよう。

 しかし……。

 黒猫は改めて街の方を振り返り教会を見つめた。

「どうされたのですか?タロ様?」

 アリスは陽気にひらひらと回りながら立ち止まった主人に尋ねる。

「アリス、良くできた結末だとは思わんか?」

「どういうことですか?鍛冶ギルドは主犯の責任を追及されますし、冒険者ギルドも死者多数でボロボロ、街もこれからが大変だというのに誰一人得をしていないのですよ?」

 黒猫はそういうアリスの方に振り向き肩に飛び乗る。

「そう、綺麗に“誰も得をしなかった”という良くできた結末だった」

 光の神の力が宿った指輪など、神々の遺産級の代物だった。
 いくら鍛冶ギルドの中枢とはいえそんな大層な物を準備できるだろうか。
 そしてそれをあの鍛冶師にけしかけ、騒動を起こし、今の現状を作り上げた者がいたのではないか。

 黒猫は思考に思考を重ね小さな胸に引っかかる物を取り除こうとしていた。

「まあまあタロ様、今更考えたところで仕方がないですよ。それより早く次の街に行きましょう。魚の活け作りがある所がいいなあ」

「お前早くその酒飲みたいだけだろう。まったく、いつからこうなったのか……」

「猫の活き作りも出来るんですかね?」

「お前それをやったら、二度と人間には戻れんぞ……」






 時を同じくして、惨劇の舞台となった山から少し離れた別の場所で、傷ついた獣はようやく目を覚ました。

「こ、ここは……」

 エルは山から流れる小川のふもとに寝かされていた。

 全てを失った鍛冶師は何のために生きているのかという自問自答に明け暮れていた。

 自分を見失い、欲望に盲信し、さらにそれを父親のせいにして自分を正当化していた。
 あの街には戻れない。あの双子に合わす顔が無い。

 生きている価値があるのだろうか。
 このまま川に沈んでしまった方が良いのではないか、バーサクや鍛冶師の前に私の心そのものが化物だったのだから。

 流れる川を見つめると怒られて泣いている子供のような顔した自分が映っている。

 あの少女は私を叱ってくれたのだ。
 絵本に出てきた断罪の天使。
 光り輝く剣を携え、全てを切り払う天使。

 私の天使。私だけの天使。

 そうだ、あの方の為に生きよう。
 あの方の剣を作ろう。
 あの方だけの為に最高の剣を作ろう。

 私は何もない?違う!

 私は信仰を手に入れた。
 私だけの天使が必要とするとき、この世の神々を切り殺すその時が訪れた時、私の剣を差し出そう。


「私の絶対神、鍛冶の神でも光の神でもない私だけの……」


 エルは言うことを効かない体で這うように新天地を目指す。

 こうしてメロウリンクから鍛冶師が一人姿を消した。






 鍛冶の街メロウリンクでは夜になっても祭りの灯りが消えることは無かった。

 街が守られた事への喜びであふれる者。
 惜しくも散っていった戦友を惜しむ者。

 全てに等しく祭りの灯りは街を照らしている。


 そんな街の喧騒から離れた教会の一室。
 “懺悔室”とかかれた個室に一人の男が神に祈っていた。

 しばらくすると女性が対面にお座り、同じように神への祈りを捧げる。

 少しの沈黙の後、男の方が口を開く。

「して、首尾は?」

 僅かに微笑んだ女性は祈りを捧げたまま男の問いかけに答える。

「冒険者ギルドは戦力を大きく削がれ、しばらくは活動が出来ない状態に。鍛冶ギルドは今回の主犯を生み出してしまった責任が、更に首謀者は全員死亡。今後は事実上の解体が進むでしょう。鍛冶の神とかいうまがい物の祭りもしばらくは取りやめることになるでしょう」

「例の占い師は?」

「まあ、分からない部分は多いですが今のところ害はなさそうです。無理に突いて障害になるのは得策ではないかと。あの指輪で遊んでいた鍛冶師も姿を消しました。今回の事件の全貌を知るものはおりません」

「では、この街と鍛冶ギルドは、今後中央の教会が取り仕切るという事でよろしいかな?シスターアルテシア、いや教会騎士団 団員アルテシア」


 神父の座する場所に座る女性は胸元に刻まれた三つの稲妻を指でなぞり再度微笑む。

「ええ、大司教様にもそうお伝え下さい。神が望めば神をも殺してごらんにいれると」


 男は何も答えずそのまま懺悔室を後にした。
 女性の祈りはまだ続けられていた。

 こうして鍛冶の聖地メロウリンクは、中央教会の直轄扱いとなり。その責任者として先の混乱を収めた“白聖 アルテシア”が治める事となった。

 冒険者ギルドとの連携契約は白紙に、隊長のアストレイは責任を取ってギルドを退団した。






「しかしタロ様、エル様をあんなところに放っておいてよかったのですかね?」

「しょうがないだろ?連れて帰るわけにもいかないし……それよりお前こそあの黒い剣、砕かなくてもよかったのではないか?人間にしてはよく出来た剣だったじゃないか」

「躾けですよ躾。あんな子供みたいな女性放っておけないでしょう?危ないおもちゃを持ってたから取り上げたんです」

「躾って……まあ実際アリスの年齢はあの鍛冶師よりだいぶ、おげぇぶ!!!!!!」

アリスのもつ徳利が黒猫の脇腹に直撃する。

鍛冶の街は遠く山の向こうに消え、アリスと黒猫は次の街を目指した。





【鍛冶場の鋼と火事場の蝶(インゴット&イグニート) ~完~ 】
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

貧弱の英雄

カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。 貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。 自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる―― ※修正要請のコメントは対処後に削除します。

拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。

ちくわ feat. 亜鳳
ファンタジー
弱い、使えないと勇者パーティをクビになった 16歳の少年【カン】 しかし彼は転生者であり、勇者パーティに配属される前は【無冠の帝王】とまで謳われた最強の武・剣道者だ これで魔導まで極めているのだが 王国より勇者の尊厳とレベルが上がるまではその実力を隠せと言われ 渋々それに付き合っていた… だが、勘違いした勇者にパーティを追い出されてしまう この物語はそんな最強の少年【カン】が「もう知るか!王命何かくそ食らえ!!」と実力解放して好き勝手に過ごすだけのストーリーである ※タイトルは思い付かなかったので適当です ※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました 以降はあとがきに変更になります ※現在執筆に集中させて頂くべく 必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします ※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

ド田舎からやってきた少年、初めての大都会で無双する~今まで遊び場にしていたダンジョンは、攻略不可能の規格外ダンジョンだったみたい〜

むらくも航
ファンタジー
ド田舎の村で育った『エアル』は、この日旅立つ。 幼少の頃、おじいちゃんから聞いた話に憧れ、大都会で立派な『探索者』になりたいと思ったからだ。 そんなエアルがこれまでにしてきたことは、たった一つ。 故郷にあるダンジョンで体を動かしてきたことだ。 自然と共に生き、魔物たちとも触れ合ってきた。 だが、エアルは知らない。 ただの“遊び場”と化していたダンジョンは、攻略不可能のSSSランクであることを。 遊び相手たちは、全て最低でもAランクオーバーの凶暴な魔物たちであることを。 これは、故郷のダンジョンで力をつけすぎた少年エアルが、大都会で無自覚に無双し、羽ばたいていく物語──。

処理中です...