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第三章 鍛冶場の鋼と火事場の蝶(インゴット&イグニート)
第八話「伸ばした手の先に」
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数刻前
街からはそう離れていないこの山は、鍛冶の神が祭られている社が建っている。
その社を中心に数多くの人間がこの場所に集っていた。
これらは皆、鍛冶ギルドと冒険者ギルドから依頼を受けた冒険者たちであった。
それぞれに武器や防具を携え意気も揚々、これから戦でも始めかねない熱気で溢れている。
そこにはラインとライラの双子も参加していた。
社から少し離れた場所に岩が折り重なって出来た小さな丘がある。
その場所に端麗な身のこなしの女性が登壇する。
「諸君、聞いてくれ!私は鍛冶ギルドのアルテシアだ!この度はよくぞ我らの招集に応えてくれた、礼を言う!」
ギルドの制服を脱ぎ捨て、純白の鎧に身を包んだアルテシアが全体の指揮を執り、依頼に参加した屈強の戦士たちを束ねる。
「諸君らへの依頼は、祭りを行う間に予測されるモンスターの暴走が街に及ぶのを阻止することだ。毎年この山付近で発生しているこの現象から街を守ってほしい!」
続いて巨大なバトルアックスを持った大男がアルテシアに近づき周囲に激を飛ばす。
「冒険者ギルドのアストレイだ!このモンスターの暴走については、未確認のレアモンスターが関係しているとの見解を持っている。すでに依頼を知っている者もいるだろうが、このレア種を討伐した者には冒険者ギルドから金貨十枚、さらに貴重な素材は鍛冶ギルドが買い取るという事で話はついている。たんまりと稼ぐ機会だ、冒険者の諸君は大いに励んでほしい!」
その呼びかけに集まった参加者から猛々しい歓声が上がる。
防衛参加の報酬にプラスしてレア種の討伐を成し遂げ富を得ようとする者、そして名誉を得ようとする者と様々な思惑がある中、それ以上にギルド間の思惑も交錯していた。
「ははっ、見てみろ姉様、アルテシアが愛想笑いしているよ」
「そうね兄様、しっかりと“責任者”を演じているね」
今回は白の騎士として防衛戦に参加するアルテシアは、無精ひげの顔には十字傷、筋骨隆々の肉体を誇るアストレイと握手を交わしていた。
「よろしく頼むよアストレイ。君たち冒険者ギルドの戦闘力が頼りだ」
「がっはっは!鍛冶ギルドの“白聖”と共に戦う日が来ようとはなあ!まあ、上の思惑はともかく、俺の狙いはレアモンスターだ。くれぐれも邪魔してくれるなよ?」
街をモンスターから防衛すること。
レア種のモンスターを討伐すること。
この二つは依頼元こそ違えど、達成したギルドについてはこの町に置いての力を決定づけるという点について思惑は一致していた。
「ははっ、鍛冶の聖地を拠点に力を拡大している鍛冶ギルド、そしてそれを良しとせず鍛冶ギルドの勢力拡大を抑えたい冒険者ギルドか……」
「アルテシアも厄介な仕事を任されたものですわね……そして神父様は今日も“お引きこもり”でしょうか」
ラインは街の一番高い丘に建つ教会を見つめた。
《ドン!!!!!!》
一瞬地面が揺れ、木々から鳥たちが飛び立つ。
アルテシアとアストレイ、そしてその場にいた冒険者たちは一斉に爆発音の方を見る。
社がある広場のさらに奥、巨大な風穴からもくもくと煙があがっていた。
瞬間で収まった地鳴りが再び足元に忍び寄る。
これは爆発によるものではないと誰もが理解し、風穴を注視していた。
「来るぞ……」
アルテシアがそう言い放った次の瞬間。
「う、うわぁぁ!!!!!!」
社を中心とする広場が次々と陥没していく。切り裂かれた大地からは巨大なミミズのモンスター“マウントワーム”が姿を現した。
「ちっ!こっちか!!」
アルテシアはその俊足を活かし、崩れた地面を突き進んでいく。
「ボヤボヤするな馬鹿どもが!相手はミミズ三体!隊列を組めぃ!」
“白聖”が前線でかく乱行動を取る隙に、冒険者ギルドの一団は盾と槍、そして弓の順番に隊列を組んだ。そして隊列が組みあがるのを横目で確認したアルテシアは獣のような跳躍力で隊列の視界から消えた。
「放て!!」
アストレイの号令が上がり、弓部隊の火矢がマウントワームに向かって弧を描く。
その巨体に刺さった矢に付いた火は乾燥した皮膚に燃え広がりダメージを与えていく。
第二射の準備を行う隊列にそうはさせまいとマウントワームの巨体が鞭のように襲い掛かる。
その痛烈な一撃を最前列の盾が受け止め、動きの止まった体に槍隊が攻撃を仕掛ける。
隊列の防御に攻勢の取れないモンスターは体の火を消そうと地中へ引き返す。
「そうはいくかい!!」
隊列を飛び越え地中へ隠れる寸前の所でマウントワームの体はバトルアックスによって分断される。
大男の倍はあろうかというマウントワームの体躯を一刀両断する力にその場にいた全員が固唾をのんだ。
更にもう一体を同じ様にアルテシアが仕留め、もう一体も鍛冶屋ギルドが連携で抑えている。
残りの一体に対しアルテシアの高速剣戟が動きを止め、アストレイの斧が一刀両断する。
「白聖、やるねぇ」
「そちらこそ相変わらずの馬鹿力だな」
それぞれのギルドが有する最高戦力の連携に、突如として猛威を振るったマウントワームの猛攻を退けた。
だが、鳴りやまない地鳴りが油断を許さない現状であることを物語る。
「ははっ、プレリュードは終わり」
「……本番ですわね」
嫌な汗をかく双子と同じように誰もが風穴を見ている。
そして立ち昇る煙の中、黒い物体が飛び出してきた。
「グランバット!!」
次の瞬間、大コウモリ型のグランバッドが大量の群れを成して飛び出してきた。
何かから逃げる様に穴から飛び出した黒いコウモリは、瞬く間に空を黒く染め上げる。
それは明るかった空が冒険者たちにまるでこの世の終わりを告げるかのようだった。
「うろたえるなコウモリを矢で射ろ!」
アストレイの叫びで隊列が再度矢を構えようとした時、耳を劈くような怪音が響いた。
「バインドボイス!!」
上空からの怪音波が頭に響き冒険者の多くは耳を塞ぐ。弱く耐性の無いものは口から泡を吹き倒れるほどだった。
ベテランの冒険者でもこの空を埋め尽くす程のグランバットから放出されるバインドボイスを受けたことは無い。
隊列も弓矢を射るどころか構えることすら困難になっていた。
「くそがぁぁ!」
状況を打破しようとアストレイのバトルアクスが空へ投げ放たれたが、従来の攻撃力を失っている状態ではグランバットにいとも簡単にかわされてしまった。
そして更に状況を悪化する地鳴りが響く。
風穴から無数のオークやゴブリンが波のように押し寄せる。
悪魔の叫び声のような咆哮に交じり、一つ目のサイクロプスが他のモンスターをかき分けて這い出して来る。
これまでに報告例のない数のスタンピード。
この場にいた全員が希望を捨てようとしていた。
「全員、持ち場を捨て、二人一組で散開せよ!!」
アルテシアの号令をきっかけに、冒険者はとりあえずバインドボイスが届かないところまで退避行動を開始した。
「白聖!それでは街にモンスターが届いてしまうぞ!!」
アストレイにも退却しか道がない事は分かっていた。それでもこの女傑ならば二の手があると踏んでいた。
「まずは散開しての各個撃破で群れを散らす。今、足の速いものを街へ向かわせた、避難が完了したら数の減った奴らを街の入り口付近で撃退する!」
「分かった!街の入り口の指揮は俺が執る!なるべく数を減らしてくれぃ!」
そう言うと冒険者ギルドの豪傑はバトルアクスを振り回し、モンスターの群れに割って入る。
アルテシアはこうなっては指揮の執りようが無いことを考慮し、各個撃破している仲間の救援に向かった。
「兄様、右です!!」
「ははっ、流石に多すぎだろ?」
山の中腹まで後退した双子はオークとゴブリンの群れと交戦していた。
双子はどちらもレイピアを得物としている。
双子のレイピアは双頭竜の角から作られている。
一本ずつでは普通のレイピアだが、一定距離で共鳴させると魔法を発動できる。
「フレイムブレス!!」
剣先が重なり合った瞬間、双子の号令と共に火炎が放出しモンスターの群れを焼き払う。
それでも数が多すぎる。火炎を逃れたゴブリンが三体程飛びかかってきた。
「ははっ、ようこそ」
「いらっしゃいまし」
双子の振るうレイピアは刃が消えて見えるほど早く、体から血がほとばしる瞬間になってようやく切り刻まれていることに気が付く。
コンビネーションとレイピアの素早さをもって最速の攻撃を可能としていた。
「兄様!他の方たちは?」
「ははっ、何とか凌いでいるみたいだが……何組かが“のまれた”のを見た!」
ラインは最悪の状況に唇を噛みしめ、それでも次の目標を確かめる。
「とりあえず遠回りしながら街の入口へ急ぎましょう。アルテシアならそこを合流地点にするはずです!」
ライラも頷き、まとわりつくゴブリンを切り捨てて足を早めた……その時。
「グゥオォォォォ!!」
目の前に一つ目の巨人、サイクロプスが唸りを上げて迫っていた。
大木と見間違うかのような巨腕が振り下ろされる。
それを体の回転を活かして回避しライラのレイピアが巨人の胸を切り裂く。
「浅い!!」
ラインはレイピアの一撃が致命傷にならないことを察すると弓矢を取り出し戦術を変える。
「兄様、私が動きを止めます。その隙に一番皮膚の薄い場所を!」
ラインは三本の矢を一度に放った。そのタイミングで一旦距離を置くライラ。そしてその矢は関節等の急所を的確に射貫いていった。
邪魔な矢を取り払おうとするサイクロプスの眼前にライラが再度姿を現す。
「ははっ、ここは痛いと思うよ?」
ライラのレイピアは渾身の力を放ちサイクロプスの巨大な目に突き立てられた。
剣先はサイクロプスの目を貫き後頭部まで達していた。
絶叫を上げ倒れていく巨人に呼応するかのように、周囲にいたサイクロプスが集まってくる。
「ははっこれは本気でやばいかも」
仲間を殺されて怒り狂うサイクロプスが五体、そして相変わらず狂ったように暴れまわるゴブリンやオークの群れ。
双子はあっという間に取り囲まれ、今にも飛びかかりそうな大群の中、背中合わせで構える。
「こんなことならアリスちゃんと街にいればよかったです」
「ははっ、まったくだね」
双子は黒猫を抱えた銀髪の美少女を思い返していた。
そして、鉄を打つ赤髪の鍛冶師を……。
「姉御……」
緊張の糸が途切れる瞬間とは、まさにこの状態を言うのだろう。双子は刹那そう感じていた。
時間が止まったかのようにも思える一瞬の静寂、全ての動作がゆっくりと流れ。時間そのものも忘れてしまう。
冒険者という職業をやる以上、いつだって死と隣り合わせだ。
二人で一緒に生まれ、二人は一度死に、また蘇った。
だから、また一緒に最期を迎えるだけ……そんな事を考えつつ双子は強く手を握り締める。
そして視界は大きくぶれ、次の瞬間体に大きな衝撃が走る。
声も出ない何も考えられない。
間違いなくこれから無残な死を迎える自分たちを、何故かとても客観的に見ている。
体が熱い……そしてその熱さは消えかけた意識を呼び戻す。
「?」
気が付くと辺りは火に囲まれていた。
自分たちに襲い掛かったであろうモンスターの群れは何体か焼け焦げ、また多くは逃げ出していった。
朦朧とする意識のなか双子は目の前で大きく息を吐く一体のモンスターに目を奪われた。
赤い炎を身にまとい、長い手足は人か獣か判別がつかない。
その手には黒く禍々しい剣が握られている。
そのモンスターはこちらを一瞥すると、声にならない声を上げその場から離れてしまった。
「兄様……」
「姉様……」
双子はほとんど動かないであろう体を引きずり手を伸ばす。
互いの半身を求める様に。
だがその願いむなしく、双子の手が重なることは無かった。
街からはそう離れていないこの山は、鍛冶の神が祭られている社が建っている。
その社を中心に数多くの人間がこの場所に集っていた。
これらは皆、鍛冶ギルドと冒険者ギルドから依頼を受けた冒険者たちであった。
それぞれに武器や防具を携え意気も揚々、これから戦でも始めかねない熱気で溢れている。
そこにはラインとライラの双子も参加していた。
社から少し離れた場所に岩が折り重なって出来た小さな丘がある。
その場所に端麗な身のこなしの女性が登壇する。
「諸君、聞いてくれ!私は鍛冶ギルドのアルテシアだ!この度はよくぞ我らの招集に応えてくれた、礼を言う!」
ギルドの制服を脱ぎ捨て、純白の鎧に身を包んだアルテシアが全体の指揮を執り、依頼に参加した屈強の戦士たちを束ねる。
「諸君らへの依頼は、祭りを行う間に予測されるモンスターの暴走が街に及ぶのを阻止することだ。毎年この山付近で発生しているこの現象から街を守ってほしい!」
続いて巨大なバトルアックスを持った大男がアルテシアに近づき周囲に激を飛ばす。
「冒険者ギルドのアストレイだ!このモンスターの暴走については、未確認のレアモンスターが関係しているとの見解を持っている。すでに依頼を知っている者もいるだろうが、このレア種を討伐した者には冒険者ギルドから金貨十枚、さらに貴重な素材は鍛冶ギルドが買い取るという事で話はついている。たんまりと稼ぐ機会だ、冒険者の諸君は大いに励んでほしい!」
その呼びかけに集まった参加者から猛々しい歓声が上がる。
防衛参加の報酬にプラスしてレア種の討伐を成し遂げ富を得ようとする者、そして名誉を得ようとする者と様々な思惑がある中、それ以上にギルド間の思惑も交錯していた。
「ははっ、見てみろ姉様、アルテシアが愛想笑いしているよ」
「そうね兄様、しっかりと“責任者”を演じているね」
今回は白の騎士として防衛戦に参加するアルテシアは、無精ひげの顔には十字傷、筋骨隆々の肉体を誇るアストレイと握手を交わしていた。
「よろしく頼むよアストレイ。君たち冒険者ギルドの戦闘力が頼りだ」
「がっはっは!鍛冶ギルドの“白聖”と共に戦う日が来ようとはなあ!まあ、上の思惑はともかく、俺の狙いはレアモンスターだ。くれぐれも邪魔してくれるなよ?」
街をモンスターから防衛すること。
レア種のモンスターを討伐すること。
この二つは依頼元こそ違えど、達成したギルドについてはこの町に置いての力を決定づけるという点について思惑は一致していた。
「ははっ、鍛冶の聖地を拠点に力を拡大している鍛冶ギルド、そしてそれを良しとせず鍛冶ギルドの勢力拡大を抑えたい冒険者ギルドか……」
「アルテシアも厄介な仕事を任されたものですわね……そして神父様は今日も“お引きこもり”でしょうか」
ラインは街の一番高い丘に建つ教会を見つめた。
《ドン!!!!!!》
一瞬地面が揺れ、木々から鳥たちが飛び立つ。
アルテシアとアストレイ、そしてその場にいた冒険者たちは一斉に爆発音の方を見る。
社がある広場のさらに奥、巨大な風穴からもくもくと煙があがっていた。
瞬間で収まった地鳴りが再び足元に忍び寄る。
これは爆発によるものではないと誰もが理解し、風穴を注視していた。
「来るぞ……」
アルテシアがそう言い放った次の瞬間。
「う、うわぁぁ!!!!!!」
社を中心とする広場が次々と陥没していく。切り裂かれた大地からは巨大なミミズのモンスター“マウントワーム”が姿を現した。
「ちっ!こっちか!!」
アルテシアはその俊足を活かし、崩れた地面を突き進んでいく。
「ボヤボヤするな馬鹿どもが!相手はミミズ三体!隊列を組めぃ!」
“白聖”が前線でかく乱行動を取る隙に、冒険者ギルドの一団は盾と槍、そして弓の順番に隊列を組んだ。そして隊列が組みあがるのを横目で確認したアルテシアは獣のような跳躍力で隊列の視界から消えた。
「放て!!」
アストレイの号令が上がり、弓部隊の火矢がマウントワームに向かって弧を描く。
その巨体に刺さった矢に付いた火は乾燥した皮膚に燃え広がりダメージを与えていく。
第二射の準備を行う隊列にそうはさせまいとマウントワームの巨体が鞭のように襲い掛かる。
その痛烈な一撃を最前列の盾が受け止め、動きの止まった体に槍隊が攻撃を仕掛ける。
隊列の防御に攻勢の取れないモンスターは体の火を消そうと地中へ引き返す。
「そうはいくかい!!」
隊列を飛び越え地中へ隠れる寸前の所でマウントワームの体はバトルアックスによって分断される。
大男の倍はあろうかというマウントワームの体躯を一刀両断する力にその場にいた全員が固唾をのんだ。
更にもう一体を同じ様にアルテシアが仕留め、もう一体も鍛冶屋ギルドが連携で抑えている。
残りの一体に対しアルテシアの高速剣戟が動きを止め、アストレイの斧が一刀両断する。
「白聖、やるねぇ」
「そちらこそ相変わらずの馬鹿力だな」
それぞれのギルドが有する最高戦力の連携に、突如として猛威を振るったマウントワームの猛攻を退けた。
だが、鳴りやまない地鳴りが油断を許さない現状であることを物語る。
「ははっ、プレリュードは終わり」
「……本番ですわね」
嫌な汗をかく双子と同じように誰もが風穴を見ている。
そして立ち昇る煙の中、黒い物体が飛び出してきた。
「グランバット!!」
次の瞬間、大コウモリ型のグランバッドが大量の群れを成して飛び出してきた。
何かから逃げる様に穴から飛び出した黒いコウモリは、瞬く間に空を黒く染め上げる。
それは明るかった空が冒険者たちにまるでこの世の終わりを告げるかのようだった。
「うろたえるなコウモリを矢で射ろ!」
アストレイの叫びで隊列が再度矢を構えようとした時、耳を劈くような怪音が響いた。
「バインドボイス!!」
上空からの怪音波が頭に響き冒険者の多くは耳を塞ぐ。弱く耐性の無いものは口から泡を吹き倒れるほどだった。
ベテランの冒険者でもこの空を埋め尽くす程のグランバットから放出されるバインドボイスを受けたことは無い。
隊列も弓矢を射るどころか構えることすら困難になっていた。
「くそがぁぁ!」
状況を打破しようとアストレイのバトルアクスが空へ投げ放たれたが、従来の攻撃力を失っている状態ではグランバットにいとも簡単にかわされてしまった。
そして更に状況を悪化する地鳴りが響く。
風穴から無数のオークやゴブリンが波のように押し寄せる。
悪魔の叫び声のような咆哮に交じり、一つ目のサイクロプスが他のモンスターをかき分けて這い出して来る。
これまでに報告例のない数のスタンピード。
この場にいた全員が希望を捨てようとしていた。
「全員、持ち場を捨て、二人一組で散開せよ!!」
アルテシアの号令をきっかけに、冒険者はとりあえずバインドボイスが届かないところまで退避行動を開始した。
「白聖!それでは街にモンスターが届いてしまうぞ!!」
アストレイにも退却しか道がない事は分かっていた。それでもこの女傑ならば二の手があると踏んでいた。
「まずは散開しての各個撃破で群れを散らす。今、足の速いものを街へ向かわせた、避難が完了したら数の減った奴らを街の入り口付近で撃退する!」
「分かった!街の入り口の指揮は俺が執る!なるべく数を減らしてくれぃ!」
そう言うと冒険者ギルドの豪傑はバトルアクスを振り回し、モンスターの群れに割って入る。
アルテシアはこうなっては指揮の執りようが無いことを考慮し、各個撃破している仲間の救援に向かった。
「兄様、右です!!」
「ははっ、流石に多すぎだろ?」
山の中腹まで後退した双子はオークとゴブリンの群れと交戦していた。
双子はどちらもレイピアを得物としている。
双子のレイピアは双頭竜の角から作られている。
一本ずつでは普通のレイピアだが、一定距離で共鳴させると魔法を発動できる。
「フレイムブレス!!」
剣先が重なり合った瞬間、双子の号令と共に火炎が放出しモンスターの群れを焼き払う。
それでも数が多すぎる。火炎を逃れたゴブリンが三体程飛びかかってきた。
「ははっ、ようこそ」
「いらっしゃいまし」
双子の振るうレイピアは刃が消えて見えるほど早く、体から血がほとばしる瞬間になってようやく切り刻まれていることに気が付く。
コンビネーションとレイピアの素早さをもって最速の攻撃を可能としていた。
「兄様!他の方たちは?」
「ははっ、何とか凌いでいるみたいだが……何組かが“のまれた”のを見た!」
ラインは最悪の状況に唇を噛みしめ、それでも次の目標を確かめる。
「とりあえず遠回りしながら街の入口へ急ぎましょう。アルテシアならそこを合流地点にするはずです!」
ライラも頷き、まとわりつくゴブリンを切り捨てて足を早めた……その時。
「グゥオォォォォ!!」
目の前に一つ目の巨人、サイクロプスが唸りを上げて迫っていた。
大木と見間違うかのような巨腕が振り下ろされる。
それを体の回転を活かして回避しライラのレイピアが巨人の胸を切り裂く。
「浅い!!」
ラインはレイピアの一撃が致命傷にならないことを察すると弓矢を取り出し戦術を変える。
「兄様、私が動きを止めます。その隙に一番皮膚の薄い場所を!」
ラインは三本の矢を一度に放った。そのタイミングで一旦距離を置くライラ。そしてその矢は関節等の急所を的確に射貫いていった。
邪魔な矢を取り払おうとするサイクロプスの眼前にライラが再度姿を現す。
「ははっ、ここは痛いと思うよ?」
ライラのレイピアは渾身の力を放ちサイクロプスの巨大な目に突き立てられた。
剣先はサイクロプスの目を貫き後頭部まで達していた。
絶叫を上げ倒れていく巨人に呼応するかのように、周囲にいたサイクロプスが集まってくる。
「ははっこれは本気でやばいかも」
仲間を殺されて怒り狂うサイクロプスが五体、そして相変わらず狂ったように暴れまわるゴブリンやオークの群れ。
双子はあっという間に取り囲まれ、今にも飛びかかりそうな大群の中、背中合わせで構える。
「こんなことならアリスちゃんと街にいればよかったです」
「ははっ、まったくだね」
双子は黒猫を抱えた銀髪の美少女を思い返していた。
そして、鉄を打つ赤髪の鍛冶師を……。
「姉御……」
緊張の糸が途切れる瞬間とは、まさにこの状態を言うのだろう。双子は刹那そう感じていた。
時間が止まったかのようにも思える一瞬の静寂、全ての動作がゆっくりと流れ。時間そのものも忘れてしまう。
冒険者という職業をやる以上、いつだって死と隣り合わせだ。
二人で一緒に生まれ、二人は一度死に、また蘇った。
だから、また一緒に最期を迎えるだけ……そんな事を考えつつ双子は強く手を握り締める。
そして視界は大きくぶれ、次の瞬間体に大きな衝撃が走る。
声も出ない何も考えられない。
間違いなくこれから無残な死を迎える自分たちを、何故かとても客観的に見ている。
体が熱い……そしてその熱さは消えかけた意識を呼び戻す。
「?」
気が付くと辺りは火に囲まれていた。
自分たちに襲い掛かったであろうモンスターの群れは何体か焼け焦げ、また多くは逃げ出していった。
朦朧とする意識のなか双子は目の前で大きく息を吐く一体のモンスターに目を奪われた。
赤い炎を身にまとい、長い手足は人か獣か判別がつかない。
その手には黒く禍々しい剣が握られている。
そのモンスターはこちらを一瞥すると、声にならない声を上げその場から離れてしまった。
「兄様……」
「姉様……」
双子はほとんど動かないであろう体を引きずり手を伸ばす。
互いの半身を求める様に。
だがその願いむなしく、双子の手が重なることは無かった。
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俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
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